14 悪い癖 〜 果圓
【水島果圓 14歳(中学3年の夏休みのこと)】
スマートフォンにLINEの通知が来た。瑞穗からだ。
【おはよう。今日は午後からは曇りがちになりそうだよ。
一晩で八文字なんてすごいね。啓一叔父さんに会う前でよかったね。
親と言えば、うちのお父さんがまたギックリ腰になっちゃって。
最近、実家に顔出していないからお見舞いに行ってきます。】
返信のコメントを書いていると、続けて瑞穗から補足の投稿が先に届いた。
【そうそう、米でも思いついたけど、米粉スイーツで美味しそうなものがあったらお土産で買ってきてね。】
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啓一叔父とは母の弟だ。東京の玩具メーカーに就職して、たまに仕事で北海道には来るけど、盆休みや正月には努めて帰省していた。子供の頃に会うたびに、必ずお土産でオモチャをもらった。テレビゲームとはちがう、ボードゲームやカードゲームの類だ。姉の乙樹とともによく遊んでもらった。
啓一叔父が自身の秘密を打ち明けてくれたのは、果圓が中学二年生のときだった。夏休みで果樹園の仕事の手伝いをしながら、好きなことばかりに時間を使っていた。
母が札幌に住む友達に会いに行くといって、前日に一緒に行かないかと誘ってきた。ちょうど仕事で啓一叔父も札幌にいて、果圓に会いたいと言っているからと。まだ一人では札幌に遊びに行くのを許してもらえていなかったので、いいよと答えた。
電車の中では母にしては珍しく、いろいろと話しかけてきた。よほど友達に会うのが楽しみで、テンションが高まっているのだろうか。ふと、まさか元彼ではなかろうかと、疑ったほどだ。それとも、初恋の人か。母のアリバイ工作の一翼に利用されているのではないか、と思えてきたほどだ。きっと、やましい気持ちを押し隠すために喋り続けているのだ。
啓一叔父は歩くのが速くて、後ろをついて行くのも大変だった。東京に住むと雑多な人混みも掻き分けなくてはならないから、自然と早足になるのは本当なのだ。導かれるままに一軒のレストランに入った。入口からして普段はお目にかかれない高級そうな造りをしている。「ディナーは高いけど、ランチはお得なんだよ」と啓一叔父は言った。
お腹は空いていたけれど、食べたいものが思いつかなかった。メニューを見ても、料理名が妙に長くて小洒落ているなあと、子供ながらに思った。せっかく奢ってもらうのだから、少しくらい高いものでも罰は当たらないだろう。メニュー表を吟味してエビフライの文字が入っている料理を注文した。
予想以上にサイズの大きいエビフライで美味しかったけど、途中で飽きてしまった(最後は何とか食べきってやったという感じだ)。チラッと目に入った、好きなハヤシライスにしておけばよかったと少し後悔した(帰り際に別の席で食べている人がいて、とても美味しそうだった)。
デザートも頼むかという誘いに、シンプルにバニラアイスにした。啓一叔父の口数がいつもより少ないのが気になっていた。母が喋りすぎていたから、その対比でそう思ったのかもしれない。仕事で失敗でもしたのだろうか。大ヒット公開中の『千と千尋の神隠し』の感想を言い合ったくらいだ。
「モールス信号って、知っているか?」
バニラアイスを食べ終えたのを見計らって、急にそれまでの話題とは無関係なことを聞いてきた。モールス信号?
「名前は聞いたことあるよ。ツー・ツー・トン・トンみたいな音でメッセージを送るやつでしょ。『天空の城ラピュタ』でムスカが使っていた」
「そうだ。私が九歳のときに麻疹でひどい高熱を出したときがあった。病気から回復して、一ヶ月後に家にかかってきた電話を取った。ちょうど家には誰もいない時でね。もしもし、もしもし、と何度か声をかけたが返事はなかった。なんだイタズラ電話かと思って切ろうとすると、ツー・トン・ツー・トンと変な音が聞こえてきた。そのときはモールス信号なんて知らなかったから、もしもしどちら様ですか、と声をかけ続けた。仕方なく置いてあるメモ用紙に聞こえてくる音をそれっぽく書き留めた。そして、そのうちに音は聞こえなくなった」
啓一少年はクラスで一番頭の良い男子に尋ねてみた。初めてモールス信号という、古い時代の通信手段を知った。それからというもの、家人に怪しまれない程度に家にかかってきた電話を取るようにしてみた。しかし、普通に誰かに用事のある電話しかかかってこなかった。
半年くらいして、家に誰もいない日が再びやってきた。啓一少年は皆が帰ってくるまで、自分の家なのにひどく緊張していた。そして、電話が鳴った。受話器を取ってもドキドキが収まらずに、すぐに名乗ることも、もしもしを言うことも出来なかった。向こうからも何の声も音もなく、しかし、ガシャンとも切れない。受話器を持つ手が汗ばんできた。持っている右手も疲れてきた。左手に持ち替えて、無音の壁を打ち破るように、もしもし、と小声で問いかけた。
ツー・ツー・トン……と信号音が聞こえてきた。慌てて、その音の連なりをメモ用紙に書き留めた。
「なんて言ってたの?」
「英語で、青い・音楽・食べすぎ、と言っていたよ」
「なにそれ?どういう意味?」
「さぁて、当時はまるで分からなかった。今でも正解が何かは分からないけど。友達に教えて貰った表を元に文字に起こした。そして、試しに文章にしてみた」
「文章に?」
「クロスワードパズルの解答の文字を並び直すみたいに」
青い果物の食べすぎで変な音楽が聞こえてきた。
「なにそれ?」
「本当になにそれ?だよな」
作り話には思えなかった。啓一叔父が本当に体験してきた話しだと感じた。つまり、他人事ではないと思ってしまった。
どうして、こんな普通に考えれば常識的ではない、くだらない冗談は止めてよ、と一蹴されそうな話しを叔父が始めたのか。その答えは一つしかなかった。
啓一叔父は果圓のことを怪しんでいる。果圓も同じような境遇にあるのではないかと疑っているのだ。状況を引き延ばして考えれば、母が啓一叔父に頼んだのが真相だ。つまり、姉弟である母は弟の秘密を知っていて、その秘密に近いものを我が子が抱えているのではないかという不安に苛まれているのだ。
啓一叔父からの話しはそこで終わった。感想を聞かれることもなかったし、質問を受け付けることもなかった。彼はアイスコーヒーのおかわりを注文し、果圓はバニラアイスを食べた後なのに、メロンソーダを頼んだ。
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電車の中で蟠の漢字を見つめながら、最近どこかで見たような気がしていた。ものすごく最近。訓読みで蟠る。蟠る。
あぁ、思い出した。映画のパンフレットだ。残念ながらホテルの部屋に置いてきてしまったので、正確な文章は思い出せない。確かスティーブ・ジョブズがアップルから追い出されてしまったくだりで使われていたはずだ。
また悪い癖で、これは何かしら意味があるのかもしれないと思って歩いていると、あっという間に啓一叔父の勤める会社の最寄り駅に電車が止まった。




