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クマの絆創膏

月曜日、ジュードにデートのことを訊かれ「乗馬してカフェ行った」そう答えるのが精一杯で、私の顔が引きつっていたことにおそらくジュードは気がついた。これ以上答えるのは誰のためにもならないので、口をつぐむ。そんな私を少し離れたところからシャーロットが憐れむような目で見ていた。とにかくデートは終わった。もうすぐ夏休みだ。気持ちを切り替えて授業をうけてシャーロットとランチに向かう。涼しい木陰のテーブルに座るとテオが来た。


「はい、あーん」目の前に差し出されたスプーン。


「それをやられたのね」シャーロットが私を可哀想な目で見てくる。周りから小さい悲鳴が聞こえた。


「テオ、無理」


「ごめんごめん、つい」そう笑ってやめてくれたテオに感謝の気持ちが湧いてきたけど、そもそもテオが原因なのになんで感謝しなきゃならないのかと掻き消す。

 翌日から1人でランチをすることにした。今は1人でいたい。空いてるサロンや、裏庭、人気の少ない場所に行き、食事は簡単に済ませて1人で過ごす。誰の気持ちも考えなくていい気楽さが好きで、もうこのまま誰にも関わらず生きていきたくなる。それでも、人に関わらずに成長はないと思い直し「少しだけ休んだらまた頑張ろう」と自分を鼓舞する。


 裏庭の木陰に座り、青い空を見上げていると、心地よい風が吹いてきてふっと体が緩む。本当は気にしているのだ『テオが私に避けられていると気にしていないかな?』とか『ジュードが心配してないかな』『シャーロットが心配してるだろうな』とか。人の気持ちを気にしてないで、自分の気持ちをもっと大切にしたほうが良い気がして1人でいるのに。重量感のある思いを風が吹き飛ばしてくれると楽なのにな。そんなことを考えた自分にふっと笑いがこみ上げる。


うん、もう大丈夫。すっと立ち上がる。夏休みはのんびりと過ごそう。そんなことを考えながら歩いていると、中庭のベンチで微笑みながら会話しているシャーロットとルーカス王子を見かけた。私が一人で過ごす間に二人の仲は縮まったようだ。なんだか嬉しくて口元が緩んでしまう。


 次の授業へ向かうために温室のそばを通ったとき、うめき声が聞こえた。なんだろう?と温室を覗いてみると、背の高い男性がいて髪を掻きむしっている。先生かな?と思い「先生、どうかしましたか?」と声をかけた。振り返った拍子に長い銀色の髪が揺れる。前髪が長すぎて目がほとんど見えていない。


「すまないが、棘を抜くのを手伝ってくれないか?」と指を差し出してきた。


「棘が刺さっちゃったんですか」


「これがなかなか取れなくてイライラしてたんだ」


「できるかわかりませんけど」ピンセットを受け取って先生の親指を見ると、黒くて小さい棘を見つけた。すでに無理矢理取ろうとしたせいで血が出ている。少し強めに親指を押さえ、ほんの少し飛び出た部分をピンセットで摘む。


「痛かったらすみません」そう断りを入れてそっと引き抜いた。


「たぶん取れたと思うんですが・・」


「ありがとう。違和感が無くなったから綺麗に取れたと思う」


「血が出てますし、絆創膏貼りましょうか?」保健室でもらってこようかと思っていたら、先生が白衣のポケットから取り出し「僕は不器用なので、貼ってもらえると助かります」と笑った。


「先生はいつも絆創膏を持ち歩いてるんですか?」


「小さい怪我が多くて、いつもポケットに入れてます」


どの方向で貼れば剥がれにくいかな?と考えながらペタンと貼って、剥がれないように端を押さえつける。目に入る先生の指があちこち傷だらけだった。では失礼しますと挨拶をして去る。背が高くて髪ボサボサでクマみたいな人だったな、なんて思いながら。


□  □  □


私が消えている間、ジュードもテオも放っておいてくれたようで、ジュードが「二人きりでごはん食べよう?」と遠慮がちに誘ってきた。明後日には夏休みに入るので、誕生日の過ごし方も相談しながら裏庭へ行く。


「ちょっと一人で過ごしたくて最近よくここに来てたんだ」

「知ってる。アリスがここにいるの確認してた」

「知ってたのに1人でいさせてくれたの?」


「アリスさ、もっと僕に感情をぶつけてくれないか?」

「感情をぶつけ・・る?」


「恥ずかしいけど僕は結構ぶつけてしまってると思うから。その分、アリスの気持ちも受け止めたい。イライラも悲しみも楽しいも嬉しいも」

「イライラはぶつけられると悲しくなると思うよ」

「1人で抱えるより僕にぶつけたほうが早く消えると思わない?」

「うーーん・・」


「ぶつけるって言い方が良くないのか・・。イライラしない方法を僕も一緒に考えるし、楽しいことは僕も一緒に笑いたい」


「ジュードに腹がたったときはどうしたらいい?」

「叩いてもいいよ」

「そんなことしない」


「どんなことでも僕に伝えてほしい」

「じゃあジュードが私にイライラしたときはどうするの?私、たぶんそのイライラを受け止められないよ」


「僕がアリスにイライラすることなんてないんだけど」

「・・嘘」


「ほんとに無いんだ」

「テオとデートすることにイライラしてたよね?」

「あれはテオに怒ってた。アリスにイライラしてたわけじゃない。あと・・嫉妬。アリスがテオの顔を近くで覗き込むから」

「ごめん」


「僕が知らないアリスが増えていくのが嫌なんだ。だからアリス、お願い」

「わかった。やってみる」そう言って小指を出してみると、少し首を傾げながらジュードも小指を出したので、指切りしようと小指を絡める。


「前にも約束したね」

「うん」


「私達、少しは強くなれてるかな?」

「僕はほんの少し強くなれた気がする」

「私はまだまだだなあ」


「アリスは強くて優しいよ」

「心の中は真っ黒なときあるし」


「僕も心でテオを罵ってたよ」

「ふふ」


また少し心が軽くなった気がした。ジュードの瞳を見つめると、心に懐かしい何かが浮かんで揺れる。それを掴もうとしたけれど消えてしまった。




少し直しました。

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