テオ80
「アリスと一日中一緒にいたい」
「え?」
「ダメかな?」ほんの少しジュードが苦しそうに見えて
「いいよ」あれこれ考える前に答えてた。
「やった!」子供みたいなはしゃいだ笑顔のジュードに、私も嬉しくなる。
「あ、でも一緒に過ごすのとは別で何か欲しい物ない?」
「ない。アリスと過ごせるのが最高のプレゼントになる」
「あ、ありがとう」なんだか恥ずかしくなって少し俯いていると
「なんでアリスがお礼を言ってるの」と私の頭を撫でながら笑う。その間、ジュード100、ジュード100が呪いのようにぐるぐる頭でダンスしてたけれど、ジュードが嬉しそうだったから考えるのをやめた。
その後シャーロットに話しかけると「今日、お兄様の剣術クラスを一緒に見に行かない?」と誘われた。今度はテオ80の文字が脳内で踊ったけれど、それも無理矢理おさえつけてから
「うん!行きたい」と答える。見てみたいのは本心だけど、私が意識せずに見られるかどうかは別だ。うう、どうして80なんだ。やっぱり意識しちゃうじゃないか、クッポのバカ。
シャーロットと剣術クラスへ向かいながら、テオの数値もバグだと思い込むことにした。剣術専用の校舎に入ると、かなりの人数の女子生徒が観覧席にいて驚く。
「ね、ねえ・・まさか」
「全員お兄様を観に来てるわよ」
「・・」凄すぎて言葉が出なかった。一人でこの人数のファンを集めるなんて。シャーロットに連れられ、後ろの方の席に座る。
「近くで見たかったけど・・」と残念そうにシャーロットが呟くと、最前列あたりにいた令嬢がやってきて「シャーロット、良ければ私達の近くに座らない?」と声をかけてくれたのでお言葉に甘えることにした。
誘ってくれた令嬢が、シャーロットに色々と話しかけているのを幸いに会場を見渡してみる。3歳上の学年だけあって、控えにいる男子生徒達とジュードの体格の違いが大きい。随分大人に見えるなあと感心していると、周りの令嬢から歓声が上がる。
貴族令嬢が必死に声を抑えていても、これだけの人数がいればなかなかの声量だった。テオが登場したのだろうと思ったけれど、控えの中に見つけられない。あれ?どこだろうと思ったとき
「アリス」
とびきり甘い声が左の耳元で聞こえた。体がビクッと反応し、恐る恐る左を見る。
「ですよね」テオだ。
「観に来たんだね」ふわりと微笑んだ顔に周りのご令嬢が息を呑む気配。
「うん、シャーロットが誘ってくれたの」
「お兄様」なにやらシャーロットが怒っている。
「じゃあ『二人に』とびきりかっこいいところ見せなきゃね」そう言って、観客席からコートへ軽々と飛び降りた。それを見た令嬢たちから甘いため息が漏れる。
あれ?もしやこの状況・・令嬢たちの目の筋トレが始まる流れ?と恐怖に慄いて周りを見たけれど、みなさんテオをうっとり見つめている様子で、私は睨まれていなかった。
シャーロットがいるから大丈夫なのと、周りのご令嬢に比べれば幼さが残る私もきっと妹的な存在なのだろうと判断されたのかもしれない。敵視されないことに安堵して、緊張を緩める。
左のコートの3番目の試合にテオが登場した。隣のシャーロットが「一瞬だからよく見てて」と囁いてくる。始めの合図で一気に間合いを詰めてきた相手をスッと躱したと同時にテオの剣が入ったようで、止め!の声がかかりテオが勝った。
「え?」
「一瞬でしょ?」
「何が起きたのかよくわからなかった」
テオはほとんど動いていない。対戦相手はコートに倒れ込んでいる。令嬢の抑えた黄色い歓声が響き渡り、テオが胸に手を当てて綺麗にお辞儀をした。
続く試合も瞬きしてる間に終わり、決勝では多少手こずるのかと思ったのに一瞬で優勝が決まった。汗ひとつかいてないのではないだろうか。
テオって弱点あるのかしら。そんなことを考えながらぼーっとテオを見ていたら、テオと目があった。かっこよかったよと伝えたくて小さく拍手すると、スタスタと私の前までやって来たので近寄った。観客席のほうが少し高いので、見下ろすかたちになる。
「どうだった?かっこよかった?」手すり越しに尋ねられたので「テオってかっこいいんだね」と伝えたら「今気がついたの!?」と笑い、私に両手を広げて差し出す。
この手はなんのためだろう?
「僕の肩に手を伸ばして」
よくわからないまま言われた通り伸ばしたら、すっと持ち上げられて抱っこされた。
「はいぃぃーーー?!」
「優勝したからご褒美ちようだい」
「ご褒美!?」
「頬にキスしてほしいけど無理だろうから、僕がキスしていい?」
「っダメに決まってる!」お、恐ろしい・・この観客の中でこの状況。至近距離の美しい顔に溢れ出るフェロモン。はやく離して。
「えー。じゃあアリスとデートしたい」
「それも無理です」
「じゃあキスしちゃおう!」
「だだだだだダメです!」
「キスされるか、デートか選んで」
「いや両方無理!」
「見て、みんな僕たちを見てるよー」満面の笑みで私に周りを見るように促すけれど、そんな勇気ない。
「キスしちゃお」
「デートで!」
「決まりだね」くすりと笑って私を下ろしてくれた。顔をあげられないまま、コートから控室のほうへテオが誘ってくれる。テオは80だ、うん。でも明日からの学園生活、どうしよう。
とにかくジュードに説明しておかないと。テオはニコニコしながら、出口で待つシャーロットのところまで送ってくれた。
「お兄様!」呆れた顔でシャーロットがテオを捕まえる。
「明日からアリスが大変なことになるじゃない!」
ほんとほんととシャーロットの横で頷く。そんな私を見たテオが「俺が守るから大丈夫」と言う。
「どうやって?」と眉間にシワを寄せて詰め寄るシャーロット
「俺のそばにいるのが1番良いけど、それが無理なときのために少し協力を仰ごうかな」
「協力?」
「まあ任せてみてよ」艶やかな笑みを浮かべたテオはきっとなんとかしてみせてくれるんだろうなと思った。