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32 瑞穗の1月23日(日)

水島瑞穂(34歳)

 一週間以内には退院できるでしょうと主治医から言われたけど、いったん家に戻ることにした。火曜日まで乙樹さんがここに残ってくれるので、少し安心して離れられる。


 ホテルから少し歩いたところにあるカフェで一緒にモーニングを食べることにした。ロビーで待ち合わせていると、朝食を食べるだけなのに大きめの紙袋を持ってきていて、何を持ち歩いているのやらと気になった。


「やっぱり、気になるよね、これ」とわたしの視線を察して、席に着くなりハニカミ笑顔で乙樹さんは言った。はい、どうぞと渡されて中を覗くと、色鉛筆とスケッチブックが入っている。四十八色入りの色鉛筆だ。


「もう正直に話すけど、弟から頼まれたの。あなたにレシピのアイデアを練ったりするときに使ってほしいからって。あの子が自分の財布からお金を持っていってと渡してきたけど、開いたら千七百円しかないじゃない。確信犯よ、あれ」


 わたしはいろいろと戸惑いながら、足りなかった分を払いますと告げると、「ごめん。そういう催促のつもりで言ったわけではないの。私たち姉弟からのプレゼントということで気兼ねすることなく受け取って」


 それからバタートーストを食べても、ハムエッグを食べても、コンソメスープを飲んでも、果圓の心遣いにわたし自身の心のピントが合わなかった。

 彼らしくないプレゼントの選び方に渡し方だった。自分でしっかりと吟味して、何かしらの理由をこじつけた記念日を勝手に設けて渡してくるのが常だった(わたしがいちいち何かの記念日だっけと振っているがいけないのだけど)。乙樹さんを悪く言うわけではないけれど、こんな人任せでポンと渡してくるようなタイプではなかった。


 帰りの電車の時間があるので、病室には十五分くらいしか居られない。わたしは昨日の町歩きの際に中身をほぼ見ないで集めたフリーペーパーの束を渡した。その厚みは約一センチ。それを受け取った果圓はシンプルに喜んでくれた。


「こんなにあったら、瑞穂が次に迎えに来てくれるまで暇が潰せるよ」


 彼の笑顔の質が変わった。笑顔の質がちがった。否定的な意味ではない。よく行くお肉屋さんのコロッケのパン粉が変わったときみたい。表面の食感は変わったけれど、中身は変わらずに美味しい。

 笑顔は笑顔に変わりない。見たことのない、見慣れていない笑顔なだけだった。


 五日ぶりの自宅、ダイニングテーブルの上に誰かがお土産でもらったのか銘菓の箱がおいてある。ひとつは既に包装紙しかなかったけど。

 福岡県直方市の成金饅頭。茨城県行方市の干しいも。そして、包み紙は大阪府枚方市のくらわんか餅。


「ママ、くらわんか餅は賞味期限が明日までだったから中身を開けて、おじいちゃんとおばあちゃんにも渡したよ。ママの分は冷蔵庫に入ってるから」

 背後からいきなり娘の声が届いてきて、ビックリしたわたしは思わず成金饅頭の箱をテーブルの上に放ってしまった。


「そんなに驚かなくても。もう、床に落ちなくてよかったね」


 娘によると送り主は果圓だった。旅行中にネット通販で買ったもののようだ。紛失してから新しい携帯電話をまだ契約していないから、彼と直接に連絡を取る手段がない。わざわざ病院に電話して、買った理由を聞くほどのことはないと思った。帰郷当日だった早朝の電話で何も言ってなかったから、おそらくは新幹線内で意識を失う前のことにちがいない。単純に食べてみたいから買っただけ、というわけではなさそうだ。地名の選び方が誰の目にも怪しい。


「ママ、包み紙を剥がすならキレイに剥がしてね。パパが帰ってくるまで捨てない方がいいよ」


 わたしはポカンとして果穂をじっと見つめていた。家を不在にしていた四日の間に、ずいぶんと大人になってしまったと思った。それとも、わたしだけ進んだ時間が遅かったのだろうか。


「開けないの?カホがしようか、貸して」と箱の一つに手を伸ばす。


「待って待って、パパが帰ってくるまで開けない方がいいんじゃないの」


「そう?たぶん平気だと思うけど」


 おそらく自宅に帰ってからこれらを目にすることで、何らかのキーワードにしようと考えているのだろう。今はこのままにしておこう。


「ねぇ、わたしがいない間にパパと電話で何か話した?」


「入院中には話してないよ。旅行中には話したけど」


「そう、だったの」本当だろうか。果圓からも何も聞かされていない。


「わかった。パパが家に戻ってきてからにする。今週中には帰ってくるんでしょ?」

 わたしの役目は読み解く係ではない。果圓が戻ってくるまでしっかりと保管しておくのだ。


「大丈夫だって先生が話していたからね」


 あの日の早朝と同じだ。わたしはまた果穂に聞けなかった。果圓が帰ってくる予定だった日。彼との電話を切ったあとで、モジモジしている果穂を見ながら、「パパが帰ってきてからでいいからね」と言ったのだった。あのモジモジの理由をまだ聞けていないし、もう聞ける気がしない。


 今朝、函館をいったん離れる前に乙樹さんとモーニングしていたのが随分と昔に感じる。


「電話やメールばかりで久しぶりに会ったけど、なんか子供の頃の果圓みたいだったわ」


「どういうことですか?」


「小学生のときは好奇心が全面に出ているような男の子だったの。でも中学生になると、思春期?だからか、段々と興味や関心事を簡単には見せないようにしてた。仏間に籠もってね。別にやっていることを隠しているわけじゃなくて、頭の中を周りに解放していない感じ。別に怪しいとか気持ち悪いとかではなかったけど、何だか姉には知られたくないことでもあったんでしょうね」


「その感じが今はなかったということですか?」


「なんかね、電話やメールから受けていた印象に比べて、今は子供のときのような無邪気さが強かったなあと」


「無邪気さですか」


 本人も幸せそうで、周囲の人々にも幸せをお裾分けしてくれている。こんな良い奴はなかなかいない。でも、わたしは何故か無性に不安と不満が積もっていた。

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