分岐点
「まさかその場にイーサンもいたとか?」
「うん。少し離れてたけど、近くにいた」
「私、さっきもそのことを訊かれたの。でも覚えてなくて」
「覚えてないの?!」
「少し記憶喪失の部分があって」
「そっか・・」
「何があったのか教えてもらえる?」
「最初から見ていたわけじゃないんだ。だから僕が見た部分だけの話なんだけど、周りから悲鳴が聞こえて振り返ったら、女の子が1人と男の子が3人いて、犬は倒れて気を失ってるようだった。女の子はショックで動けないようで固まっていたんだ。その顔がふとアリスに重なって、もしかして?と思って」
「そうなんだ・・」
「怖かっただろうし、忘れたほうがいいのかもしれないね」
じゃあまたねと挨拶をしてまた歩く。狂犬・・・頭の中になにかひっかかる部分があって、ぼんやり歩いているうちにどんどん頭が痛くなってきた。どうしよう・・保健室に行って休もうかなと思ったとき、何かが割れる音がしてつい足が向かってしまい物置のような部屋を覗くと、いつかのクマのような先生がしゃがみこんでいるのを見つけた。銀色の髪はさらに伸びていて、顔も見えないぐらいだけど、なぜかあの先生だとわかる。
「あの・・大丈夫ですか?」
「大丈夫。でも掃除道具をみつけてくれるとありがたい」ホウキを見つけて戻ると先生が欠片を手で集めていた。
「先生、それは危ないです」
「大きいのだけ拾うよ」
「気をつけてくださいね」周りをホウキで掃いて欠片を集めて一箇所に集める。
「ありがとう、助かったよ」
「ケガはないですか?」
「大丈夫。・・あれ?君と会ったことあるね」
「はい」
「小さい頃、犬に襲われそうになってた子」
「・・・はい?」
「凶暴化した犬に襲われそうになって、怪我はなかったけど病院に行ったでしょ?」
「・・・」
「君を病院に運んだのが僕で、君を診たのも僕」
「・・・え?」
「幸いあの場にいた誰も大した怪我はしていなかったけど、妙に記憶に残ってるよ」
「そう・・ですか」
「もしかして覚えてない?」
「記憶がない部分があって」
「ショックで忘れちゃったかな」
「・・そうかもしれません」
また少し頭痛がひどくなった気がして、保健室へ行って横になる。今日は3回も犬のことについて訊かれた。なんなんだろう、これ。考えようとするとズキズキと痛むので、目を閉じる。痛みと吐き気で目を閉じているのに天井がぐるぐる回っているような感覚。気持ちがわるい。
ドアが開いて誰かが入ってきた。
「アリス?」ジュードの声だ。返事がしたくても声をだすのも辛い。
足音が近づいてきて、カーテンの音がしたので目を薄く開けるとジュードと目が合う。
「アリス、どこか痛い?」
「頭が痛いの」必死に声を絞り出すと「わかった、もう喋らないで」と私の手を握った。
手の温もりにほっとしてまた目を瞑る。
「少しマシになってきた」
「良かった」
「授業は?」
「サボった」
「もう大丈夫だから戻って」
「まだいる」私が言葉少ないからかジュードも少ない。なぜかそのことに心が温まる。少しずつ気分の悪さも落ち着いてくる。
「今日、3人に犬のことを尋ねられたの」
「犬?」
「8才か9才の頃、狂犬に襲われなかったか?って」
「っ!」
「ジュードもいたの?」ジュードがいたから記憶にないのだろうか
「・・・いたよ」
「そうなのね。その話を聞いたら頭が痛くなってきて」
「今はもう無理しないで。顔色悪い。送るから待ってて」
もう起き上がれるだろうかと試してみたら、まだめまいがしたので頭をゆっくり枕に戻す。
またドアが開く音がしたのでジュードがなにか忘れたのかと思っていたら「アリス?」テオの声がした。
「具合悪いの?」ベッドに腰掛けて見下ろしてくるテオに「頭痛がひどかったの」と答えたら、大きな手で頭を撫でられる。そのまま無言で撫でているテオを見て「テオは私が犬に襲われそうになったときにいた?」と尋ねると「いたよ」と頷く。「私、記憶がなくて」手の温度が気持ちよくてつい目を瞑る。「ああ、ジュードもいたからか」ジュードに関する記憶が曖昧だと知っているテオはあっさり結論を出した。
「小さいお姫様を守れて良かったよ」びっくりして目を開けると、テオが優しく微笑んでいた。
「あ・・」大事な何かを掴んだその瞬間、ドアが開く音がして「お待たせ」とジュードが入ってくる。「待って、今掴んだところなの!」思わずそう言うと「何を?」とジュードがカーテンを開ける。「テオ?」ジュードの目に私がテオの手を掴んでいるところが映った。ジュードの目が釣り上がる。
「アリスは歩ける状態?」ジュードの様子を気にすることなくテオが尋ねた。
「歩けると思う」とりあえず起き上がってベッドから足を下ろして立ち上がる。そっと一歩を踏み出したところで、体が浮いた。
「テオ、大丈夫だってば」
「いいや、大丈夫じゃないね」
「俺がアリスを運ぶ」
「今おろしてまた抱えあげるのはアリスに負担がかかるよ」スタスタ歩きながら話しているけれど、呼吸は乱れていない。「ジュードが送っていくならイーストンの馬車に乗せるよ」そのほうが効率的だと判断したのか、ジュードが黙る。
私はそれどころじゃない。今掴んだ記憶に混乱していて二人に意識がいかない。どうして私の記憶の中に、同じ場面なのに・・・
テオが助けてくれる場面と
ジュードが助けてくれる場面があるの?!




