番犬の仕事
シャーロットの話を聞いて「あれ?天使なんて目指さなくていいような・・・」とは思ったものの、性格改善を意識しなくてもいいとまでは思えなかった。
翌日もなんとなくモヤモヤしたものを抱えながら教室へ入ると、ジュードが私の近くに椅子を移動させて座る。
「もうすぐアリスの誕生日だね」
「うん」
「今年も領地で家族と過ごす?」
「そのつもり」
私が将来結婚をすると、家族で誕生日をお祝いするのが難しくなるからという理由で、ノーサンブルク家では私の誕生日は領地で使用人も一緒に温かい1日を過ごすのが冬の楽しみになっている。
「誕生日プレゼントは何か欲しい物ある?」
「何にもない」
「じゃあ僕があげたいものをプレゼントする」
雪が降り積もる季節の誕生日なので、馬車での行き来が難しくなる。記憶にある誕生日は領地の暖炉のある部屋で積み重ねられたプレゼントをひとつひとつ開封する景色。つまり、ジュードがいない光景なのだろう。祝祭日と重なるので、私からもルナや執事のトマスにもプレゼントを用意して渡し、夜はみんなでパーティを楽しむ。何人かの分はプレゼントを用意できたけれど、まだまだ足りない。
「もうみんなへのプレゼントは用意した?」
「今日、帰りに街へ行こうと思ってるの」
「僕も一緒に行っていい?」
「ジュードも家族にプレゼントを買うの?」
「少し足りない分があって」
「じゃあ一緒に」ジュードの馬車に乗り街へ向かうことになる。
「アリス」
「なに?」隣に座るジュードに顔を向けると
「テオに祝福した?」
「う」
「テオにキスした?」
「※☆□※」とっさに言葉にできないでいる私を見るジュードの眼光が鋭い。正直に話すことにする。
「あのね、ジュード」
「うん?」
「あの日、テオに祝福のキスをするならまずはジュードにしなきゃと思ったの」
「・・・」
「で、その後シャーロットが可愛いからシャーロットにもキスをしたの」
「は?」
「テオに祝福することが特別じゃなければいいと思ったから」
「は?」
「で、その後すぐにテオに捕まって」
「・・・」ジュードの目がすっと細くなる
「祝福した」
「アリス」声が尖る。
「でもね・・それでわかった」
「何が?」
「ジュードに祝福したときの気持ちと、テオに祝福したときの気持ちが違うって」
「え・・」ジュードの目が翳った。
「まさか・・テオを好きに?」苦しそうに吐き出された言葉を聞いて私の心がギシギシと軋む。
「違う」
「・・じゃあ?」
「ジュードにしたときは、驚かせた楽しさと嬉しさでいっぱいだったの。でもテオにした後は罪悪感とテオに何かしてあげたいっていう気持ちになった」
「それってどういうこと?」
「まだよくわからないけど、新しい私にとってもジュードは特別なのかなあ?って思ったり」
ジュードが私の手を握りしめる
「ごめんね、まだ良くわからない」
「いい。充分だから」
そう言って私の額にこつんと額をぶつける。やっぱり胸に温かい気持ちが溢れてくる。おでこをくっつけたまま「シャーロットにキスしたってどういうこと?」と訊かれて、ぱっと離れる。
「シャーロットがどんどんしなさいって言うから」
「アリス」
「はい!」
「いや、今は我慢する」
「はい?」
「その代わり、今もう一度して」
「・・な、なにを?」
「はい」そう言って頬を差し出してくる。
「む、無理・・」改めてしてと言われると意識して顔が熱くなって恥ずかしくてできない。
「ごめん、僕も無理だった」私につられて恥ずかしくなったのか、ジュードも顔をそらしたけど耳が真っ赤になっている。二人でもじもじしながら、ぎこちない空気のまま街に着く。
トマスに湯たんぽを買い、ルナには温かそうな可愛い室内履きを買って包んでもらう。買い物を済ませ馬車に乗り込むとまた意識してしまって、帰りの会話は弾まなかった。
□ □ □
冬休みまであと1日という日、ジュードのファンの子たちに呼び出された。
「お話したいことが」と言われ、放課後のサロンに誘われる。
案内してくれた令嬢に続いて入ると、儚い雰囲気の令嬢と番犬のような令嬢二人がいた。
「ジュード様と婚約しているのに、テオ様とも親しくなさっているようですね」そう声をかけてきたのはやはり番犬で。
「はい」確かにそのとおりだ。
「そのような方がジュード様の婚約者だなんて許せないわ」
「そう・・ですね。お気持ちは理解します」
「じゃあ、婚約を解消なさったら?」
「私とジュードで婚約解消しないと決めましたし、他人に言われて解消するわけにもいきませんので難しいかと」
「なんですって」
「婚約解消は難しいと申しています。もし、ジュードからそう望まれたのであれば受け入れますが」そう答えながら、ジュードに嫌われたときのことを考えると胸に棘がささったような痛みを感じた。
「あなた方はジュードに好意を寄せていらっしゃると考えてよろしいですか?」
「私たちはクロエこそジュード様にふさわしいと考えています」
「どの方がクロエ様ですか?」尋ねる前から答えはわかっていた。
「この人よ!」そう指された令嬢はやはり儚い雰囲気の苦手なタイプだった。
クロエに目を向ける。ふわふわとカールした麦色の髪に守ってあげたくなるような華奢な体、潤んだ瞳は子犬のよう。
「ジュードの気持ちはジュードのもので、私がどうこうできるものではないので・・」
「だから婚約を解消してと言っているの!」
「・・・」
「あなたと婚約をしている限り、誠実なジュード様は他の方に目を向ける可能性がないわ」
「あの・・・クロエ様はどう考えていらっしゃるのですか?」
「さっきから私達が説明してるじゃない!」
「クロエ様から直接お聞きしたいなあと思いまして」
「わ、私は・・ジュード様が可哀想で」
「可哀相・・ですか」
「はい。私ならジュード様以外の方に目を向けたりいたしません」そういって私に向ける視線は強く、儚いイメージと程遠い。
「そう・・ですか」胸を張ってジュードが好き!と言える状態ではない自分が嫌になる。もしかして本当に私よりクロエのほうがジュードを幸せにできるのかもしれない。そう思うと、じくじくと何かが淀んで暗い方へと引っ張られる。
「お気持ちはわかりました。クロエ様がとてもまっすぐな方だというのも」
ジュードがクロエに惹かれてしまうかもと考えたとき、私の中のアリスの部分が何かをこじ開けようとする感覚に襲われた。自己主張もできない令嬢かと思っていたけれど芯の強さが伺えて
、外見のイメージで決めつけた自分の愚かさに気づく。
何か言わなきゃと口を開こうとしたとき、サロンの扉が開いてイレーヌ様が入って来た。




