この恋のかたち
雪が溶けた頃、テオから手紙が届いた。
「卒業パーティまでに帰れるかもしれない」と。
卒業パーティに間に合うかどうかなんてどうでもいい。帰国が決まったなら嬉しい。一時帰国じゃないといいけど。でも・・会える。
帰ってくると聞けば、急にいろんなことが気になりだした。私・・顔変わったけどテオに「可愛くない」なんて思われたらどうしよう。テオはまだ私を好きでいてくれるのかしら。
手紙で愛を伝えられているのに、そわそわと落ち着かない。
シャーロットはどう?と尋ねると「不安が全くないわけではないけれど、飛びついてくるアーサーしか思い浮かばない」と答えられた。確かにそのイメージ以外は浮かばない。
リジーにも尋ねると「ディラン様の顔をみれば色々とはっきりする気がする」と言う。
それぞれのドレスにリジーとシャーロットが髪型や化粧を提案してくる。
「私、顔が変わったと思うの。だから不安でしょうがない」と言うと、二人が赤ちゃんを見るような目で見てきた。
「何よ」
「よしよし」
「アリスちゃん心配いらないでちゅよ」
「大人っぽくなっただけよ」
「まあ、お兄様の顔を見ればわかるでしょ」
私の頬をむにむに触りながら言う二人に励ましてもらえたのかどうかよくわからなかった。
この3年、内面の努力は意識せず、緩んでいる。クッポに尋ねることはほとんどない。聞いたところでどれも飛び抜けた数値ではなく意味もない。その普通な感じが私らしいと思う。
可愛らしさが一切伸びていないけれど、伸びたところでテオの好みじゃないなら意味ないし。
イレーヌ様の活動のおかげで、パートナー無しでもパーティに参加しやすくなった。私達3人が一人で参加すればそれなりに浮くかもしれないけれど、それでいい。
3人で楽しく当日のお化粧やアクセサリーの相談をし、当日は入口付近で待ち合わせすることにした。テオ達が前日までに着けば、一緒に行くかもしれないというほんのちょっとの期待。
結局、前日に着くことはなく当日を迎える。
朝から気合の入った準備を重ね、あとは出かける寸前にドレスを着るだけになり、ソファで休んでいると急に屋敷が騒がしくなった。
もしかしてと思いガウンを羽織って廊下に出て階下の様子を伺うとアーサー兄様の声が聞こえ、興奮して思わず廊下を走る。
「お兄様!?」
「アリス!帰ったよ」
久しぶりに会うお兄様は変わらずかっこよく、少し大人っぽくなっていたけれど、嬉しさのあまり駆け寄って飛びつく。
「おかえりなさい!」
「ただいま」
お兄様の明るい笑顔にほっとしつつ「シャーロットにはもう会ったの?」と尋ねると「会いたいのを必死に我慢して帰ってきた」と言う。
旅の汚れを落として、正装してシャーロットを驚かせたいらしい。
「でも、テオが家に戻ればばれちゃうんじゃないの?」
「それが、あいつだけ遅れるんだよ」
「え・・」
「トラブルの処理でパーティには間に合わないかもしれない」
「そう・・怪我をしたりしてない?」
「それは大丈夫。元気だし怪我もない」
「良かった」
「予想通りだな」
「何が?」
「パーティに間に合わなくてもアリスは気にしないと思うからって、俺を戻らせてくれたんだ」
「そうなのね。じゃあシャーロットとお兄様の再会が楽しみ。早く支度しなきゃ!」
「風呂入ってくる」
「はーい」急いで自室へ向かうお兄様が途中でくるっと振り返った。
「お前、綺麗になったな」
「本当?」
「ああ。テオがびっくりすると思うぞ」
「ふふ。ありがとう」
優しいお兄様を持って幸せ。気分良くパーティに出席できそう。
ドレスに着換え、髪に花を飾る。ドレスはテオが用意していてくれたもので、あちこち手を加えて最善の仕上がりになった。玄関に行くとお兄様が待っていて、二人で馬車に乗り込みお母様とお父様に見送られて出発する。
「お兄様、ちょっと手を貸して」
「なんだ?」
「ドキドキしてるかなと思って」
「あと少しで会えるのに、気が逸ってしょうがない」
「脈が速い」そわそわしてるお兄様が可愛くて、私までドキドキしてきた。
「ディラン様はパーティに来るのかしら?」
「行くって言ってた」
それならリジーの反応も楽しみだ。テオには今日会えないだろうと思うと、少し気持ちに余裕が出た。
会場に着くと車寄せにシャーロットの馬車を見つけた。お兄様が私のエスコートも忘れて早足で会場へ向かう背中に向かって「入口付近にいるはずよ」と声をかけたけれど、ちゃんと聞こえたのかしら?
再会の瞬間を見逃したくなくて、私もできる限り速く歩く。続々と会場へ向かう人並みを抜けて、入口近くの大きな柱の影に金色の髪を二人分見つけた。
お兄様がシャーロットを抱きしめる。
何人か気がついた人たちが歓声をあげた。
少し離れて見守っていると、お兄様がシャーロットを抱きかかえてどこかへ連れ去ろうとするので、服を掴んで止める。
「気持ちはわかるけど、ちょっと待って!」
「だって、久しぶりに会ったシャーロットがこんなに綺麗なんだぞ!他の奴に見せてたまるか」
「すごい。お兄様がさらにパワーアップしてる・・」
「シャーロットどうする?とめて欲しい?」
「とめなくていいわ」
「ふふっ」
お兄様の服を離すと、抱きかかえて中庭のほうへ行ってしまった。
幸せな気持ちでリジーを待つ。いけない、気をつけてないと顔がにやけてしまう。柱の側に佇んでニヤニヤしていたらさぞかし気持ち悪いだろうと入口に背中を向けていたら、背中をとんと叩かれ、顔を引き締めて振り返るとリジーがいた。
「なんで後ろを向いてたの?」
「実はお兄様が帰ってきて、それはもうデレデレとシャーロットを連れ去ってしまったの。ついニヤニヤしてしまって」
「それ、わたくしも見たかったわ」
「幸せな光景だった。リジーも他人事じゃないわよ。ディラン様、パーティに参加するそうよ」
「え」
「嬉しい?」
「わからない」
「そう。中に入りましょうか」
「シャーロットは待たなくていいの?」
「パーティに出ないかも」
「えっ」
「お兄様がパワーアップしてたのよ」
二人がどんな感じだったのかを説明しながら会場に入り、端のほうで入場してくる生徒を眺める。ウイリアムがやってきたので手を振ると、わたしたちのほうへやってきた。
「二人とも綺麗だね」
「ウイリアムこそ素敵」
この3年でウイリアムも青年へと成長したけれど、身なりに無頓着なので綺麗にセットされた銀色の髪で普段隠れがちな目が見えて、リジーをとらえた。
「今日は直すところないわね」少し残念そうにリジーが言った。
「そうか」なんとなく二人がぎこちないような気がして様子を伺う。
「シャーロットは?」
「お兄様が帰ってきて連れ去ったわ」
「帰ってきたのか。・・・ディランも来る?」
「ええ」
ウイリアムの気持ちがわかった気がした。
そろそろダンスの時間という頃、入口がざわつき目をやると、ディランが現れた。リジーは気がついているかしら?
楽しそうにウイリアムと話している。
「ディラン様よ」とリジーに小声で知らせた。
「ああ・・良かった」
そう呟いて小さく笑うので、「何が?」と尋ねたら
「私、ウイリアムが好き」少し照れながら言う。
内心歓喜の悲鳴をあげたけれど必死に堪えて「そう」とクールに答えた・・つもり。二人きりになってほしくて「ちょっとお化粧を直してくるわ」とその場を離れた。
ホールを出た途端、ダンスの曲が始まり思わず振り返ってみると、ウイリアムとリジーが手を繋いでダンスの輪に入っていくのが見えた。うん、お似合いだわ。見つめていると、ダンスに誘われたので断って化粧室に向かう。少し時間を潰したほうがいいわよね。お兄様たちが消えたのとは反対方向の中庭のベンチに座って月を眺めた。ショールを羽織っていても寒くなってきたので戻ろうと立ち上がり、廊下を進む。戻ったらリジーから嬉しい報告あるかしら。
ショールを預け、またホールに足を踏み入れる。リジーが見つからないので、端にいようと移動して、ダンスをしている生徒を眺めた。ジュードは踊ったのかしら。入り口のほうでざわざわしているので目をやると、シャーロットとお兄様が入ってきた。すぐに私を見つけてやってくる。
「お兄様、顔がだらしなくてよ」
「しょうがないだろ」
「シャーロット、いつものクールな顔はどこへやったの」
「勝手に顔が笑うのよ、しょうがないわ」
「「アリスのニヤニヤがひどい」」
二人にそう言われても、私の顔だって制御不能。
「リジーは?」
「ウイリアムのことが好きだとわかったみたい」
「そう。お似合いね」
「ええ」
そのままシャーロットとお兄様が踊るのを見たり、ジュードとクロエが踊るのを見たり、いつの間にか戻ってきたウイリアムとリジーと話したりしてパーティを楽しんだ。
そろそろ終わりが近づいて、お兄様はシャーロットを送っていく。
どんどん人が減るのをホールの端で眺める。期待していたわけではないけれど、なんとなくテオが現れる気がして去り難かった。残り数組という段階になり、そろそろ限界ねとホールから出て馬車に乗り、屋敷へ向かう。明日には会えるかしら。
家に着いて、お風呂に入ろうと思いながら玄関ホールでショールをルナに渡していると
「おかえり」
テオの声
「た、ただいま。・・って逆じゃない?」
「遅かったね」
「え、ええ」
「パーティは楽しかった?」
「そうね。シャーロットとお兄様を見てるだけで嬉しかったし、リジーとウイリアムもなんだか良い雰囲気だったわ」
「アリスは誰かと踊った?」
「誰とも踊ってない」
「ジュードとも?」
「ええ」
「ご両親に許可は頂いてるからアリスの部屋に行こうか」
「え、ええ」
二人で階段を上がっていく。大切なことに触れていない。テオは私をどう見ているのだろう。
久しぶりに会うテオは何も変わらない。テオがドアを開けて私を誘う。
「あの・・おかえりなさい」
「ただいま」
「・・・」
「アリス」
「はい」
「変わらず僕のことを好きでいてくれたなら、キスして欲しいな」
「くっ」
「僕のことはもう嫌い?」
「相変わらずね」
「ダメかな?」絶対断られないってわかってるわよね。目に愛しさが溢れてるじゃない。
きっと私も同じような目をしているのだろう。
「わかったわ」そう言って、テオの手を引っ張ってソファに押し倒す。
テオを押さえつけてそっと唇を重ねた。
「足りない」
「変わらず私を好きでいてくれたなら、テオからして」
「仰せのままに」
頭の後ろを大きな手で掴まれたと思ったら、ぐいっと引き寄せられ唇が触れ、簡単に口を開けさせられた。切なく焦がれたテオとの口づけに鼓動が高鳴り涙が溢れそうになる。
「悪いこといっぱいした?」
「したわ。いっぱい」
「明日からゆっくり聞かせてもらうよ」
「しばらく忙しいんじゃない?」
「全ての時間をアリスに使える」
「そう?」
「会いたかった」狂おしいほどに。やっと僕の腕の中。
「3年目はわりと平気だったのよ」天邪鬼なアリスの声はこうだ。
「会いたくて何度も泣いて3年目は泣くのに疲れて心が動かないように押さえつけてたって聞こえたな」
「どうしようもない耳ね」
「合ってるだろう?」
「合ってま・・す」
少し笑いながらキスを繰り返し、なんとか帰った。
□ □ □
すぐに婚約の準備を進め、同時に結婚の準備も進める。最短の期間で捕まえておかないと「結婚なんて別に必要ない気がする」とか言われそうで。僕の可愛い侯爵令嬢は強い。
「これ・・」
「うん」
婚約の記念に渡した指輪は幼い頃のおもちゃに似ているはずだ。
「つけていてくれると嬉しいけど、無理強いはしないよ」
「嬉しい」
「どっちが。指輪が?自由が?」
「どっちも」そう言って笑うアリスの頬をつまむ。
「さて、僕の可愛いアリスの悪さを聞かせてもらおうか」
「何から話そうかな・・・それはもう浮気をたくさんしたのだけど」
「僕の匂いが足りなくなってシャツを持って帰ったこととか」
「だからどうしてバレるのよ!」
「アリスのことならなんでも」
「じゃあ、今私が何を考えてるかわかる?」
「・・・」アリスの薄いブルーの瞳を覗き込むと、悪巧みの色が見えた。
「なんかしてやろうと思ってるね」
「・・正解」
そう言って僕の腕の中に飛び込んできて「大好き」と小さく囁いた。
「僕はもうとっくに愛してる」耳元に囁くとアリスが崩れ落ちた。
クッポのひとり言
「テオの数値がすごいことになってるのに誰も訊いてくれない・・」




