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28 瑞穗の1月19日(水)

水島瑞穂(34歳)

 病院にはわたし一人で駆けつけた。外傷は何もないと医者からは電話で聞いていたけど、果穂を連れて行く勇気はなかった。果穂はギリギリまで一緒にお見舞いに行くと言い張ったけど、函館までは片道四時間以上もかかる。留守は義父母にお願いした。


 眠っている果圓の顔はとても穏やかな表情をしていた。ただ、疲れて眠っているようにしか見えなかった。彼が新幹線の終点駅である新函館北斗駅に着いたとき、乗務員もただ熟睡しているだけにしか見えなかったそうだ。しかし、何度も声をかけて、軽く肩を揺すっても起きる気配はなかった。既に車内には他の乗客は降りてしまっていて、いったいどうなってしまっているのかを知る術はなかった。


 その時の様子を聞くと、網棚の荷物はそのまま残されていて、彼の足元には読みかけてあった『風の果て』の文庫本が落ちていた。詳細な検査結果が出るのはもう少しかかるけど、体内から睡眠薬系の薬剤の反応が出たほかには、急を要する異状は見つからなかった。意識が戻れば、地元の病院へ転院も可能だろうということだった。


 また、警察関係者からも色々と質問を受けた。どのようにして、薬が体内に取り込まれたのかが分からない以上は、事件性がないとも言い切れないそうだ。今回の旅の目的のほかに、最近の果圓の様子や交友関係など、刑事は本当に色んなことを聞いてきた。しかし、その誰にも元国のことは話さなかった。すなわち、『眠りのノート』について。簡単に話せるわけがない。


 当たり前だ。真面目に話して、すんなりと誰が信じるというのだろうか。元国なら何か知っていることがあるに違いない、とわたしは何の根拠もなく思った。しかし、彼に会うためには、果圓のそばでわたし自身も眠っている必要があり、彼が入院している限りそれは難しい。わたしは左手で果圓の手を握り、右手で彼の頬にそっと触れた。はやく戻ってきて、と願った。


 案の定、病室で泊ることは出来ずに、近くのビジネスホテルを取った。急いで駆けつけたものの、意識が戻らないかぎり何もしてあげられない。あまり長く家を空けるわけにもいかないから、焦りばかりが募ってしまう。

 わたしには後悔していることがある。果圓が東京を発つ前に頼んできた、過去の『眠りのノート』を処分する件だ。それらはまだ自宅にある。捨てるのをためらってしまった。もしかすると、残したことが原因で、果圓は事故に遭ったのではないかとすら思えてきた。どうして捨てられなかったのだろう。彼の言うとおりにしておけば、昨日は家族三人で夕飯を食べて、お土産を開けたりして団らんをしていたはずだ。悔しさと反省の渦の中で、そんな因果関係はあるわけないだろ、と誰かに言って欲しかった。


 ホテルの部屋でダラダラとテレビを見ていると、義姉の乙樹さんからメールの返信が来た。「金曜日の午後には行けると思う」と書いてあった。京都にある美術館で学芸員をしている。家族もいるし、こんなに早く来てもらえるとは思っていなかった。とても心強い。


 そして夢でもいいから会って話しがしたいのが、元国だった。部屋の電気を付けたままベッドに仰向けになって、自分勝手な妄想の会話を繰り広げる。


「わたしがノートを捨てなかったのがいけなかったの?」


「そうかもしれない。そうでないかもしれない」


「だって、飛に禁なんて警告のメッセージだったんでしょ?果圓に危険が迫っているのを教えてくれたんだよね」


「全てのノートを捨てたからといって、事故を回避できたかなんて俺にも分からん」


「あなたのことを果圓に伝えていれば、こんなことにはならなかった?」


「もう寝ろ」

 

 夢を見た。見たこともない公園のベンチに座っていた。ベンチの前には砂地の道があり、一段上がった花壇には黄色い花が植えられていて、その先に池があった。ときおり子供の騒ぐ声が聞こえるが、姿は見えない。誰かが隣に座った。


「はい、クレープ買ってきたよ」


「ありがとう」と渡されたクレープには、フレンチトーストが挟まっていた。

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