バグ
剣術を見学した日から、時折奇妙な光景を目にするようになった。移動中などに私の方を見て、ひそひそ話している女子を見かけるのだ。どうやら剣術クラス見学のときに睨んできた子たちのようだけれど、ひそひそ話すぐらいで何も害はない。害はないけれど、気分は良くない。
それならと、得意の観察力を遺憾なく発揮してみた。
まず、ジュードに好意を寄せるグループ。これは大人しそうで儚い印象の女子を番犬のように守っているつもりの女子二人の計3人。私を見るたび番犬女子が何やら文句を言っているようだけど、それを止めようともしない儚い系女子は私が苦手とするタイプだ。
次、ハンカチくんのファングループ。確認できてるのは5人だけど、一人ボスキャラ女子がいる。このボスがおそらく1番発言力を持っていて、他の4人を引き連れている印象だ。廊下ですれ違うときなどにきつい目で睨んだ後「ツーン」とそっぽをむかれる。わかりやすくて嫌いじゃない。ここまでわかりやすいタイプはあおいの世界にはいなかった。
このボス女子と仲良くなることを決心する。
最後が王子ファンのグループだ。これはシャーロットが敵認定されているので、私には関係ない。だけど、いかにも悪役令嬢!という雰囲気のグループなのだ。シャーロットのために少々警戒している。
この状況を時々一緒にお昼を食べるようになったジュードに説明した。
俺が注意すると言うジュードを制止し「ボスキャラと仲良くなってみせる!」と宣言すると、口をポカンと開けて「なんで」と呆れられた。
あおいのときには出来なかった、相手を許すということが出来るようになりたいのだ。「許す」なんて随分上から目線で傲慢だという気持ちもあるけれど。
自分に不愉快なことをしてくる人間をやり過ごすのではなく、向き合って仲良くなってみたい。それができたとき、なんだか成長できる気がする。
「悪い子じゃないと思う。私も天使じゃないもの」
「ごめんアリス。いくつか確認してもいいかな?」
「え?・・うん」
「まずそのボスキャラと君が呼んでいる子の存在や行動は把握した」
「うん」
「だけど、そのボスキャラが好意を寄せているハンカチくんとアリスの関係がわからない。ハンカチくんはリーズ伯爵家のディランのことだよね?」
「初めて名前を知ったわ」
「え、そうなの?・・そのディランとアリスの関係って?」
「関係も何も・・入学してすぐの頃にハンカチを拾ったの。だから手渡した。その後は剣術の試合のときに見ただけで。・・ただ、その2回とも妙に見つめられた気はするけど、それだけ」
「話したこともないの?」
「ない」
「ふうん。気にいらないね」
「え?」
「いや、なんでもない。それと、なんでボスキャラと仲良くなろうとするの?」
「説明が難しいんだけど・・彼女と仲良くなれたら私はもっと強く優しくなれる気がするから!」
いいよね、ざっくりだけど本音だし。
「う、うん・・?怪我しそうなことや、傷つくようなことはしないでね」
「わかった」ジュードの優しさが見えて、真面目に頷いた。
「最後の確認。天使じゃないってよく言うけど・・」
「僕も混ぜて」声だけでわかる。テオだ。
「最近、二人でよくご飯食べてるよね。記憶が戻ったの?」私の隣に座り、私に顔を近づけてくる。
「テオ、近い」その顔でこの距離はどんなに兄のように慕っていてもクラクラする。
「えー」不満そうにしつつも少し距離をおいてくれた。
「記憶は戻ってないわ」
「へえ?」片眉を上げてジュードのほうを見たテオの口角がほんの少し上がった。テオがイタズラを思いついたサインだ。にっこり笑って私の髪を掴んで口づける。
「ならやっぱり僕にもチャンスがあるね」
「何のチャンス・・」
「僕はアリスが好きだってずっと言ってるじゃないか」
「そんなこと聞いたことありません」
「本気なんだけどな」
「テオ」イライラをまとったジュードがテオを見つめる。
「ジュードしか見えてなかった可愛いアリスがジュードを忘れたんだよ?チャンスじゃないか」鼻歌でも歌うかのように優雅な微笑みで、体ごと私に傾いてきた。
「テオ、距離と色気がおかしい」
「このちょっと冷たくなったアリスがいいんだよねー」
・・ちょっとうっとりしてませんか。テオってツンに弱いタイプなんだろうか。
たぶんテオは間違いなく攻略対象だと思う。ヒロインが誰なのかわからないけど、テオとルーカス王子は攻略対象だと確信している。
その後もずっと甘い微笑みを向けられたままランチを終え、イライラしているジュードは剣術クラスへ向かい、私は一人で考え事をしたくて図書室へと向かうことにした。
□ □
季節は夏へと動こうとしていて、今日は少しだけ暑い。できるだけ木陰を通ろうと、中庭を横切っているとき、木の根元にぽってりとした水色の塊みたいなものを見つけた。
誰かの落とし物?
そう思いながら近づくと、布にしてはなんだか丸みがあるし、フワフワしている。ぬいぐるみかしらと思いつつ、確かめるためにしゃがんで観察してみるとモゾモゾと動いた。
ふわふわした毛並みに小さくて黄色い羽が生えていて、頭らしきところにピンクの丸い耳。
触って噛まれたらどうしよう?と思ったけれど、動物は大好きだ。それにこれはたぶん・・。
噛まれることはないだろう。ふわふわの塊を持ち上げてひっくり返す。
「あー・・」
犬だか猫だかウサギだかさっぱりわからないジャパニーズアニメな生き物だった。
やっぱり噛まれなかったので、全身怪我はないか触って確かめる。どこも痛がる様子もないし血も出ていない、ふわふわの生き物はされるがまま反応もない。手触りが良すぎて無駄に触りまくった。
熱もなさそうだし、お腹空いてるのかなと思い、食堂へ行く。ランチバスケットを買い、1番奥のサロンへ向かう。誰に見咎められることもなくドアを開けて入り、テーブルの上にふわふわを乗せ、パンを鼻に近づけた。茶色の小さくて丸い鼻がピクピクと動き、目を覚ます。
「あら」キラキラしたエメラルドのようなまんまるな瞳に出会った。
それはパクっとパンをかじり、モキュモキュと咀嚼する。その頬の動きはまるでリスだ。
見たときから気がついていた。これはゲームにおけるチュートリアルを説明してくれるマスコット的なキャラだろう、と。
この世界での役割はなんだろう?好きだったRPGなら進むべきヒントを教えてくれたり、セーブしたりしてくれたけれど。とりあえずエネルギー不足で倒れていたようなので、食事が終わるのを待つ。私の顔を見ながらモキュモキュとパンを食べ、コップに注いだお水を短い手で器用に持ってゴクゴク飲んだ後、ぷはーっと息を吐き出してお腹をさする。
「あなたの名前は?」
「僕はクッポ」
ものすごくギリギリを攻めてやしないかその名前。
「クッポはやっぱり進捗具合を教えてくれたりする的な?」
「そう!話がはやいね」トテトテと歩いてぽてんと座る。
「なんであんなところで倒れてたの?」
「なんかバグってるんだよねー。アリスのせいだよ」
「ええっ」
「まず、この世界は『100通りの恋☆あなたの思い通りにカスタマイズしてとびっきりの恋をしよう』だってことは知ってる?」
「お、思ってた以上になんか浮足立ってる世界観ね」
「そう、主人公もキャラクリできるし、攻略対象でさえ見た目や設定もいじれちゃうんだよね」
「え?」
「だからアリスもアリスが選んだ見た目だし、性格のはずなんだよ」
「んん?」
「なーのーにー!なんか自我が混乱してるよね?無駄にメンタル強いよね!恋愛がメインなのに性格改善にばかり気を取られてるよね!」
「・・はい」
「そこが!バグの原因なんだよ」
「バグ」
「そう!僕だってホントなら最初からサポートとして登場するはずなんだ。なのに誰からも必要とされず、誰からも認識されず、学園は始まっちゃうし、存在意義ないし!必要とされることがエネルギーなのに、必要とされないからエネルギー切れ起こしちゃってあそこで力尽きてたわけ」
「あ、じゃあパンいらなかった?」
「パンはいるけどさ」
あ、食べ物いるんだ・・。ちょっと恥ずかしそうにしてる顔がめちゃくちゃ可愛いくて口元が緩む。
「・・ん?」
「なに?」
「まさか私がヒロイン?」