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11.きっかけ

 ■


 それからしばらくの間、ガーネットと言葉を交わすことはなかった。

 先日の件を謝ろうと思うのだが、どう声をかけてよいのかわからない。彼女の方も気まずいのか、リヒトのことを避けているようにも思う。

 打開策が見つからず悶々としていたある日、リヒトの元をハンスに連れられたガーネットが訪れた。


「……街に出かけたい?」


 問い返した先で、ガーネットは頷いた。


「庭作業に必要な道具を買いに行きたいので、許可をいただけますでしょうか」

「それならこれまで通り、ハンスに揃えさせればいいだろう」

「いえ……できれば使い勝手など、自分の目で確かめておきたいのです。安いものでもありませんから」


 彼女の言い分は理解できた。

 道具は使う人間にとって最適なものでなければ、性能を十分に活かせない。

 とはいえガーネットの置かれた立場を思えば、今出歩かせるのは避けたいのが本音だ。


「ご心配でしたら、誰か付き添うのがよろしいでしょう」


 ハンスの提案に、いつの間にか顔を出していたロゼッタが手を挙げた。


「私が一緒に行きます!」

「だめだ。若い女二人など、むしろ不安しかない」

「そ、そうですね……」


 しゅんとなるロゼッタに続いて、ハンスが「では私が」と言い出す。

 即座にガーネットが首を振った。


「ハンスさんはこの邸を取りまとめる方なのですから。留守になさるのはよくありません」

「それはそうですが……ではどうします?」


 皆から視線を向けられ、リヒトは冷汗をにじませた。

 なんだろう……ハンスとロゼッタから感じる、圧力という名の期待。


「……わかった。私が行こう」

「えっ!? とんでもありません。私ひとりで大丈夫ですから」


 慌てたように否定するガーネットの隣で、ロゼッタがあっさりと頷く。


「確かに旦那様なら適任ですよね。今この邸にいる人のなかで、間違いなく一番強いですし」

「そうですね……氷の辺境伯を襲う愚か者など、そうそういないでしょうし」

「で……ですがヘルバルト伯様が留守にされたら、皆さまが困るのでは」

「全然」

「いえまったく」


 驚きのあまり固まっているガーネットに、ハンスが苦笑する。


「リヒト様はご在宅でないことが多いもので、私どもは慣れております。ここ最近は()()()()、邸にいらっしゃることが増えておりますが」

「あ……そうだったのですね……」

「そういえば近々、街の視察にも行かれるのでしたよね?」


 突然話を振られ、リヒトは面食らう。心なしかハンスの目が怖い。


「ああ、まあ……。そのつもりだが」

「ではそのご予定を前倒しして、ガーネットさんに街をご案内されたらいかがでしょう。リヒト様ご自身で付き添われた方が、ご心配も少ないでしょうし」


 再び全員の視線が、集中する。

 とても逃げられる雰囲気ではない。


「……そうだな。今後のことを思えば、街のことも知っておいた方が良いだろう」

「そんな、本当によろしいのですか」

「確かに私が視察ついでに付き添うのが、合理的だ。ただし、条件がある」


 リヒトはハンスとロゼッタを交互に見やった。


「さすがに私が使用人姿の彼女を連れ歩けば目立ってしまう。なんとかしてくれ」


 領主が異性の使用人を連れ歩くことはまずない。ハンスも心得たりと言った様子で頷く。


「幸いここは王都から離れておりますし、住民はガーネットさんを見てもどこの誰か分からないでしょう。あえてご令嬢として振る舞っていただくのがよろしいかと」

「支度はロゼッタがお手伝いしますね。めいっぱい可愛くしておきますので!」

「いや待て、目立たないよう」


 言い終わるより先に、ロゼッタはガーネットを連れて出て行ってしまった。

 こめかみを揉むリヒトに、ハンスはにっこりと。


「成り行きに任せるのも、たまにはよいと思いますよ」


 なんだかもう、なるようになれという気持になってきたリヒトだった。


 ◇◇


「ふわーやっぱりガーネットさんは綺麗……!」


 髪のセットをしてくれたロゼッタが、頬を紅潮させている。

 手先が器用な彼女は、ガーネットの長い髪を編み込み、綺麗にまとめてくれた。


「すみません。買い物に行くだけなのに、大事になってしまって……」

「いいんですよ。たまにはこういう事でもあった方が、楽しいですし」


 外出着用のドレスに袖を通したのは随分久しぶりで、なんだか面はゆい。

 支度を終えたガーネットを上から下まで眺めてから、ロゼッタは「うん、誰が見ても可愛いです!」と満足げに頷いた。


「舞踏会のときのドレス姿は格別でしたけどね。あの時は、旦那様も見とれて固まってましたし」


 その言葉に、どきりとする。

 あの日は自分のことで精いっぱいで、ヘルバルト伯がどんな表情をしていたかまで、気にする余裕がなかった。


「普段見ない姿だから、驚かれただけですよ」


 平静を装って返すと、ロゼッタはそんなことはありませんと言い張る。


「旦那様って普段、女性にまったく興味を示さないんですよ。ご結婚なさらないのも、たぶんそのせいで」

「でも……縁談のひとつやふたつ、あったでしょう?」


 あれだけの見た目なのだ、言い寄る女性には事欠かなかっただろう。

 しかしロゼッタは肩を落とす。


「縁談はすべて断ってきたそうです。ハンスさんも、このままではお世継ぎも望めないって嘆いてて……」

「そうだったのですか……それは皆さまも心配ですね」

「はい。だからガーネットさんが来てくれて、みんな喜んでいるんですよ」


 ……うん?


 話の繋がりがまるで見えない。

 聞き間違いかと思いロゼッタを見つめたが、彼女はもう一度繰り返した。


「ガーネットさんが来てくれて、私たちほっとしたんです。やっと旦那さまにも春が来たって」

「ま……待ってください。私は使用人として置いてもらっているんですよ」


 そもそも、彼は女性に興味がないという話ではなかったのか。


「いいえ。ロゼッタは確信しています。お二人は、運命の赤い糸で結ばれているんです!」


 ロゼッタの鼻息が荒い。

 話がおかしな方向へ行き始め、ガーネットは慌てて話を切り替えた。


「もう行かないと。ずいぶんお待たせしていますし」

「あっそうですね! 急ぎましょう」


 身支度を整えたガーネットを、ヘルバルト伯はじっと見つめていた。

 いたたまれなくなった彼女は、おずおずと問いかける。


「あの……何かおかしいところがありますか」

「え? ああ……すまない。普段とは違う姿に、つい見入ってしまった」


 平然と答えられ、頬が熱くなる。こんなことを言う人だっただろうか。


「お二人ともいってらっしゃいませ!」


 皆に送り出され、ガーネットは馬車に乗り込んだ。

 なぜこんなことになってしまったんだろう、と目の前に座る彼をちらりと見やると、目が合った。


「あ、あの。今日はよろしくお願いいたします」

「ああ。たまには息抜きするといい」


 そう言った後、ヘルバルト伯は一度沈黙してから、突然頭を下げた。


「この前はすまなかった」


 思わず彼を見つめると、整った顔に苦渋の色がにじんでいる。


「君にあんなことをして……どう詫びたらよいかずっと考えていた」

「い、いえ。もう済んだことですし。私は気にしておりませんから」

「何か私にできることはないか?」

「そんな……今日つき合ってくださるだけで、十分です」


 本心からそう告げると、彼はそうかと頷いて。


「なら今日は十分に楽しんでくれ。君の行きたいところに、行こう」


 優しげな声に、胸がきゅっと締め付けられる。

 先ほどのロゼッタの言葉を思い出し、慌ててかぶりを振る。


(余計なことを考えてはだめ)


 今の自分は令嬢ではなく、ただの使用人なのだ。期待するなんて、どうかしている。

 それなのに胸の奥は騒がしくなるばかりで、ガーネットは途方に暮れるのだった。

 

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