20 自らの意思で始めたことではない ~ 果圓 2日目
水島果圓 33歳(1月17日)③
冷たい風が首筋に痛い。いくら北海道出身とはいえ、我慢してまで外に居たくはなかった。予約していることを伝えて、先に席に通してもらうことにした。コートをハンガーに掛けて席に座る。ポケットからカイロを取り出して冷えた手を温める。これではタロットカードのシャッフルもおぼつかない。
血行がよみがえってきたところで、鞄の中からタロットカードを取り出す。注文は連れが来てから、と店員に話したのでテーブルに来ることはまだない。左手にカードの束を乗せて、右手で切っていく練習を数回する。パタパタパタ……。
大学の卒業祝いに若宮真心愛から貰ったものだ(彼女は果圓にとってのタロット占いの先生。敬意を込めて果圓は真心愛師と呼んでいる)。それ以来このカードをずっと使っている。普段から他人を占うことはほとんどしないくせに、文庫本感覚で持ち歩くのが常になってもう何年になるだろう。
筆と一緒で、カードという道具も己の手に馴染ませるには毎日の練習は欠かせない。リーディングの勉強も続けているけれど、実際に誰かを占うのはまた別の覚悟がいる。真心愛師からは、人を占ってこそのタロットカードよ、とずっと言われているが、なかなか難しい。自分のために始めただけのことだから。パタパタパタ……トントン。
「お待たせ」と快活な声が響いてきた。
声のした方へ振り向くと、いつもの小柄な女性の後ろにスラッと背の高い若い女の子の姿が目に止まった。果圓は女性のファッションには疎くて(男性モノもだが)、彼女のスポーティーな服装を何て呼べばいいのか知らなかった。体育会系のそれとは違って、あくまでも普段着としてのお洒落な着こなしをしていた。
「果圓くん、見過ぎだよ。口が開いてるし」
「いやっ、ごめんなさい。こちら様はモデルの方ですか?なかなか普段の生活ではお若い人に接する機会がないので」と果圓は自然に立ち上がっていた。
真心愛師に促されて、背の高い若い女の子がテーブルを挟んで果圓の前に来た。1メートル72センチの果圓とほぼ目線が同じ高さにあった。
「こんばんは。はじめまして、大原美津と言います。大学三年です」
「どうも、こんばんは、水島果圓です」と思わず握手を求めてしまった。
「何よ、ここぞとばかりに触れ合おうとして。私のときにはそんなことしなかったじゃない。まあ、いいわ。さぁ、二人とも座って。注文しましょう、話しは乾杯してから」と店員を呼んで、バシバシと勝手に注文していく。
たぶん大原美津も何度か連れられて来たのだろう、果圓の好きな料理もさりげなく頼んでくれている。よく覚えているものだ。そして、乾杯。なぜ、彼女がこの場所に呼ばれたのかは、おいおい分かることなのだろう。真心愛師にタロット占いの弟子入りをしてから、もう十年以上も経つ。根ほり葉ほり質問したところで、ちゃんと教えてくれないのは分かっている。
真心愛師は『眠りのノート』のことを知っている限られたうちの一人だ。果圓から相談したわけではなく、彼女のタロット占いを受けている最中にバレてしまった。それを不思議な力と呼んでしまっていいのか、果圓は判断できない。彼女にしか届かないタロットカードからのテレパシーのようなものがあるらしい。試しに借りて果圓も使ってみたけど、特に不思議な感じは持てなかった。道具も人間を見ているのかもしれない。
「今日はタロットカードを出さなくていいのだろうか、と思っているでしょ?」と自信満々に真心愛師が言った。半分は当たっていたから、苦笑いを返答にした。
「もしかしたら、してもらうかもしれないわ。いや、今日は私がしようかしら」と彼女は不敵な笑みをもらした。
「いやいや、アルコールが入ったら、真心愛師、集中して占えませんよ」
「それはそれで、一つの結果が出るものよ」と言いながら、早速テーブルに届いたピンチョスに手を伸ばしていった。そして、そのまま、食事モードに入ってしまった。あるいは、故意にそう振る舞っているのか。大原美津に話しかけろ、というサインなのだろうか。若い女の子と話す機会なんて、今はそんなにないから話題が思い浮かばない。
「水島さん。真心愛さんから少し話しを聞きました」
切り出してくれたのは、彼女の方からだった。果圓はちらりと真心愛師の顔を見た。目は合わせてくれたけれど、何も言わない。
どのような経緯で真心愛師が大原美津に『眠りのノート』のことを話したのかは不明だけど、大原美津が果圓の症状(と真心愛師は言う)に関心を抱いているのは明らかだ。果圓が知っている真心愛師は、面白おかしく、誰も彼もに吹聴するような人ではない。この若い女子は安全圏にいる人物と思われているのだろう。特に口止めをお願いしているわけではないから、事前の審査を通過したのだ。
「美津ちゃんはね、弓道をやっているのよ」といきなり新情報をくれる。「果圓くんは書道でしょ。ジャンルは違えど、二人とも道の人だわ」と付け加える。さりげなく、二人に共通点があることを教えてくれた。当人たちへの同意はないままに。
およそ三十分の会話から他に分かったことは、大学では心理学を学んでいる、ボウリング場でアルバイトをしている傍ら、卒業論文のテーマとして占いを信じるか信じないかの影響を心と体の変化で研究している(と説明されたものの漠然としか分からなかった)、好きな果物はシャインマスカットであること、好みのスポーツブランドはアディダス。そして、真心愛師の勤める出版社でも研究の延長で週一で働いている。
初対面の若い女の子が、『眠りのノート』を読んでいる。果圓のことをよく知らない人に見せるなんて、いつぶりだろう。テーブルに沈黙の時間が生まれる。いったい、どれほどの事情を聞いているのか。想像するしかできないが、果圓の抱えている現象を聞いてしまったら、普通は二重人格説を疑うはずだ。自分の中に、自分で管理できない別の人物がいる。はっきりと断言できるのは、当事者にしかその実情は理解できない。
「大切なノートを見せていただき、ありがとうございました」
「びっくりしたでしょ?」
「まあ、なかなか、瞬間的には信じがたいことです。私、継続性についても心理学的に研究しているんです。例えば、英会話の勉強を続けられる人とそうでない人の違いとか。好きで始めた場合もあれば、仕事で必要に迫れて始める人もいます。水島さんの『眠りのノート』は、自らの意思で始めたことではないですよね。しかし、ずっと人生の傍らにおいている。そこにとても興味があります」
質問ではなく、感想としてのコメントだったけれど、明らかに返事を求めている問いだった。どうして、自分は『眠りのノート』を今日まで続けてきたのか。どのようにして、自分は『眠りのノート』を今日まで続けてこられたのか。仕事ではない。趣味、でもない。自らの意思で始めたことではない。彼女が例えで使った、必要に迫られての英会話の勉強とも違う。
「真心愛師にとってのタロットカードは、仕事でもあり、趣味でもある。食べていくために必要だから続けているのと、好きだから続けているのが同居していますよね」
「いきなり、私に振らないでよ。しかも、勝手に決めつけて。当たってはいるけど、それだけじゃないわ。物事はそんなに単純ではないの」と少しご立腹になった。
「大原さん、趣味というのは好きであることが条件の一つになりますか?」と果圓は大原美津に別の質問を投げかけた。言いながら、嫌なことを趣味にするなんてあり得るだろうかと考えた。止めどきが本人にも分からなくなって、だらだらと続けているなんてことはありそうだ。筋トレとかジョギングとか。せっかく積み上げてきたのに、止めてしまったらもったいない。好きだから、というよりは一種の強迫観念で続けているとは言えないか。
「嫌いなことを趣味にする人は、普通に考えたらいないと思います。ただ、生活や健康に関わることが絡んでいると判断が難しい面があります。例えば、家計簿。お金の管理は生活するのに大切な行為です。でも、面倒くさい。それを楽しむために、色々と工夫している人がいます。自身の家計管理をSNSで発信している人もいます。家計簿をつけることは趣味でないかもしれませんが、その自分なりの方法を発信することは趣味にあたるかもしれません」
普段は陽気でどちらかというとお喋りな真心愛師なのに、今日は思いのほか口数が少ない。果圓と大原美津がどんな会話をするのかを、じっくりと見守っているようだ。
もしかしたら、タロットカードの声に耳を傾けているのかもしれない。彼女にしか聞こえないという言葉。そう考えれば、師も彼女なりの当事者の一人だった。今、彼女の目にはこの二人を引き合わせてみようと、思わされた理由が見え始めているのかもしれない。大原美津の話しが続く。
「差し迫っていることを必要最低限ではなく、プラスアルファにできるかどうかで、趣味の認識も変わってきます」
「差し迫っていることとは、三大欲みたいなもの?」
「もっと細かく言えば、歯を磨くとか、食事中になんですけど、排泄とか。その多くは生理現象の範疇ですね」
「なんとなく言いたいことが分かってきた。歯ブラシ選びとか、快適なトイレの内装とか、そのこだわりが趣味に転じるみたいなことかな。そう考えると、『眠りのノート』のルーティンを止めてしまっても、命に関わる事態にはならない。日常生活が差し迫った状況にはならない。なのに、ずっと、続けてしまっている。その理由は何なのか。趣味と呼んでしまっていいものなのか、という議論なんだね」
「ルーティンというのも面白い現象です。趣味と紙一重の部分もあります。例えば、毎日、同じ場所からの景色の写真を撮り続ける」
「『スモーク』のハーヴェイ・カイテルだ」と果圓は言ったが、大原美津には通じなかった。
「あとは、読む読まないに関わらず、どこに行くときも文庫本を持ち歩いてしまうとか」
「いるいる、そういう人」と黙っていた真心愛師が頷く。
そんな例え話しを聞きながらも、果圓は自身と『眠りのノート』の距離感を考えていた。自分の意思とは無関係に、ノートに書かれる文字。止めようにも止められない現象。ただ、ふと思う。あれっ、しばらく、新しい漢字が現れていないなと。その時になって、はじめて、やっと気が付くのだ。もう、終わってしまったのかもしれないと。そんな日がいつか、やってくるのだろうか。




