イベント発生
「そろそろ話してみない?王子とのこと」
「駄犬の前で?」
「ウィルちゃんのことは気にしないで」
「・・・」
「ウィルちゃん待て!はーい、お膝でねんねしましょうね」
「アリス、それでいいわけ?」
「んー・・私的には問題なくてよ」
「少し待ってね。今、犬のイメージを刷り込んでるから。・・・よし完了」
「で?」
「そうね・・なんだか自分が無くなっていくようで怖くなったの」
「自分が無くなる?」
「私って、自分でも令嬢のお手本のような容姿と中身だと思うの」
「そうね、確かに。金色に輝く髪に恐ろしいほど美しい顔、楚々とした雰囲気もありつつ凛とした冷たさもある完璧な令嬢だわ」
「ありがとう。そういう風に見られる度に、自分でもそういう人物を演じてきた部分があるのよ」
「周りの期待に応えようとしてるのねと思ったことはあるわ」
「それで良いと思っていたし、より完璧な自分のことも好きだった」
「うん」
「守りたいと思うほどの自分の個性もないと思っていたの。周りの期待に合わせて変わることに抵抗がないというか」
「うん」
「ルーカス様は素敵だし、ルーカス様に合わせている自分の性格【毅然としていて控えめで優しい】自分も気に入っていたんだけど・・」
「本当のシャーロットが消えてしまうと感じた?」
「そうなの」
「本当のシャーロットはクールだけど楽しいことが大好きだし、優しくて臆病よね」
「臆病だと認めるのは嫌だわ。この前のマスク、あれでみんなとばかみたいなことをして笑ったときに、これが本当の私かもって思ったの。・・まあとにかく私が消えていく感覚があって、その感覚を無視できなくなったってわけ」
「そう・・。王子のことはもういいの?」
「気にならないとは言えないけど、辛いというほどでもないわ」
「他の人を好きに・・アーサー兄様なんてどう?」
「素敵だけど単純よね」
「確かに。でも、まっすぐ素直で気持ちがいいのよ」
「ええ、知ってるわ」
「・・駄犬が寝たわね」
「ね」膝の上で寝ているウイリアムを見て、なんだか幸せな気分になる。
「このままウィルと一緒にいるのが1番幸せなのかもしれない」
□ □ □
「お兄様」
「ん?」
「アリスがウイリアムに絆されかけてるわよ」
「は?」
「たぶん、ウイリアムといるのが楽なのね。ウイリアムといるときのアリスはすごく優しい顔をしているわ。もう手遅れかも」
「・・・」
「意外とお兄様って馬鹿だったのね」
□ □ □
馬車を1時間ほど郊外へ走らせるとバートの研究所が見えてきた。白い煉瓦造のまるで倉庫のような建物の中に入ると、階段があちこちにある不思議な造りになっている。案内された1番奥の部屋に入るとライアンが立ち上がって迎え入れてくれたけれど、今も目線が強い。
「この書類3枚にサインをお願いします」
「わかりました」名前を書くだけの簡単な作業なのですぐに終わり、帰ろうと立ち上がる。
「ありがとうございました。これで失礼します」
「・・何か失礼を致しましたか?」
「いえ何も。お仕事のお邪魔でしょうからすぐに帰ったほうが良いと思いまして」
「エドワードから研究所を案内するように言われています」
「ああ・・でもそれはまた次回バートさんがいらっしゃるときにでも」
「私だと何か困ることでも?」
「・・いえ・・ただ」
「ただ?」
「なにか怒っていらっしゃるのかな、と」
「怒ってなどいませんが」
「そう・・ですか」
これ以上断ることに挫け、案内してもらうことにした。多岐にわたる研究をしているらしく、バートさんは植物の研究も担当しているとのこと。ライアンさんの目つきは怖いが説明は丁寧で、質問しても嫌がらずに答えてくれる。全てを見学し終わったときには、苦手意識はかなり消えていた。
「丁寧な案内をありがとうございました」
「いえ、たくさんのアイデアをありがとうございます」
「ライアンさんのお役に立つようなアイデアありましたか?」
「全てです」
「それは・・嬉しいです、はい」
「あなたは見た目が可愛らしいだけじゃなく、中身もチャーミングなんですね」
「ふぁ!!」
「いや、その・・すみません照れさせてしまって」
「いえ・・社交辞令をまともに受け取ってしまい申し訳ありません」ついうっかり本気にしてしまったけれど、大人から見れば私が少々勘違いしたって温かい目で見てくれるわよね?
「社交辞令ではないのですが」また鋭い目で見つめられ、条件反射ですくみあがってしまった。
□ □ □
今日は馬術で遠乗りイベント(おそらく)だ。それぞれ学園裏の森を抜けて、アップダウンのある草原の先にある川で馬を休ませ、また戻ってくる。
できるだけ一人で何でもこなして時間以内に戻るテストみたいなものらしい。ウイリアムもジュードもいるから心強い。スタート前、無意識にテオを探して女子と一緒にいるのを見かけた。遠すぎてこの前一緒にいたのと同じ子なのかわからなかったけれど、気分が少し落ち込んだのを無理矢理上げる。
曇ったり晴れたり忙しい天気の中、草原を駆け抜けるのは爽快で、速いペースで川に着いた。馬に水を飲ませて軽く汗を拭いてやってからおやつをあげる。川のそばで休憩しているとウイリアムとジュードもやってきた。
そのとき、馬の怯えたようないななきが聞こえ振り返ると、黒鹿毛の馬が興奮して暴れているのが目に入った。こちらへ向かって馬が走ってくる。咄嗟にジュードとウイリアムが私を抱えて飛び退こうとしたけれど、残念なことにジュードは右へ、ウイリアムは左へ引っ張ったために私の体が悲鳴を上げる。
痛くて動けなくなったのを誰かが抱えてくれた。
ああ、この香りはテオだ。久しぶりに嗅いだテオの香りに包まれて、体の痛みを忘れる。
「アリス、大丈夫か?」
久しぶりに聞くテオの声に感情が暴走して、勝手に涙が溢れてきた。
「だっ大丈夫じゃない!」
「どこが痛い?」
「テオのバカ!」
「ああ」
次から次へと涙が溢れて止まらなくなってしまう。
「アリス、寂しかった?」
「寂しかったなんて言ってあげない」
「寂しかったんだね」
「言ってない」
「ごめん。なんとなく意地になってたんだ」
「避けないで」
「約束するよ」
「じゃあ許す」
「許すの早いな」
「お望み通り遅くしてあげましょうか?」
「いや、ごめん。もう限界」
「テオ・・」
「なに?」
「腕が痛い」
「ちょっと触るよ」
「ううっ」
「少しズレてるね。このハンカチを噛んでて」
「何するの?」
「このままじゃ痛くて馬にも乗れないだろうから元に戻す」
「わかった」
「そんな簡単に信用しちゃうの?」
「うん。テオだもの」
「痛いけど一瞬だから」
「わかった」
意識が飛びそうになるほどの痛みを感じたけれど、本当に一瞬で済んだ。
「まだ不安定だから動かさないように固定するよ」と自分のタイを外して私の腕に巻いてくれる。
「帰りは僕の馬に乗って」
「うん」
そこまでのやりとりを黙って見ていたジュードとウイリアムが「アリスごめん」と辛そうに謝るのを制止する。二人が馬を落ち着かせてくれたようだ。
「ウイリアムもジュードもありがとう。二人が助けようとしてくれたのわかってるから」
「でも」
「腕ももう治った。馬は大丈夫だった?」
「何かに噛まれたような跡があったから、蛇に噛まれたのかもしれない。今は落ち着いてるよ」
「良かった」
「テオ?」よく通る少し高めの声が聞こえた。
「レイラ」
「すごいスピードでいなくなったからびっくりしたわ」
「すまない。アリスが怪我をしたから帰りは他の奴に付き添ってもらってくれ」
「・・そう」
「・・テオ?」
「どうした?アリス」
「私なら大丈夫」
「駄目だ」




