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9 自分の時間 ~ 果圓 1日目

水島果圓 33歳(1月16日)④

 相手に応じてお土産を選ぶのは好きな方だと思う。特に同じものを好む人に対して、新作を紹介するのは一種の賭けのようなものだ。喜んで良い反応がくれば、ヨシヨシと勝負に勝った気にもなる。


 ただ一つ、果圓が苦手にしているのが、持参したお土産を渡すタイミングだ。相手が自分にとってどのような立場の人なのか。仕事上の関係性なのか、プライベートな間柄なのか。お祝い事のお土産なのか、特に名目はないお土産なのか。一対一で会うのか、複数で集まるのか。とにかく、考えることが山積みになる。


 サクランボの木を全体的に見ているときと、個々の木の具合を見るのとに似ている。害虫の発生や病気の進行などは全体でまずは捉えることが多い。しかし、同じ品種でも一本一本の状態をよく見極めて、肥料や防虫剤などのタイミングや量を決定する必要がある。ザァーとバァーっと、勢いにまかせて撒けば良いというものではない。


 一本しか木がなければ、つまり一対一で食事をともにする場合は気持ちがまだ楽だ。見るべき目(芽)を定めることができる。しかし、複数人になると途端にハードルが上がる。中には遅れてくる人もいる。難しい。本当に、難しい。



 既にお馴染みになっている焼き鳥店には十分前に到着したけれど、既に入口の前に見覚えのある青年が待っていた。一人目の彼には新たな一歩を踏み出した記念のお土産だ。青年に会うのは彼の大学卒業と就職祝いの会ぶりだ。それから数年間、正社員として働きながら脚本も書き続けて、コンテストに応募したり、友人の自主製作映画のシナリオを仕上げたりして研鑽を積んできたのだ。昨年のコンテストで入賞を果たした作品をブラッシュアップして完成させた脚本が今回の映画なのだ。

 遅れてやって来ると連絡のあった二人目は、長年の仕事人生を無事に走りきったお祝いである。渡すお土産の意味合いが異なる。なかなか今日も難易度が高いと思った。


 お土産の受け取り方で人柄が出るのも面白い。重さを確認する人、まずは匂ってみる人、箱物だと必ず振ってみる人など。渡されてすぐに中身を確認したがる人や、逆に家に帰ってからの楽しみとしてとっておく人でも分かれる。

 今日はまさに一人目の若い彼は前者で、二人目の初老の男性が後者である。会の序盤、言い換えれば、乾杯の前後のタイミングに渡してしまうと、早く開けて中を見てくださいと押しつけがましい印象を与えかねないと心配になるときもある。しかし、相手の特性を鑑みて、一対一の好機を逃す手はなかった。


「わぁ、どうも、ありがとうございます。中を見てもいいですか?」


「どうぞ、君の好きなものを詰め合わせてみたよ」


 一つ一つをテーブルの上に置いていく。こんなに喜んでもらえると生産者冥利に尽きる。ちょっと、喜び方はわざとらしく大げさだけど。合間にビールの中ジョッキが来たので、乾杯。


「それは新作のプルーンのゼリー。加工は地元の業者にお願いしているものだけれど」


「これは、サクランボのサブレですか。期間限定のシールが貼ってある」


「期間というか、その品種の収穫量に限りがあって」と答えているそばから、ビリッと個包装の袋を破った。おい、今食べるのか。箸で上手に四等分にしていた。


「美味しい。これはいつでも買えるようになればいいですね」と、食べ終わるとビールを飲んだ。


「ビールに合うかい?」


「合いますよ」本当かよ。


「青林さんは遅れて来られるから、ゆっくりと始めていよう」とツマミになりそうな軽めのメニューと、お互いが好きな串を何本か選んで注文した。もとは青林支配人に連れてきてもらったのが最初だった。果圓の大学卒業のお祝いだった。店主とその奥さんと息子さんとアルバイトの女の子の四人で営業している。息子さんと言っても果圓よりも十歳ほど年上だ。その人も果圓と同じく家業の二代目の席を予約している。


 まだ時間も早いせいか、店内は半分くらいは空席になっている。これから予約で来る人のためのテーブルもあろう。一時期よりは世情が落ち着いてきたとは言え、まだ外食を控えている人も多いのかもしれない。グループで来ている客も四人未満だ。オンライン飲み会が苦手な果圓は感染経験者ではあったけれど、会えるときに会いたい人に会っておいた方が良い、と自分勝手に自分を丸め込んで東京に来ていた。


 ちゃんとしている人というのはどんな人を言うのだろう、と果圓は考えていた。私用での旅行はしない、けれども出張は仕方がない、仕事なのだから。ちゃんとしている人は異変があれば検査に行く、けれども仕事は休めないから、少しくらいのしんどさなら我慢できるから検査はやめておこう、結果を知りたくないから。ちゃんとしたいけれど仕事が優先になる、そんなことはみんな分かっている。ちゃんとすることができる社会とは、迷惑をかけることも、迷惑をかけられることも同等になっていないと成り立たないのではないだろうか、なんてことを考えながら東京の街を歩いていた。


「喉の痛みってそんなにすごかったのですか?」


 漬物を小皿に取り分けながら矢野青年が聞いてくる。感染した体験談を酒の肴にするなんて不謹慎だと言われそうだ。脚本家になったからなのか、彼は全方位的に興味のアンテナを張っている。蜘蛛の巣的と言い換えてもいい。引っかかったら知りたい欲が前面に出てくる。出会った頃の少年時代にはもっと控えめで、良い意味で田舎臭さが抜けていなかった。リンゴジュースを飲む姿もおどおどしていたのに。中ジョッキを左手に掴みながら、焼き鳥の串にかぶり付く男になっていた。


「三十数年生きてきたけれど、人間の喉ってこんなにも痛くなるものかと、布団の中で唸っていたよ」


「水島さんは基本的には屋外での仕事なのに、やっぱり目に見えないからどうしようもないですね」


「おそらくは子どもから移ったと思う。娘は二日ほど高熱が出たけれど、それ以上はひどくならずに快方に向かったので油断した。まあ、感染源なんて調べようがないよね、実際」


 話題を自然と映画の方へと果圓は持っていった。チラシにも書いてあったスティーブ・ジョブズの名言のひとつ。

「Your time is limited, so don't waste it living someone else's life.」

(誰にとっても時間は無限じゃない、だから他人のためにその貴重な時間を使うなんて本当は馬鹿げている)


「これを宣伝の柱の一つにしてしまったので、時間がテーマの映画と思われるようになってしまいました。間違ってはいませんが、最初からそうしたかったわけじゃないんです。初稿が書き終わる頃にふと、この作品は時間が主題の一つだな、と」


 果圓はアルバイトの経験はあれど、会社員とか正式に組織というものに勤めたことはない。映画を見て、彼の話を聞いて、果圓の脳裏に浮かんだ言葉は()()()()()だった。


自分の時間。


 旅行の前日、荷造りが終わった後で、矢野青年からのメールを読み返していた。そして、ちょっと書いてみたくなった。筆に黒い墨を必要な量だけ付けて、自分の時間、と。

 書き終わって、まさに今この瞬間も自分の時間だと思った。誰にも縛られることのない自分の時間。もちろん、全開で自分の時間が確保されているわけではない。夜であっても急な仕事関係の連絡が入ることもある。家事のお願いをされたり、娘から宿題の質問を受けることだってある。「自分の時間がない」「もっと自分の時間がほしい」といった、ネガティブな使われ方をされるのが世の常かもしれない。だからこそ、様々な分野や場面で時短が注目されているのだろう。


 その中にはナルホドと思うものもあれば、そこまでするか、と首を捻るものもある。人間は時間の使い方ですら格差や序列を生んでしまうのか。

 人が自分の時間と言うときは有限な一生のうちに、どれくらい自分の裁量で時間をコントロールできているのかということだと思う。二十四時間のうちに何時間が誰からも命令されず、指示もされずにいられるのか。その時間が多ければ多いほど、自分の時間を有効に使えていると感じるのだろう。


 しかしながら、この「有効に」というのがやっかいだと思う。自分の時間という言葉は共通の定義が認識されているようだけれど、実際のところは違う。私の一時間と妻や娘の一時間は、同じ秒針を刻んではいるけど中身はまるで違う。同じ日の午後二時から午後三時の一時間であっても、人によってその一時間の価値や向き合い方は違う。目標を達成できた一時間になる場合もあれば、ぼんやりと無為に過ごした一時間もある。ただ、その無為の一時間に価値がないと断言することはできない。すべてはその人の気持ちの問題なのだから。

 例えば、上司から言いつけられたことで、それをやらされていると感じるのか、自分が選んでその状況にいると思っているのか、同じ内容でも時間の捉え方は人によって違う。他人のために自分の時間を使うことに、場合によっては幸せを感じている人もいたりする。 

 

 果圓は自営農家で一緒に働く両親と意見が合わないことはあっても、会社勤めの人ほど時間に対するストレスは少ないと思っている。働いている時間の長さだけで言えば、時期によっては日の出から日の入りまでだってある(夕食後に事務作業をしている両親の様子も珍しくない)。映画『ユア・タイム』のテーマからは随分と離れてしまったけれど、見終わってからしばらくはそんなことを考えてしまっていた。率直な感想を矢野青年に伝えてみると、


「深いというか、よそ見が過ぎるというか、いつもながら変なこと考えますね」と言われた。「ぜひ何度もこの映画を見て、時間について考えてください」と言うので、「宣伝うまいね」と返した。


「そうだそうだ、忘れないうちに」と矢野青年が事務用の大きめの茶封筒を出してきた。

「奥さまと娘さんに、どうぞ」


開けてみると、サイン色紙が二枚入っていた。何と書いてあるのかは、読めなかった。


「本物ですからね」


 恥ずかしながらに問うてみると、瑞穂の好きな俳優と果穂の好きなアイドルのサインだった。しっかりと二人の宛名も書いてあった。あれっ、おれのは?


「本当に本物ですからね」

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