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キスの叩き売り

テオが私に向かって手を差し伸べる。遠いのに。いや、もしかして私じゃないのかもしれない。私じゃないといいなあ・・


「シャーロット、テオは何をしていると思う?」

「アリスを呼んでいるんじゃない?」

「私じゃないんじゃない?」

「アリスじゃないかどうか訊いてみれば?」


とりあえずシャーロットを指さしてみた。にっこり笑って首を横に振るテオ。それならと、私の後ろに向かって指を指さしてみた。さらに笑みが深まり首を横に振る。もう策は尽きたので、私を指さしてみた。まるでテオにふわっと風が吹いたかのように髪と笑みが揺れて頷く。


やっぱり私か。


そろそろとコートへと近づくごとに、テオも私の方へと近づいてくる。

こ、怖い。何する気だろう。前と同じことはしないはず。試合後で退出している人達もいるので今は特に注目されていないけれど、それもあと少しでバレそう。


「アリス」

「なに?」

「祝福して」

「お、おめでとう!」

「それだけ?」

「それ以外に何があるというの?!」


「頬にキスして」

「この観衆の注目を浴びて?」


テオがニヤッと笑う


「へー!二人きりならいいんだ?」

「ちがっ!」


「じゃあ後でいいよ」と笑顔のまま私の頭をくしゃっと撫でる。


どうやってそんな約束から逃げようか考えていたら、誰かに肩をぐいっと後ろに引っ張られて抱きしめられた。


「ジュード?」振り返るとジュードが怖い顔をしてテオを見ている。

「後でね」にっこり笑ってひらひらと手を振りながらテオが離れて行く。


ジュードに手を引かれ、観客席の出口に向かう間、周りの視線が突き刺さってくる。人目につきにくい場所まで連れてこられたときにやっと「ジュード強くなっててかっこよかったよ」と伝えることができた。


「テオに何を約束させられたの?」

「あー・・」約束したことになるのだろうか。


「そういえば、私とジュードってキスしたことある?」

「!!」相当びっくりしたようで口元を手の甲で抑えて仰け反ってしまった。


「あー・・・ない?」ジュードの真っ赤になった顔を見ていると、きっと無い気がしてきた。


「あ、ある!!」


「え、あるの?」大好きだったわけだし、私からした可能性もあるわけで。どうしよう、ジュードが挙動不審になってる。


「えーっと・・テオには祝福として頬にキスしてと言われて」

「・・・」

「約束したわけではないんだけど、まあ頬にキスぐらいなら親子兄妹でもするかと思い始めていてる部分もあるような・・・無いかもしれない」


 途中からジュードの顔から赤みが引いて怖い顔になってきたので言葉が濁った。


「あ!ジュードも準決勝進出おめでとう!」


 そう言って近づいて頬にキスした。このぐらいならやれないことはない!勇気を振り絞って祝福してみた。テオにするぐらいなら、ジュードにこそするべきだろう。


「え、あ!」


 よし、逃げよう。ジュードが固まってる間に木陰から出てシャーロットのもとへ向かう。婚約者なわけだし、親愛のキスは絶対してるはず。唇同士のキスなんて想像もつかないけれど。

 あれ?私やってることなんかおかしいのかな。混乱してきたのでシャーロットに尋ねてみることにした。


「こういうことがあったんだけど、どう思う?」

「アリスが怖い」

「ええ!?」


「まず、未婚の令嬢からキスをするなんてありえない」

「ひっ」


「というのが前提」

「ん?」


「まあ、みんなやってるわよ」

「良かった」


「アリスはテオ兄様にもジュードにも恋心はないんでしょ?」

「いまのところは」

「テオ兄様には敬愛を込めて、ジュードには親愛を込めて頬にキスするぐらい平気よ。どんどんしなさい」

「最後の一言で全体が怪しくなってきたんだけど」

「恋をしたら、その相手以外色々無理になると思うし、今のうちじゃない?」


 そう言って笑うシャーロットの目は、テオにそっくりだった。


 頬にキスをするのが特別だと思ってるからこそ、テオからねだられ、ジュードは怒るわけで。だったら特別じゃなければいいのでは?もうすぐ14歳になる私の精一杯の抵抗・・だといいな。キスの叩き売りという言葉が頭でぐるぐる回り始める。


「シャーロットはルーカス王子の頬にキスしたことある?」

「す、す、するわけないじゃない!」

「じゃあされたことはあるの?」

「!!」

「あるんだ」


 赤くなってるシャーロットはどうしてこんなにも可愛いのだろうか。普段は顔に感情がでないタイプだけど、ルーカス王子のことになると感情が溢れ出てくる。

 もう今日はリミット外しちゃえ。シャーロットの頬にキスした。


「んなっ!」


「親愛を表してみた。どんどんしていいんでしょ?」ニヤニヤ笑ってシャーロットの反応を見ていると


「随分面白いことをしているね、アリス」甘くて少し毒を含んだような声が聞こえた。

「ひっ」

「僕の番だよ」

 

 そう言って私の手を取り、どこかへ向かって進んでいく。連れてこられたのは控室のようで、テオ専用なのか誰もいない。


「アリス」ふわりと笑うその甘さはいつもの通りなのに、何かが違う。

「はいぃ!」じわじわと壁際に追い込まれる。もしや壁ドン?


 背中が壁について後ろに下がれなくなったとき、テオが両手を壁について閉じ込められた。これはドンしてないから壁檻?なんて考えてしまう。


「はい、祝福して」

「近い」

「近いほうが何かと良いでしょ」

「ドウデショウ?」


 そこから無言で見つめてくる。腕と壁で閉じ込められ、テオの体温が伝わってくる距離。テオの香りも鼻孔に届く。あ、ダメだ。クラクラしてきた。ズリズリと背中を滑らせペタンと座り込んでしまう。なのになぜいまだに檻の中。


テオは変わらず無言で見つめてくる。うう、なんか泣きそう。


「僕を見つめたままキスして」


泣くのは嫌。目に力を入れて、すぐそこにあるテオの右頬にそっと唇で触れた。


「こっちもね」と左頬を差し出される


 左頬にそっと触れた後、テオに抱きしめられた。いつものようにからかってくれない。テオの香りに包まれて身動きとれずにいたけれど、テオの様子に不安が募る。


「テオ?」

「ん?」

「なにかあったの?」

「なにもないよ」


本当だろうか。あのときのテオの目を思い出す。あんな激情はさっきまでのテオには見当たらなかった。

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