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5.役に立てること

◇◇


 ガーネットとハンスが話をする、一時間前。

 リヒトは一通の封書を前に、ため息を吐いていた。

 封蝋に型押された印璽は、王家を示すもの。つまりこれは、国王から届いたものだ。


「今年も来たか、舞踏会の招待状が……」


 年に一度開かれる、王家主催の仮面舞踏会。

 貴族以外にも広く参加を募り、参加者の規模だけでいえば、王国随一だ。

 

 仮面舞踏会における決まりはふたつ。

 ひとつめは、参加者は全員仮面を付け、舞踏会が終わるまで外すことは許されない。

 ふたつめは、必ずパートナーを連れて参加すること。


 実のところ、リヒトは何かと理由をつけて毎年出席を辞退している。

 貴族の社交場が苦手だからというのもあるが、連れて行くパートナーがいないことも大きい。


 どこかの令嬢に形だけのパートナーを頼むことはできる。

 しかし、相手にしたって無愛想で洒落っ気のひとつもない自分の相手を務めるなど嫌だろうし、そのことで自分が気を遣うのも正直面倒だ。


 そんなこんなで、今年も辞退するつもりでいたのだが――


 招待状の中身を見て、リヒトは目を見張る。


「……全員参加しろだと?」


 招待状が届いた爵位持ちの貴族は、必ず参加せよ。国王からの命が、大きく記されている。

 傍らにいたハンスも、書かれている内容に目を通し。


「これは欠席をすれば、何を言われるかわかりませんね……」


 下手をすれば、領地経営にも影響するだろう。

 リヒトは忌々しそうに、招待状を机に投げた。


「まったく、国王は何を考えている……必ず来いなどと」

「この舞踏会は、王家の権威と懐の広さを国民に示す、絶好の機会です。平民にも参加権を与えた場で、我々貴族が忠義を示すことが、重要なのでしょう」


 いかに仮面を被っているとはいえ、背が高く珍しい髪色のリヒトが欠席すれば、気づかれないはずもなく。

 つまり、どうにかして参加する以外、道はないのだ。


「リヒト様、どうされますか」

「国王が参加しろと命じている以上、行くしかないだろう」

「いえ、そうではなく。パートナーをどうされるのかと聞いているのです」


 そうだった。目下一番の問題は、同伴する相手がいないということだ。


「今からどこかの令嬢に打診するしかないが……気が進まんな」

「しかしパートナー同伴が、ルールですし」

「わかっている。どうしたものか……」


 頭を抱えるリヒトに、ハンスはふむ、と頷いたあと。


「ガーネットさんを連れていけばよいのではありませんか」

「……は?」


 一体この男は何を言い出すのだ。

 困惑するリヒトに、ハンスは名案だと言わんばかりに言い募る。


「侯爵令嬢の彼女なら、ダンスなどお手の物でしょう。社交の場にも慣れていらっしゃいますし」

「それはそうだろうが、彼女がここにいることは誰にも知られていない以上、公の場に出せるわけがない」

「仮面を付けているのですから、素顔はわかりません。そもそもリヒト様のパートナーが()()フルーベル侯爵の娘だとは誰も思わないでしょう」

「しかしだな……」

「ではどこかのご令嬢に同伴を務めてもらいますか? いずれにせよどなたかはお連れにならなければならないんですから」


 ハンスの問いかけに、リヒトは黙り込んだ。彼の言うことに、反論する余地が見つからない。

 舞踏会への参加が強制である以上、パートナーの同伴は避けて通れない。

 それならば、見知らぬ令嬢を(相手も気が進まないのに)引き連れるよりは、ガーネットの方がいいのだろうか……


「……彼女が良いと言うなら」


 渋々絞りだした結論に、ハンスは満足そうにうなずいた。


「では折を見て、私の方から尋ねてみます」

「くれぐれも、強制はするな。嫌がる彼女を連れ歩くくらいなら、見知らぬ相手のほうがマシだ」

「わかっております」


 にっこりと微笑むハンスに、ますますため息が重くなる。

 そういえばダンスなど、もう何年も踊っていない――


◇◇


「仮面舞踏会、ですか」


 庭作業に必要な物リストを持参したガーネットに、ハンスは想像もしていなかったことを言い出した。

 王家主催の仮面舞踏会に、ヘルバルト伯のパートナーとして参加してほしいと言うのだ。


「ガーネットさんなら、ああいった場にも慣れているでしょう?」

「それはそうですが……他にもっと適した方がいらっしゃるのではありませんか。私はもう、侯爵令嬢ではありませんし」


 いわくつきの自分を同伴するなど、むしろ迷惑でしかないはずだ。

 しかしハンスは眉を下げ、かぶりを振る。


「それがなかなか……。リヒト様は社交場には普段ほとんど顔を出していらっしゃいませんし、顔なじみのご令嬢もおりません」

「ですが、探せば一人くらい」

「初対面の方を連れ歩くのは、気苦労が多くて嫌だと」


 きっぱりと言い切られ、言葉を飲み込む。

 ということはヘルバルト伯自身も、ガーネットを同伴者に望んでいると捉えてよいのだろうか。


「念のため確認しますが、ヘルバルト伯様は本当に、私で構わないとおっしゃっているのですね」

「ええ。ガーネットさんが嫌でなければと」


 正直に言えば身元を隠すとはいえ、貴族が集まる場に出ていくのは気が進まない。

 万が一フルーベル家の娘だとばれてしまったら、どんな目に遭うか……想像するだけで寒気がする。

 けれど――ヘルバルト伯が望んでいるというのなら。

 今こそが、自分が役に立てるときではないだろうか。


「わかりました。私で良いのなら、お供いたします」

「おおそうですか、ありがとうございます」


 ガーネットの返事を聞いたハンスは、満足げに頷いてみせた。


「舞踏会に必要な物はこちらで揃えますから、ご心配なく」

「助かります」

「あ、そうそう。今回の依頼を引き受けてくださいましたし、庭園にかける費用も大幅に増額しますよ」

「えっ……よろしいのですか」

「実はもしガーネットさんが渋るようでしたら、費用増額を交渉材料にしようかと思っていたのです。その必要はなかったみたいですね」


 悪戯めいた笑みを浮かべるハンスに、ガーネットもつい笑みを漏らす。

 なにもできなかった自分が、役に立てるかもしれない。そう思うと、心の中に明かりが灯るような気がした。


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