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9.困惑の果てに

 ヘルバルト伯の過保護ぶりはその後もエスカレートしていき、ガーネットをたびたび困惑させた。

 いくらオスカーの件があったとはいえ、少しでも危ないことをすると止められるのでは、仕事がままならない。

 何度かハンスにも相談してみたものの、「あれはもう、ご病気のようなものなので……」とにごされ、埒が明かず。

 最近ではヘルバルト伯の目を盗んで、作業をしている始末だ。


 その日も、ガーネットは朝から掃除洗濯を終え、彼が執務室に入ったのを見計らって庭に出ていた。

 今日は定期的にくる庭師と庭づくりの打ち合わせをする予定で、大きな木の植え替えや剪定を頼むことになっている。

 いつも来る庭師は熊のようにずんぐりした男なのだが、約束の時間に現れたのは、見知らぬ若い男だった。


「おはようございます。今日はいつもの方ではないのですね」

「親父が腰をやってしまいまして。今日は息子の俺が任されてきました」

「あらそうだったのですね。どうぞお大事になってください」

 

 いつもの相手ではないことに一抹の不安を覚えたものの、手際よく剪定をする様子を見て杞憂だったと安堵する。

 彼はガーネットの求めに応じて作業をこなすだけでなく、今後の庭づくりのために、花壇の位置や植栽の場所についてもアドバイスしてくれた。


「とても助かりました。やはり専門の方は違いますね」

「いえいえ。俺でよければいつでも」


 そう言って庭師は、感心したように庭を眺める。


「それにしてもこの植え込みや花壇、ガーネットさんが一人でやったんですか」

「大体は。といっても、自己流なので上手くいかないことも多くて」

「いやいや、これだけできれば十分ですよ。うちの嫁に来て欲しいくらいだ」

「えっ」


 彼は「冗談ですよ」と朗らかに笑った。

 そしてふと何かに気づいたような顔になると、おもむろに近づいてくる。


「あの……?」

「ガーネットさん、ちょっとじっとしててもらえますか。クモの巣が髪に」

「あ、はい」


 さっき生垣の掃除をしたときに、ついてしまったのだろう。

 手を伸ばした庭師が、ガーネットの髪に触れようとしたときだった。


「何をしている」


 背後からの声にはじかれたように振り向くと、ヘルバルト伯がこわばった表情で立っていた。

 これまでにないほど、その目は険しい。


「ガーネット、その男は誰だ」

「あ……この方は庭師の方です」

「庭師? いつもの男と違うようだが」

「親父が怪我をしたので、俺が代わりに」

「お前には聞いていない」


 ヘルバルト伯はつかつかと歩み寄ってくると、ガーネットの腕を引き、そのまま邸の中へ入ってしまった。

 半ば引きずられるように歩きながら、わけがわからず問いかける。


「お待ちください。一体どうされたのですか」


 彼は無言のままガーネットを執務室へ連れて入ると、いきなり詰め寄ってきた。


「君はあの男が本当に庭師かどうか確かめたのか?」

「そ、それは……」

「あいつがオスカーの手先かもしれないとは考えなかったのか。もう少し慎重になれ」

「……申し訳ありません」


 確かにヘルバルト伯の言う通りで、反論の余地はなかった。見たことが無い人間が来た以上、素性を確かめるべきだった。

 反省するガーネットに、彼は大きくため息をついたあと。


「……それとだ。君は気安く男に触れさせるのか」

「え……」


 何のことを言われたかわからず、彼女は混乱した。

 ヘルバルト伯は苛立ったように、「髪を触らせていただろう」と言い捨てる。


「それは違います。彼は私の髪についたクモの巣を取ってくれようとしただけで」

「はっ。そんなものは口実に決まってる」

「なぜそんな風に決めつけるのですか。あの方に失礼です」

「君こそなぜあいつの肩を持つ。口説かれて情でも湧いたのか?」


 冷ややかな視線に、ガーネットは絶句した。

 きっと自分が何か言ったところで、彼は耳を貸そうともしないだろう。

 なにひとつ信じてもらえない悲しさと悔しさが、じわじわと胸に広がっていく。


「……そう仰るのでしたら、これ以上お話することはありません」


 そう告げた瞬間、ヘルバルト伯の顔がさっと青ざめた。

 堪えきれずきびすを返した背を、彼の声が呼び止める。


「待ってくれ――」


 出口へ向かうガーネットの肩を、大きな手の平が引いた。

 はずみでバランスを崩した彼女をヘルバルト伯が抱え込もうとして、折り重なるように倒れ込む。


「おい怪我は無いか?」


 おそるおそる目を開けると、鼻先に彼の顔があった。

 驚いて悲鳴をあげるガーネットに、ヘルバルト伯は「どこか痛いのか」と焦り出す。


「違います! 離れてください……お願いですから」


 両手で顔を覆い消え入りそうな声でそう言うと、我に返った彼は慌てた様子で体を離した。


「す、すまない……」

「いえ……私は大丈夫ですので……」


 彼のまとう香りが、鼻孔に甘く残る。

 ガーネットはなんとか体を起こすも、恥ずかしさのあまり相手を見ることができない。

 そのまま逃げるように、彼の元を立ち去った。

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