ジュードの誕生日
ジュードの誕生日。
記憶を無くしたせいで、ジュードには寂しい思いをさせたと思うから、私はかなり張り切った。あおいとしての私がクッキー作りにハマっていたおかげでレシピを2つ覚えている。材料を準備して、張り切って作った一作目はカスカスクッキーだった。なんでこんなことになった!と2回目はバターを増やす。なんかベタベタしたクッキーが出来た。違う、そうじゃないと改良して焼いた3回目はカッチカチになった。もう次ダメだったら諦めようと焼いた4回目は会心の出来でこれなら渡せる!とウキウキで箱に詰めていたら、お兄様がやってきてほとんど食べられた。ジュードに渡す分は死守したからいいけど、私も少し食べたかったと怒ったら「すごく美味しいからジュードも喜ぶと思うよ」と言われ、嬉しくて怒るのをやめた。
どこにも出かけないと聞いているので、楽に過ごせるゆったりした淡いピンクのワンピースを選ぶ。コルセットのない世界観で良かったと思いながら、ルナに髪を半分だけ編んでもらう。
「少し楽しみにしてらっしゃいますか?」
「あ、うん」
「以前のアリス様をほどではありませんが、ソワソワしてらっしゃるのが伝わってきて微笑ましいです」
「クッキー食べてもらえるかどうかソワソワしてるんだけど・・ね」
「それも微笑ましいです」
ほんの少しの不安と喜んでもらえると嬉しいという期待で揺れながらイーストン公爵邸に着き、ジュードの部屋に案内された。
「誕生日おめでとう」
「ありがとう、アリス」
「あの・・これ・・」
「なに?」
「クッキー焼いてみたの。迷惑だったらごめんね。お兄様が味見して美味しいって言ってくれたから、不味くはないと思う。ほら、ジュードは何もいらないって言ったでしょ?でも何かプレゼントしたくて探したんだけどこれといって見つからなくて。それならクッキー焼いてみようと思ったんだけど、どうしよう話してる間にどんどん不安になってきた」
「アリス、ちょっと待って」自分の都合をベラベラと必死に説明して、ジュードが笑っていることに気が付かなかった。
「アリス可愛い」笑いながら言われたから、甘い雰囲気ではなかったのに「可愛い」という言葉が染み込んでくる。
「クッキー作れるなんて知らなかったよ。すごく嬉しい!今食べていい?」
「い、今?」
「うん!僕のために作ってくれたんだよね」そう言って1枚取り出してかじる。
「・・・」感想が怖くてまともに見ていられない。
「美味しい!」
「・・本当?」
「本当に美味しい」
「・・嘘付いてない?」
「僕の命に誓っても」
「そんな大切なものに誓わなくていい」笑いながらようやく安心する。料理を他人に振る舞うのが人生初で、ものすごく不安になってしまった。
「もったいないから大事に1日1枚ずつ食べる」
「腐るよ」
「ええっ!」
「また作るね」
「うん」作ってきて良かったと充実感いっぱいになったけど、1日は始まったばかり。
「今日は何するの?」
「まずは、チェスで対戦しよう!」
「んん?」私、チェスできたっけ?と思いながらチェス盤を見つめる。
「私達、チェスでよく遊んでた?」
「うん、結構やってるよ」
「そう・・」思い出せないなら教えてもらいながらやればいいかと手探りで始めると、だんだんと感覚が戻ってきた。1戦目は負けて、2戦目は勝ち、3戦目は負けた。4戦目、負けそうな雰囲気になったとき
「ジュード強くなったね!」
「・・え?」
「あ、あれ?」自分が発した言葉にびっくりする。
「アリス?」
「私・・ジュードにいつも勝ってた?」
「小さい頃は僕のほうが弱くて、最近は割と同じくらいの実力だよ」
「頭の中がモヤモヤする」何か思い出せそうなのに、それが掴めない。焦れったくて頭を掻きむしりたくなる。
ジュードが私の隣に移動して「無理しなくていいよ」と手を握り「そろそろお昼にしよう」と私の手を引いて立たせた。サンルームに用意したからと言われて向かう。歩いているときにここを曲がればサンルームだということがわかる。明るくて植物がいっぱいの部屋に、座り心地の良い椅子、外国の謎の置物、繊細な模様のサンシェード、どれも見覚えがあるような感覚が襲ってくる。
「アリス?」
「・・なんでもない」時々心配そうな顔で私を見てくるけれど、二人でゆっくり食事をして、少しだけ庭を散歩することにした。夏の花が綺麗に咲いている。夏の風が吹いて花や草を揺らし、私の髪を靡かせる。前を歩くジュードの背中を笑いながら追いかけている映像が浮かび、立ち止まった。
「どうしたの?」
「サンルームに見覚えがあるし、今もジュードの背中を追いかけている記憶が浮かんだの」
ジュードの瞳が揺れた。
「手を繋いでもいい?」そう訊かれて差し出された手の人差し指を握る。ジュードがひゅっと息を吸い込む音がした。
「いつもそうやって僕の人差し指を掴むんだ」無意識にやったことがジュードを大好きだったアリスに繋がる。もう一度ちゃんと手を繋ぎ直してから、ゆっくり屋敷へ戻り、またジュードの部屋に落ち着く。
「無理に記憶を戻してほしいなんて思ってないから」
「うん」
「新しいアリスも僕は大好きだよ」
「うん?」
「早く新しいアリスも僕を大好きになってほしいけどね」
「あ、ありがとう」ジュードの優しさが染み渡る。
「ひとつだけ我儘言ってもいいかな?」
「誕生日だもんね、いいよ」
「ゲームして僕が勝ったらアリスを抱きしめたい」
「っ!心の準備が」顔に熱が集まってきた。
「ダメかな?」
「チェスだと私が簡単に負けそう・・」
「じゃあアリスが勝てると思うゲームでいいよ」
「トランプとか、あっち向いてホイとか?」
「あっち向いてホイってなに?」簡単に説明するとジュードが「楽しそう!」と乗り気になった。
「まだまだ時間あるし、100回先に買った方の勝ちでどう?」
「いいよ。じゃあまずトランプ対決ね」
ポーカー、セブンブリッジ、ババ抜き、色々やって引き分け。あっち向いてホイはジュードがゲームになれるまでかなり私が有利だったけれど、慣れてからは私の全敗。私がどこを向くのかジュードには手に取るように解るらしい。10連続で負けたところで親指ゲームに変える。これもジュードが慣れるまでは勝てたけれど、慣れると全敗。私のクセを読んでいるらしく、20回は負けた。
トランプタワーをどちらが早く完成させるか、ゴミ箱に紙を丸めて作ったボールを投げてどちらが多く入れられるか、思いつく限りの対戦を試してジュードが100回勝利した。
誕生日だし。婚約者だし。負けたことを悔しがったり嫌がったりすることはジュードを傷つけてしまうかもしれない。だから、負けが決定した後すぐにジュードの隣に移動して座った。自分から抱きつくのは恥ずかしくて、ジュードに任せる。
ジュードが私の手を取り立ち上がり、ふわっと私を腕の中に閉じ込めた。身長もそんなに変わらないと思っていたのに、ジュードの腕の中にすっぽり埋まることにびっくりする。
「背が伸びたんだ」得意げに言うジュードの声が振動と一緒に伝わってきた。それがなんとなく照れくさくて「私もまだまだ伸びると思うよ」と答えて見上げると、ジュードの目元が赤くなって目を半分閉じられる。近くで見るとまつげの長さに驚いてみとれてしまう。額にキスされて、胸がどうしようもないぐらい温かくなる。
夜も二人きりで食事して、ギリギリの時間まで一緒にいて、ただただ楽しい1日だった。
自分の部屋で一人になると寂しくなってくる。そうなると呼びたくなるのが
「クッポ」