33 瑞穗の2月13日(日)
水島瑞穂 34歳
冬のオリンピックを見るたびに、個人種目の競技が多いと思う。団体戦の形式もあるけれど、戦っているときは一人だ。コーチや監督の支え、応援してくれるファンの声援は置いといて。一般人が純粋にチーム競技だと思って見ているのはアイスホッケー、カーリング、ボブスレーくらいのものだ。
わたしは高校生の頃からずっとバドミントンを続けている。今も市のスポーツ教室に週に一回通っている。趣味でやっているのでダブルスを組んで試合することもあるけど、根っこはシングルプレイヤー向きだと思っていた。その都度のパートナーには大きな声では言えないが、ダブルスは片手間というか副業というか、自分の本職ではない気持ちがあった、果圓の事故の前までは。
先日、フィギュアスケート男子シングルの決勝を見た。カーリングもいよいよ始まった。結局のところ個人競技や団体競技でもいい試合には普通に感動している。果圓が退院してから最初のスポーツ教室で、初めて山崎さんと組んでダブルスの試合をしたときだった。シングルスでは練習試合をしているから、彼女の実力は分かっていたつもりだった。正直、わたしの方が上手いと思う。今日はわたしがしっかりと試合運びをリードしなくては、と意気込んでいた。
対戦相手の二人はベテランで、嫌なところにシャトルを打ち返してくる。「あぁ、ダメだ。届かない」と心の声が諦めたときに、スッと山崎さんのラケットが床にすれすれの所でシャトルをすくい上げてくれた。相手コートのネットを越えたすぐ下にポトンと落ちた。
ヤッタヤッタと山崎さんがハイタッチをしてくる。わたしは彼女のダブルスでの能力をはじめて知った。そして彼女とパートナーを組んで試合をする楽しさを知った。
シングルスの方が自分には向いていると思うけど、山崎さんと組むダブルスはコートの中で見るべき場所、気にかけておかなければならない点で少し違い、それがまた新鮮で自分のプレースタイルに変化を求められて、二十年越しにダブルスの新たな面白さを気付かせてくれた。
事故後の果圓の変化に対応するために、わたしも変わらなくてはいけない。きっと変えることを恐れずにいれば勝負には勝てなくても、勝てないからこその見える景色があるはずだ。心境の変化、意識改革、どんなスローガンでもかまわない。停滞や後退をしないために。
二月十七日は果圓の誕生日だ(祝三十六歳)。果穂と二人でバースデーケーキを作るのが恒例となっている。しかし、今年は前倒しにする事情が発生した。十三日の日曜日に啓一叔父さん夫妻が果圓の退院と誕生日のお祝いを兼ねて来てくれることになった。
果圓と果穂と緑里さん(啓一叔父さんの奥さん)が実験ファームに向けて歩いている後ろ姿が見える。緑里さんが気を使ってくれて、果圓と果穂を席から離してくれたのだ。
「本当に美味しい鶯餅だよ」と啓一叔父さんが三個目に手を伸ばす。ちなみに昼食もデザートのケーキもしっかり食べていた。たぶん甘いものは入るところが違う人なのだろう。
彼らが向かっている実験ファームと呼んでいる場所は、主に少量だけ欲しい品種であったり、新規に栽培を試みたい作目などを実験的に育てているスペースだ。いずれも果樹なので安定した収穫に至るまでには複数年かかったりもする。今では果圓が自主的に選んだものよりは、わたしのリクエストを受けて作ってくれているものが目立つ。はじめて植えてもらった木はプルーンのパープルアイだ。婚約が決まった記念に何かを植えようという話しになった。翌日には苗木のカタログを渡された。いやいや、結婚式や披露宴の準備とかが先でしょうに。
本当に間の悪い息子でごめんなさい、と言った彼のお母さんの言葉を思い出した。果圓には見かけによらずそういうところがあるのかと改めて思い知った。これからも何かしらの記念日にかこつけて植えていくのだろうなと、まだ細くて弱々しい苗木を植えている彼の姿を隣で見守っていた。
パープルアイの木は今ではしっかり根を張って、毎年美しい赤紫色の実をつけてくれる。収穫期になれば娘の果穂も手伝ってくれて、ついセンチメンタルになったりしてしまう。そんな時は実験ファームではなく家族のピクニックファームに姿を変えるのだ。
果圓が退院してから間もなく一ヶ月になる。見た目的にはすっかり以前と同じように戻っている。農園の果樹を見回りしながら、メモ帳を手にして気になった箇所を記録している。春になり暖かくなればいくつもの作業が待っている。草刈り機で除草をし始めなければならない。肥料を散布して、防虫対策もしなくてはいけない。どの範囲から、どのくらいの量や濃度で、など考えているのだろう。
家族になってからの変わらない風景がまた其処此処にある。結婚前からずっと同じレシピで作り続けているアップルパイを作ってみれば、今でも変わらずに美味しいと言ってくれた。味覚の記憶は失われていないのだ。
「そういう記憶が少しでもあるなら、それでいいのじゃないか」と啓一叔父さんは言った。
わたしもほんの少しだけ理解できるようになった。しかし、荒療治というか、個人的にはだいぶ無理をして自分の考えを見直している。変革と言ってもいいくらいだ。だから、果圓の変化のことを昔から知っている人がすんなりと前向きな発言をして擁護することに疑問を持ってしまう。どうしてそんなにあっさりと、変わってしまった果圓と普段通りに付き合っていけるのだろうかと。
「わたしだけがいつまでたっても後ろ向きだ」とふと感じるとき、まるで隠していた悲しみや寂しさがひょっこりと顔を出してくる。
「今からでも隠しているノートを捨てた方がいいかどうか、ね。それは何ともなあ」とわたしは果圓には黙っておいて欲しいと言い添えて、昔の『眠りのノート』を残したままでいることを打ち明けた。
「果圓の気持ちを素直に受け入れられない理由でもあったの?」と聞かれ、元国のことを言いそうになるも寸前で止めた。
「あのノートは果圓そのものだと思って、とても燃やしてしまうなんてできませんでした。それなのに今からやっぱり捨てようなんて、後の祭りですよね」
「私は瑞穗さんがあの日にノートを捨てていたとしても、果圓に何事もなかったとは思えない」
「どうしてですか?」
「彼がどこまで意識的だったかは分からないけど、多くの人に彼は自分の言葉を共有させていた。私もその一人だし、瑞穗さんに送っていたメールも然り。ノートという実体はなくなっても彼は記憶に残せると思っていただろうし、彼は周りにたくさんの種とヒントをまいていた」
「そんな、もしかして果圓は記憶を無くすかもしれないと予測していたと言うのですか?」
「私の知っている彼ならあり得る」
やけに自信満々に話す啓一叔父さんの様子から、ネット通販で届いた銘菓のことを思い出す。退院してから本人に買った理由を聞いてみた。
「最近ね、漢字は簡単なものだけど、読み方が難しい地名を集めていて。調べていたら、美味しそうな地元の名産品も出てきて。思わず買ってしまった」、淀みなく答えた彼の表情からは、嘘は感じられなかった。でも、変わった地名を集めているなんてことは初めて聞いた。
果圓たちが果樹園から戻ってくる声が聞こえてきた。啓一叔父さんが最後に補足するように言った。
「今となってはその真相は分からない。今の彼が話していることを、信じるか信じないか。私たちが直面しているのは彼の発言の真偽ではないんだ。私たちがどう受け止めていくのかってことだろうね」
わたしは頷いて同意の姿勢を見せていたけど、心とは裏腹だった。程度の差はあれども、結局は怪我人や病人に対する優しさや同情の気持ちで果圓を見てるのだ。たぶん、人間的な選択はそちらが正しいのだと思う。でも、である。どうしてそんなにすんなり割り切って理解できるのだろう。すんなりにも程度の差があるのも分かっている。時間をかけて果圓を理解しようと努めている人もいるはずだ。
しかし、わたしからすれば方向性は一緒だ。誰もかれも、変わってしまった果圓のことを優しく受け止めようとしてくれている。すんなり受け入れることは、すんなり諦めることと同義だ。一人くらい優しさの気持ちを受け入れられない人がいたって、彼は許してくれるはずだ。
追い炊きした熱い湯に浸かっている。自宅で家族と暮らす空間の中で、一人になれる場所はほとんどない。浴室かトイレか、あるいは車の中か。
「おい、湯船の中で寝るんじゃないぞ」
「寝てないわよ」
「なら、良いが」
「良いわけないでしょ。だいたい、どうしてあなたは風呂場の中で着流しみたいな格好をしているの?幕末の浪人か」
「・・・」
随分と設定が雑になってきた。雑というか、ワンプレートひとり飯的な。休みの日にたった一人で食べる昼ご飯。もう面倒だからと、大皿にすべて乗っけてしまえ。とんかつソースと青じそドレッシングが混ざってしまっても構うもんか。
「おい、用がないならもう行くぞ」と元国がぶっきらぼうに言う。
「ちょっと待って、一つだけ。そう、明るくて楽しくて、みんなから良い人だって言われる人を、わたしだけあんまり好きになれないのはわたしの方に問題があるの?」
「そうかもしれんな。だが、その問題に正解なんてあるのか。ただ一つの正しい答えがあるわけではないだろ」
わたしはハッとして湯船から勢いよく立ち上がった。勢いで浴槽の外へお湯が漏れる。洗い場にはもう誰もいなかった。床の隅にシャンプーの残り泡がひっそりといるだけだった。




