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8 夜の姿を見られた ~ 瑞穗 2日目

井村瑞穗 20歳(3月21日)③

 テーブルに並べられた料理の皿を見て、果圓は「こんなにたくさん。簡単に芋料理と言ってしまったけど、こうして眺めるとすごい。お見それしました」と言った。


「これだけ作っても、やっぱりジャガバターが最強とか思っちゃう」と、瑞穗はポテトサラダを小皿に取り分けながら答えた。


「あるいは、焼き芋が一番みたいな」


「そうそう」


 定番の肉じゃが、里芋の土佐煮、山芋は細かく切って鰹節をまぶしてポン酢をさっとかけてある。サツマイモはスイートポテトに変身した。


「これはさすがに今日では食べきれないね。そういえば、焼き芋ってお菓子に入る?おかずで食べたりもするよね」と果圓は言った。瑞穗は、さぁどっちだろうね、と半笑いした。


 食事中に果圓からは料理の味を褒めてくれるコメントはあったけど、真夜中の出来事や今朝のノートについて説明なり釈明なりの言葉はなかった。食事中に話すような内容ではないのだろうか。代わりに瑞穂は本棚で見つけた本のことを尋ねた。


「あのさ、本棚にタロット占いの本が置いてあったけど、そんなのに興味あった?」


「たまたまタロットカードに詳しい人と知り合って、面白いから勉強している」


「占いなんて興味あったんだ」


「広い意味での占いには興味あるよ。高校の時におみくじ帳を見せたでしょ」


「あったね。まだ続けているの?」


「続けているよ。自分としてはあれの延長みたいな感じ」


「果圓は何でもすぐにノート作りたがり派だよね」


「確かに。誰に似たのやら」


 果圓が食器を洗ってくれている間、瑞穂は何気なく平机の前に座った。机の横には小さなアルミラックがあって、書道の半紙ホルダーが数冊並んでいる。その一冊を無造作に取って、ぼんやりとページをめくって眺めていた。


 そこにはある特定の漢字が含まれた熟語が複数枚ずつ並んでいた。たまたま開いたところには、()の漢字を使った言葉がズラッとファイルされていた。瑞穂は書道なんてもうしなくなったけれど、書かれてある漢字を見ると書道的には珍しい、あまり相応しくないような熟語ばかりな気がした。


  中央

  扇央(せんおう)

  震央(しんおう)

  期央(きおう)

  年央(ねんおう)

  月央(げつおう)

  湾央(わんおう)

  週央(しゅうおう)

  道央

  中央値

  中央銀行

  中央構造体

  中央大学

  大池真央


「おおいけ?えっ、誤字」と瑞穂は思わず口にしていた。ふざけて書いたのだろうか。


「お待たせしました」と果圓が戻ってきた。手に持ったお盆には、食後の紅茶と瑞穂が作ったスイートポテトが載せられていた。そして、今朝のノートを脇に挟んでいる。


 テーブルの上にお盆を置いた後、果圓はそのノートを瑞穂の前にスーッと差し出した。どうぞご自由にお読みください、と言わんばかりに。

 瑞穂はそれでは遠慮なくと、何の躊躇(ためら)いもなくノートのページを開いた。罫線のない無地のリングノートだ。そこに書かれてあったのも、またもや様々な漢字の羅列だった。


 規則正しい法則があるのかもしれなかったけれど、瑞穂には分からなかった。いったいどんな目的のためのノートなのか、文字は白地のページのあちこちに飛び、大きさも統一されていないし、決して読みやすいノートではない。記入のある最後のページに現われたのが芋だった。しかも、ページの右下の方にひっそりと。


「これは『眠りのノート』です」、瑞穂が最後のページまで見たのを確認してから果圓が言った。


「そのようですね。じゃなくて、全くもって意味不明ですね。それと大池真央って、わざと?」


「わざと?あぁ、小学校で同じクラスだった女の子。本名だよ。みんなからは、ダイチさんって呼ばれていたけど」


「好きだったの?」


「そういうわけではなかった」


「あっ、そう」


「本題に移ってもよろしいですか。ちょっと長くなるけど」


「ほどほどなら」


「小学校四年生まで遡ります」


「やっぱり、今日はキャンセルで」


「返事はやい」と果圓は言い、「まぁできるだけ短くするから」と話し始めた。せっかちな瑞穂は、ノートに目を落としたまま黙って話を聞いた。


 要約すると、果圓が眠っている間にノートに文字が書かれているそうだ。まるで二重人格、それとも夢遊病、そんなことを疑った時期もあったようだ。東京で一人暮らしを始めてから、寝ている姿を録画しようと試みたこともあったが、逆に気にし過ぎてまったく眠気が来なくて断念したという。とにかく、果圓には朝起きると文字を書いた記憶はない。頻繁に起こることでもないようだ。半年間なにも書かれない時もあった。


「深く考えすぎた時期もあったけど、今はもう深刻には思い詰めないようになった」と話す。

 特に書道を続けてきたことで、文字に対する考え方の幅が広がったらしい。また瑞穗は会ったことのない、彼の叔父も不思議な体験の持ち主で、お互いの秘密を共有できるようになってからは思い悩むこともなくなった。


「夜の姿を見られたのは瑞穗が初めてなんだ。たぶん、今まで誰からも聞いたことがないから。気持ち悪いから誰も教えてくれなかっただけかも」


「ふうん。それでつまり、昨日のことで言えば、その()の漢字を書いた覚えがないの?」


「そう、ないんだ」


「で、どうして芋料理をリクエストしたの?」


「食べ物系の漢字は、とりあえず身近なものであれば食べてみることにしている。前に()の文字が出た時は、当然ながらしばらくは餃子ばかり食べていたよ。それから()が出た時は困った。麦からできた食べ物はとんでもなくたくさんあるから」


 会話をしながらも瑞穗は初めての人と言われたことが少し嬉しくて、普通に考えれば非現実的な話しをあまり疑うことなく聞き流していた。もっと気味悪がってよかったのに。果圓と付き合うことを考え直してもよかったのに。

 そうはできなかった。

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