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新しい関係

入学してから2週間、学園生活に慣れてきた。この学園は選択性の授業で、自分の身につけたい科目を選んで修得する。貴族に必要なダンス、歴史、領地経営や、剣術、刺繍、数術など選んで受ける。クラス単位で行動することが少ない。

 私はこの世界のことがわからないので、歴史と地理、領地経営はお兄様がいるから学ぶ必要はないけれど、貴族の仕組みを知りたくて受けることにした。刺繍も選んだけれど、好きじゃない。基礎だけ学べれば充分だ。


 ジュードは剣術に力を入れるらしく、同じ授業になることが少なくて、ウイリアムは歴史や地理が好きなので同じ授業になることが多い。卒業までに馬術や美術も学んでみたい。

 スポーツの時間もあり、クリケットやテニスなども学べるので、テニスも選択した。


 興味のない授業を受ける必要がないので、想像以上に学園が楽しい。空き時間は教室で過ごすか、ソファやお茶の用意があるサロンで過ごす。図書室も静かにくつろげる椅子がたくさんあるので気に入っている。


 授業に慣れてくると、同じ授業を受けるメンバーの顔を結構覚えた。テニスの授業に向かっているとき「ねえ、今日ペア組まない?」とイーサンに話しかけられた。

 イーサンとはすでに何度か話していて、人懐っこい笑顔の茶色の髪に茶色い目の伯爵令息ということまでは知っている。


「あ、今日はダブルスの試合だっけ?」


「そう、男女のね」


「私、上手じゃないよ?」


「あ、いいのいいの。勝ち進みたいとか思ってないし。でも君、結構上手いと思うよ」


(上手いとか言われてもプレッシャーだし、素直に喜べない・・)


「ありがとう」内心を全て隠してにっこり微笑んだ。アリスのような天使を目指しているわけではない。性格改善努力中なだけだ。それに、イーサンは天使のようなアリスを知らない。今の私にとって、ふっと力が抜ける相手でもある。

 ニコニコしながらどんどん距離を詰めてくる。仔犬みたいだなと思う。ボール投げたら走って取りに行って、弾むように戻ってきてボール渡してくれそう・・なんて妄想してしまう。イーサンを心で犬扱いしてるなんて、これもアリスとしては失格よね、なんて心で苦笑する。


 イーサンと組んだペアでなんと決勝まで残り、次回もまた組むことになった。勝つたびに嬉しそうに駆け寄ってくるイーサンに「お手」と言いそうになったことも内緒。

 イーサンと話しながらシャワー室へ向かっていると、剣術の授業を受けていたジュードとばったり出会った。無言で私とイーサンを睨むように見つめてから、くるっと背を向けてシャワー室へ入っていく。イーサンと仲良くしてたのが気に入らないのかな?と思ったけれど、イーサンは犬だ。あ、違う。癒やし要員だ。やましいところなどない。だけど、ほんの少し心がガサガサとささくれた気がした。


□  □  □


 今日は朝から雨が降っている。地理の授業を受けながら、前の席のウイリアムの銀色の髪を眺める。綺麗な銀色に雨が映り込んでいるみたいな錯覚に陥った私は今、猛烈に眠い。課題の地図作成は終わったし、このあとサロンで少し眠りたい。


 次も授業があるウイリアムとは別の方向へ進む。人気の少ない1番奥にあるサロンに行きたいのだ。ふっと一人になりたいときに便利な部屋で、先週見つけたばかり。眠気で少しふらつきながら廊下を進み、誰もいませんようにと願いながらノックをする。なんの返答もないのでドアを開けて入り、ソファにドサッと倒れ込むように横になった。


 少しうとうとしてすぐに深い睡眠に入る。どのくらい経ったのか「アリス」と呼びかける声がじわじわと意識を覚醒へと誘う。夢を見ていた。懐かしくてあたたかい夢。現実へと意識が切り替わっていき、懐かしい気持ちだけ残して目が覚める。


「アリス」声がする方をぼんやり見ると、ジュードが私を覗き込んでいた。


「ん・・」あれ?私は今どこにいるんだっけと混乱していると「そろそろ次の授業が始まるぞ」と言われ起き上がる。


「あ、そっか・・ありがとう。でもジュードがなんでここへ?」


「アリスが眠そうにふらふら歩いてたから心配でついてきた。時間になっても出てこないから入ったら、ぐっすり寝てたんだ」


「あ、ありがとう。ものすごく眠かったの」


「次の教室まで送っていく」・・確か刺繍だったような。


「あー・・嬉しいけど、まだ眠いし針を指に刺しちゃいそうだから休むことにする」


「じゃあ俺もここにいる」


「・・え?」


「俺さ。今のままだと嫌なんだ。だから、今のアリスに好きになってもらうことにした」


「・・はい?」


「本気だよ」


そう言って、私の隣に座り私の頬に手を当てる。


「ソファの跡がついてる」そういって、私の頰をそっと親指で撫でた。


「え・・」優しい仕草に目が泳いでしまう。


「アリスが俺のことを忘れて、そのことをずっと理解できなかったんだ」少し俯きながら吐き出すように語るジュード。


「あんなに俺を嬉しそうに追いかけてきたアリスが急に俺を好きじゃなくなって、なんでなんだと考えたり、記憶なんてすぐに戻るだろうと思ったり。・・なのに君は『あなたの知ってるアリスじゃなくなった』と言った。記憶が戻るのを待ってるだけじゃダメだと思った」


「おまけにアリスが俺じゃない奴と仲良く歩いてるのを見た。アリスが俺じゃない誰かを選ぶかもしれないという現実が・・すごく辛かったんだ。だから、待つのをやめることにした。アリスが以前のアリスじゃないなら、今のアリスをもっと知りたい。アリスも、今のアリスで俺を見て」


 強い熱のこもった眼差しに押され、思わずコクコクと頷く。


「良かった」そう柔らかく笑って、私をそっと抱きしめた。どこか懐かしいジュードの香りに、さっきの夢のあたたかさを思い出す。記憶はなくても心地良いジュードの腕の中で頭の芯が麻痺したような感覚に浸っていると、ジュードが額に口づけを落とした。


「!!」びっくりしてジュードを見つめると、


「婚約者なんだからこのぐらい許して」と破顔した。その笑顔が無邪気だったので私も釣られて笑顔になる。またそっと抱きしめられた。ドキドキして恥ずかしくてジュードの顔を見ることができなかった。二人で授業を休み、帰りは手を繋いで馬車まで送られる。


「また明日」そう言って扉を閉めて見送るジュードの目に昏い色は見当たらず、優しい真っ直ぐな瞳は、その日何度も浮かんだ。


□  □  □


 雨は上がり、翌日はよく晴れた。教室に入るとウイリアムがいたので「おはよう」と声をかける。

話しかけようと思ったら、クラスの女子が近づいて頬を染めながらウイリアムに話しかけたので、諦めて席につく。シャーロットもジュードもまだ来ていない。聞こうと意識しているわけではないけれど、ウイリアムと女子の会話が耳に入る。確かこの子の名前はユリアンナ。頬を染めてウイリアムと話す様子が可愛くて、私の口元が綻んでしまう。

 それを隠すために窓のほうを見ていると、ジュードがいきなり目の前に現れて私の顔を覗き込んだ。


「なんか楽しいことあった?」


 至近距離でそう訊かれても説明できなくて首を横に振る。不思議そうに首を傾げ、私の緩んだ頬を右側だけ軽く引っ張った。なぜ引っ張る?と困惑していると右手でそっと頬を撫でてから手を離して隣の席に座る。昨日から触れてくるようになったジュードにどう接したらいいのかわからない。


「今度さ、アリスの空き時間に剣術のクラス見に来て」


「え、なんで?」


「俺を見に来て欲しいから」少し恥ずかしいのか目をそらしながら言う。


「ジュードを」


「うん」


「わ、わかった」


「うん」


 ぎこちない。だけど今の私でジュードを見る約束をしたのだから、このぎこちない感じを乗り越えなければ!と心で奮起しつつ、いったいいつなら剣術のクラスを見にいけるんだろうとスケジュールを見る。午前と午後の両方とも同じ授業があるので、都合の良い方を選べたりする。


「ジュードは午前と午後の両方受けてるの?」と尋ねると


「うん、来週の水曜の午後のクラスなら、アリスの空き時間だと思う」


なぜ知っている・・おそらくそう思ったことが顔に出たのだろう、ジュードが「アリスの授業、把握してるし」と言った。・・・なるほど。


□  □  □



 その日はシャーロットも空き時間だったので、二人で剣術を見学に行くことにした。陽射しがきらめく木々沿いの歩道を歩いた先に、講堂のようなつくりの建物があり、剣術専用の校舎になっている。


「ジュードって剣術得意なのかな?」私に見に来てというぐらいなのだから、自信があるのかなと思った。


「うん、昔から得意だと思うよ」


「へえ、そうなんだ」あまり関心がなさそうな私を見てシャーロットが小首を傾げる。


「記憶ないからしょうがないとはいえ、あの出来事もなかったことになるのね」


 そう小さく言って少し遠くを見つめるシャーロットに「出来事?」と尋ねたけれど「思い出さない限り意味のない思い出話よ」と、話すつもりはないみたいだ。


 校舎に入ると、四角いコートの周りを観客席が囲むような作りになっていて、私達以外の女子生徒が何人も見学に来ていた。目立たないよう後ろの席に座ったけれど、そこからでも充分顔は判別できる距離だった。今日は1年生だけの試合形式の練習らしく、コートを2つに分けて2試合同時に行われるようだ。何人か人気の男子がいるみたいで、登場すると女子生徒がなんだかソワソワしている。


「そういえば、テオも剣術が得意じゃなかった?」


「ええ、お兄様は強いわ。一度一緒に観に来ましょうよ、かなりの人数の女子が集まってて壮観よ」いたずらな目の輝きと上がった口角に、それは是非一度目にしなければと笑った。

 ジュードの姿は見当たらないので、出番はまだのよう。右側のコートで準備している男子に見覚えがある。


「ねえ、あの人確かハンカチ落とした人じゃない?」



本日すぐにもう一話更新します。

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