15 バジルの香り ~ 果圓
水島果圓 26歳(幸不幸が同じ年に)
会社の前に到着した旨の電話を入れると、十分後に電動車椅子に乗った啓一叔父が正面の自動ドアから出てきた。
「いつものイタリアンの店を予約しているけど、良かったかな?」
「えぇ、もちろんです。あそこのバジルを使った料理は何度食べても飽きません」
大学進学で初めて上京した。住んだ所は神奈川で、東京に出かける用事があると予定が会えばご馳走になった。特にアルバイトの給料日の前とか。その頃から通っているイタリアンレストランだ。まだ、啓一叔父が事故に遭う前のことだ。叔父夫婦には子供がいないこともあってか、未だに甘やかしてくれる。今回の東京一人旅の経緯は前もって伝えているから、気楽なランチになるはずだった。『眠りのノート』に八文字の出現さえなければ。
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啓一叔父の事故の一報は病院の待合室で受けた。瑞穗の産婦人科への検診の付き添いの日だった。予定ではあと一ヶ月くらいですね、生まれてくるのは女の子だと前もって教えてくれていた。名前はお互いの漢字を一つずつ取って、果穂にすると決めていた。安易かもしれないけれど、これ以上も以下もない名前だと二人で納得できた。
「いいか、見舞いなんていつでもできるんだから、今は無事に子供が生まれることだけ考えるんだぞ」、と叔父には電話ごしできつく言われた。嬉しいことと悲しいことが混ぜこぜになった、複雑で濃密な一年になった。
結局、東京へ会いに行けたのは娘が生まれて二ヶ月が経過し、事故からはもうすぐ半年が経とうとしている時だった。久しぶりに訪れた啓一叔父の自宅は、車椅子での生活が送りやすいようにリフォームが着々と進められていた。体の不自由さは仕方ないとして、精神的なショックは大丈夫だろうかと思っていたが、そんなことは杞憂にすぎなかった。
「誰も彼もが、お疲れさまです、と同じ感覚で、この度はお気の毒さまなことで、と言ってくる。何だよ、このサマって」
啓一叔父が口火を切ってくれたので、ギリギリ言いかけそうになった「お気の毒さま」を踏みとどまれた。そして、会話は思ってもみなかった方向へ進んだ。彼は着ている水色のカッターシャツの胸ポケットから、一枚のメモ用紙を出して渡してきた。そっと、中世の王族の隠した秘宝の在処が書かれている地図を託すかのように。
「事故の数日前に、警告のようなメッセージを受けていた」
You should not go there.
「あなたは、そこに、行くべきではない」と果圓は直訳して声に出した。
「こんなにも実際的で、直接的なメッセージは初めてだったんだ」果圓は黙って続きを待った。
「重要な出張先へ向かう三日前のことだった。新商品の開発中で、どうしても使いたい素材があってな。そのメーカーに交渉するための出張だった。資料の作成に追われていて、メッセージの内容が気にはなっていたけど、真剣に考える余裕もなかった」
「メッセージのそこが、出張先だと思ったのは出発する前だったのですか?」
「もしかして、と思ったのは、まさに当日だよ。品川駅で新幹線の改札を抜けて、駅弁を買っているときだ。そうか、そこって、今から行くところのことかも。しかし、そんな確信を得たところでどう上司に話せばいい?もう引き返すわけにはいかない。モールス信号のメッセージが来たので、急遽、御社へは行けなくなりました、なんて言えるはずもない」
遠くの方からサイレンの音が耳に届いた。消防車のようだ。そういえば、今日は乾燥注意報が出ていた。サイレンの音のせいで会話は中断された。啓一叔父はやや険しい表情をしている。
あの日、交通事故に遭って薄くなっていく意識の中で、啓一叔父の耳にもたくさんのサイレンの音が聞こえたはずだ。知らない誰かのためではない、自分に対して向かってくる、救急車のその音をどんな気持ちで待っていたのだろう。
幸いにも、という前置きを使うのが妥当なのか、事故は商談を無事に終えて、ホテルへ向かう途中で起きた。自動車とバイクの接触事故が発生し、横転してコントロールを失った無人のバイクが、啓一叔父に突っ込んできた。
事故現場にパトカーや救急車両が続々と到着した。投げ出されたバイクの運転手は死亡が確認された。重症者は啓一叔父を含めて三名おり、軽傷者は八名を数えた。いつの間にか報道関係者も駆けつけていて、幹線道路は通行止めになり、騒然となっている事故現場はすっかり日常を失っていた。その最中に、啓一叔父の持っていたボストンバッグが姿を消した。
翌日の夕方に目が覚めた啓一叔父は、ベッドのそばに不安な面持ちで見つめていた、妻の緑里さんを認識すると小さく頷いた。
医師と看護師が声をかけながら、怪我の状態を子細に説明している。その度に頷く。彼らが退出すると、しばらくして警察官が入ってきた。事故についての説明を受けた。妻は既に聞いているはずだろうが、涙ぐみながらハンカチを目にあてていた。
「何か聞きたいことはありますか?」、途中で警察官が尋ねた。
「あなた、話せる?」
あぁ、とか、うぅ、とか言っていると、小さいながらも喉から声を絞り出せた。
「私の、携帯電話は?」
警察官が紙袋の中から、フリーザーバッグに入れられた壊れた携帯電話を見せてくれた。もう画面には見事な亀裂が入り、電源ボタンを押しても明かりは付かない。これでは非通知からの電話が鳴っていたのかどうか分からない。
最後に思い出したかのように、ボストンバッグが見つかっていないことを教えてくれた。茶色いボストンバッグが勢いよく飛んでいく監視カメラの映像があった。しかし、その飛んだ先にボストンバッグはなかった。周辺の監視カメラを確認すると、似たボストンバッグを持って歩いている人物が映っているものがあったが、行方はまだに不明ということだった。
無事に残された私物は財布とキーケースだけだった。茶色いボストンバッグには仕事関係の書類、ノートパソコン、着替えや旅行用品、黒革の手帳が一冊。
その手帳には点と短い線が描かれていて、その下にはアルファベットが書かれてある。何かを知らせる暗号のように。それは暗号以外の何物でもなかった。ただし、それが意味するところは誰にも分からない。当の本人である啓一叔父でさえ、正しい答えは理解できていない。ただ、日本語としてはおかしな文章が、まるで散文詩のように書いてあった。
退院後、東京へ帰る前に啓一叔父は警察に資料として残っている監視カメラの映像を見せてもらえないかと聞いた。自分の目で確かめたかった。その中には事故の瞬間を捉えた映像もあった。遠距離ながらも啓一叔父にバイクが直撃した映像も。そして、茶色いボストンバッグを持ち去っていく人物。ただし、ほんの一瞬の登場でもうこの人物とバッグが映るカメラ映像は出てこなかった。
「大丈夫ですか?」、口元に手を当てて見ていた啓一叔父に警察官が声をかける。
「大丈夫です。もう見つからない気がしますが、引き続き捜索をどうぞよろしくお願いします」
東京に戻った啓一叔父は新しいスマートフォンを購入した。しかし、非通知からかかってくるモールス信号の電話はなかった。茶色いボストンバッグも見つかっていない。
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常連として通っていたイタリアンレストランは、これからも叔父が店に来やすいようにとバリアフリーの工事をしてくれた。店内の導線も、車椅子で動きやすいレイアウトに変更された。
啓一叔父が尽力した新商品も予定通りに販売され、売れ行きも好調でさらに新しいヴァージョンの商品も開発されている。叔父はその部署から離れてしまったが、今では体の不自由な子供たちのための玩具の開発に力を注いでいる。
「悪いこともあれば、ちゃんとその後に、良いこともあるもんだ」と叔父がよく言う。
いつものテーブルに着いて、いつものメニューを頼む。一品目がテーブルに届く前に、果圓は『眠りのノート』を取り出した。
「実はね、今朝、初めてのことがあったんだ」
初めてだと思うことが起きたときには、慎重になった方がいい、と叔父に言われていた。『眠りのノート』のページを開いたまま、啓一叔父はメモ帳を取り出して八文字の漢字を書き写した。注文した料理がテーブルに届き始めたので、叔父は無言でノートを戻してきた。
「まあ、ひとまずは乾杯しよう」
叔父はジンジャーエールで、果圓はぶどうジュースで乾杯した。しかし、そこから会話がいっきに弾むかというとそんなことはなく、叔父はメモ帳から目を離さない。サラダとピザを皿に取り分けて、そっと叔父の手元に置く。果圓は小声でいただきますと言って静かに食べ始め、完成の時を待つ。今回は八文字もあるので、超大作になるのは間違いない。叔父は左手に持ったフォークを器用に使いながら、右手に持つペンもメモ帳の上で走らせていた。
「おかわりもジンジャーエールでいいですか?」と、飲み終わったグラスを受け取って果圓が聞いた。
「うん、いや、二杯目はおれもぶどうジュースにしよう。適当に頼んで食べていていいからな。もう少しで出来そうだ」
テーブルの上からバジルの香りが漂い、果圓は待ちきれずに手を伸ばした。




