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2 おみくじの役割 ~ 果圓 1日目

水島果圓 33歳(1月16日)①

 機上の人になった果圓は、航行が安定したところで『眠りのノート』のページを開いた(通算五冊目だ)。一週間前に四カ月ぶりに新しい漢字が登場した。


  風 と (かんぬき)


 風の文字は熟語の組み合わせを書き出すときに、まあまあの頻度で書いてきた。小学五年生で初めて現象が発生したときにも書いていた。


  台風


 台が記念すべき一文字目だったけれど、このノートとこんなにも長く人生に関わるなんて、果圓少年は全く想像していなかった。妻の瑞穂以外にも、この眠っている間に知らない内に、ノートに文字が書かれていることがある現象を知っている人が少なからずいる。書道教室の先生もその一人だ。


 普段は口が悪いけれど、褒めるときは相手が子供であってもちゃんと褒めてくれる。良い意味で公平な人だ。第一印象が悪いせいで誤解されることも多い。本人はいたって気にしている風ではない。何はともあれ、果圓は蜂谷(はちや)先生を子供の頃から変わらずに慕っている。

 他人からの好き嫌いがはっきり分かれるタイプの人は、目立っている部分(たいていはマイナス面)が尾を引いて別の部分(たいていは長所)に影響を与えていることが多い。口が悪い、イコール性格も悪いみたいな。口が悪いと言っても暴言を吐いたり、悪口を言って相手をこけ下ろすようなことをするわけではない。見た目がキリッとしたスマートな装いなのに、喋ってしまうと残念なギャップを生んでしまっていた。その容姿でそんな言葉づかいをするなんて、ちょっとがっかり的なことだ。


 小学五年生で初めて通った書道教室だったので、教え方もこれが一般的なんだと思っていた。しかし成長をするにつれて、それが独特なものであるのだと分かった。時すでに遅し。独特が身に馴染んでしまうと、普通では物足りなくなってしまう。つくづく教育のスタート地点の肝心さを思い知る。とは言え、蜂谷先生のおかげで二十五年も書道を続けているのだから、何が正解なのかは分からない。


  ▼  ▼


「なんでもいいから好きな漢字を書いてみな」、通い始めた最初の日にいきなりそう言われて、十歳の果圓は思わず台と書いた。つい先日まで、ずっと学校の図書館にある辞書で調べていたばかりだった。


「面白い漢字を選ぶな。じゃ、次はその字を使う熟語を思いつく限り書きな」と言うと、蜂谷先生はその場を離れ別の生徒のところへ向かった。果圓は半紙を一枚置いて、筆を手に取り(持ち方が正しいかどうかも怪しいものだった)、硯の墨汁に浸した。


  台所


新しい半紙を取って、戸惑うことなく次を書く。


  台形


 そこからは繰り返し。今思えば書道の基本を無視して、ただただ雑に文字を書いていくばかりだった。ノートが半紙に、鉛筆が毛筆に変わっただけの感覚しかなく、見られる見てもらうための漢字の書き方ではなかった。


  屋台

  台車

  天文台

  灯台

  台本

  台湾


 一心不乱に書いていたせいか、周りが少しザワザワし始めていた。縦書きに飽きてしまうと半紙を九十度反転させて、勝手に横書きに漢字を書いたりしていた。墨が乾く前に半紙を重ねたりしたものだから、下の墨汁の乾いていないところが上に置いた紙に写ってしまった。果圓はしかし、そんなことに気を留めずにどんどんと言葉を書き付けていった。


  台詞

  台地

  台風

  寝台列車

  荷台

  舞台


「おいおい、随分と書いたじゃないか」と、いきなり後ろから蜂谷先生が声をかけてきた。驚いてハネる箇所が変な感じになった。


「なんだこりゃ、横で書いたのか。お前、変な奴だな。でもこれじゃ殴り書きだ。勢いで書きゃいいってもんじゃない」そう言って、床に無造作に広がっている半紙の一枚一枚に目を配った。


「この中じゃ、台風がまだマシなもんだな。台湾なんて全然、台湾じゃないぞ。ひどいなこりゃ。台湾のことを思い浮かべながら書いてない証拠だ。でも、その年齢で一文字からこれだけ連想できるのは褒めてやる」


 蜂谷先生は細筆を手に持ち、それぞれの半紙の空いたスペースに同じ言葉を書いていった。果圓はその様子を隣でじっと見ていた。


「ほら、これ持って帰って、手本にして練習してみろ」


 持ち帰った半紙を自室にしている仏間の畳の上に並べてみた。木製の古い平机に習字鞄から取り出した道具を並べる。硯に墨汁を垂らして、手近にあった()()と書いてある半紙をつまんだ。自分が書いたものと先生が書いた漢字を見比べる。その一枚には自筆で台と地がドンと並んでいる。誰が読んでも台地ではあるけれど、紙の上に書かれた二文字の漢字でしかなかった。

 それに対して蜂谷先生が書いた台地は、緑色で小高い丘の上に木々が生えている様子が想像できた。絵ではない、文字でしかないのに。いったいどうして、こんな違いがあらわれるのだろう。果圓は蜂谷先生の字体を手本に真似て書いてみた。一回、二回、三回、四回。だんだんと蜂谷先生の書いた文字の特徴を抑えて、似せることはできてきた。しかしながら、自分が書いた文字からは情景らしい景色はどうしても浮かんでこなかった。


  ▲  ▲


 この日からいったいどれくらいの半紙を使ったのか、おそらく食事で箸を持っている時間よりも長く筆を持っているに違いない。文字と言葉の魔力に吸い寄せられるように。


 小学五年生の歳から既に二十年以上が経った一月の月曜日、午後二時の東京で最初に書いた文字は名前・住所・電話番号だった。羽田空港内で手早く昼食を食べてから、真っ直ぐに予約している蒲田のビジネスホテルに向かった。手書き用の手帳も持ち歩いてはいるけれど、日々の予定はもっぱらスマートフォンのカレンダーアプリを使ってしまっている。だから一日の中で手書きで文字を書く機会は、意識しないとますます減っている。日々の仕事の記録だって、キーボードで入力して済んでしまう。


 必要事項を記入した用紙を、どうぞと言って男性スタッフに返す。渡す直前にチラリと自ら書いた文字を見直すと、抒情性ゼロ、でも穏やかな気持ちで紙にペンのインクをのせていた。すぐにファイリングされるのだろうけど、単なる記録のための文字であっても、少なからず感情の見える文字を書いていたい。ただの氏名・住所・電話番号でさえも。それが本音ではあるけれど、実際には書いてしまってから流し書きを後悔するのが常だった。


 歳を経るうちに書きたいように書いていた文字が、いつの間にか相手に合わせて書くことの方が生活の中で多くなっていた。大人になって、TPOに則した文字が書けるようになったのだから、悪いことではないはずだ。読みやすく丁寧に親切心を持って書かれた言葉。もしかすると、気持ちよりも技術で書き分けられるようになった証しかもしれない。それはそれで少し寂しくはあるけれど、成長している結果だとも思う。そんな心情を蜂谷先生に吐露すると、たまには公募展でも応募して自分勝手に書いてみろ、と尻を叩かれるのだった。


 用紙を受け取った男性スタッフはしばし目を通した後に、「私も北海道出身なのです」と笑顔で話しかけてきた。


「それは奇遇ですね。どちらですか?」


「釧路です。こんな時期ですので二年ほど帰れていませんが」


「仕方ないですよ。私も東京に来るのは久しぶりです。また気兼ねなく行き来出来る日がきますよ。それにしても、北海道に比べれば温かいだろうと思っていましたが、東京も普通に寒いですね」と果圓は言った。まだ部屋に入れなかったので、大きな荷物だけをカウンターに預けて外に出た。


 小銭入れに五円玉が入っていることを確認すると、果圓は蒲田八幡神社の鳥居をくぐった。こんなにも駅から近い住宅街の中に、パッと異世界のように現われる神社はなかなか珍しいと思う。参拝を終えておみくじを買う。年始の初詣のときだけ買うのが、おみくじの役割ではない。おみくじに役割を求めるのもどうかと思うけれど。果圓は開いたおみくじを、境内の括り付ける場所に巻きつけたりしないで持ち帰る。どこの寺社仏閣に行っても変わらない習慣だ。御朱印帳ならぬ『おみくじ帳』を作っていて、コレクションしているのだ。


 今回引いたのは第十二番のおみくじ。大吉に目を向ける前に書かれてある和歌を詠む。


【さくらばな のどかににおう 春の野に 蝶もきてまう そでのうえかな】


 旅行の項目を見てみると、【さわりなし 病用心】と書かれてある。病用心。旅先での体調不良は心身ともに(こた)える。まずまずだろうか。果圓はおみくじをきれいに折りたたみ直してから手帳に挟んだ。鳥居をくぐって振りかえり、お辞儀をする。蒲田八幡神社をあとにしてシアターブルーに行くためにJR蒲田駅に向かう。道すがら羽根付き餃子の美味しそうな中華料理店の横を通った。今夜も明日の夜も予定があるから今回は見送りかな、と匂いだけを吸い込んだ。



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