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テオのデート

 ・・・。


 私はいったい何をしているのだろう。


 今、おしゃれなカフェの個室にいる。テオは右側にぴったりくっついて座っている。

 ケーキのクリームをわざと私の唇の左側につけられた。


 色気しか感じない微笑みで指とテオの顔が迫ってきている。



 この店に入る前は街を二人で歩いてた。その前は湖畔でランチをした。その前は二人で馬に乗っていた。この店でおかしくなったんじゃない。馬の時点からおかしいのだ。最初からおかしいから、もう何がおかしいのかわからなくなっている。


 テオの指がクリームを拭った。さっきまで私の唇の横にいたクリームをなめた。

「美味しいね」そう言って微笑み、また私の口へケーキを運ぶ。



 朝早くにテオが迎えに来て、サウサンク領地で馬に乗ろうと言われていた。乗馬服を持っていないと伝えたら、簡素な服で大丈夫だと言われ「困ったときはシャーロットの乗馬服を借りればいいし、街歩き用の服だけ用意してきてくれればいいから」そう言われたので、なんとかなるかと思いできるだけ動きやすい服にした。

 領地までは馬車で1時間ほど。隣に座ったとはいえ、節度のある距離でルナも交えて楽しく話した。厩舎に行き、馬の準備をするテオを眺める。私も一応一人で乗れるけれど、久しぶりなので少し不安になっていた。


「不安そうだね」私の気持ちを読み取ったテオが「今日は一緒に乗ろうか」と言う。一緒に乗るなら着替えなくてもいいかと言われ、テオの前に横向きに乗らされた。

 目の前には緑が鮮やかな草原。ゆっくり馬を進めてくれるので、私は鞍を掴む程度で良かった。景色は美しく、初夏の朝の空気は瑞々しくて心地良い。慣れてきて不安が無くなった頃「ちょっと駆け足にしてみるね。ちゃんと僕につかまって」と言われた。「ん?」と思ったときには馬が駆け足になって、危ないのでテオにしがみついた。


「テオ、無理だよ」と言った。ちゃんと言ったのだ。


「つかまってれば大丈夫」そう言って微笑む。

 

 しばらく駆歩、早歩、常歩をリズム良く繰り返され、駈歩になるたびに抱きつくしかなくなる。パカラッパカラッ・パッカパッカ・ポックリポックリ、抱・抱・鞍である。抱きつくたびにテオが楽しそうに笑うので、かなり怒った。


「テオ!いい加減にして」


「怒った顔もいいね」


 怒ってもご褒美扱いだった。それでも駈歩はやめてくれて、のんびり湖畔で軽めのランチをした。帰りは1度だけだったけど、行きより随分長く馬を速く走らせたので、抱ーーーの全音符のリズムだったけど、もう慣れたのと諦めたのとで行きのリズムより快適なぐらいだった。

 1度テオの顔を見上げると、満足そうな顔をしていた。


 サウサンク邸で身繕いと着替えを済ませ、馬車で街へ繰り出す頃には乗馬の疲れと早起きのせいでうっかり寝てしまい、起きたらテオの膝の上だった。


 ルナは何をしてたの?と見れば、テオに何を言われたのか微笑んだだけだった。


 なぜだろう。なぜ、なぜ、と考えすぎて脳内でゲシュタルト崩壊した。なぜってなあに。


 二人で街を歩く。なんでもかんでも私に買おうとするのを必死にとめ、宝飾店に入ろうとするのは阻止できた。少し落ち着いた雑貨を扱うお店で、のんびりとオルゴールやテディベアなどを楽しく眺めて、そういえばルナの誕生日も近いことを思い出して小物入れになっている可愛いオルゴールを買った。ルナへのプレゼントなのでもちろん私が買う。


 そして今ここ、二人きりでカフェにいる。


「ここのケーキは美味しいよ」と言われ、注文を任せた。

色とりどりの小さいケーキが並んだお皿と紅茶が届く。どれも美味しそうで迷っていると、


「これ、オススメ」そう言って


「はい、あーん」



 ・・・・?


 目の前に差し出されたケーキの乗ったフォーク。


「はい?」


「アリス、口を開けて」今日最高の笑顔だ。


「無理」音がするほど首を横に振った。


「はやくしないと落ちちゃうよ」


「無理!」


 ちゃんと断ったのだ。フォークが近づいてきたけど、口は開けなかった。


「はい」そう言って笑ったテオの顔は美しく、ああ悪魔ってこういう顔して笑うのかもしれないなんて思ったとき、唇にケーキをくっつけられた。ほんの少し左側に付いたのは、私がまさかと思って顔をそむけたからだ。間に合わなかったけど。

 クリームを指で拭われ、テオが舐めたとき、これはもしかして貞操の危機なのでは?と思った。なんでそんなに色気が溢れているの?知らない、私はこんな世界を知らない。心臓がバクバクして変な汗が出てきた。


「はい、あーん」またケーキが目の前に差し出される。


 今度は思い切り口を開けた。さっきのを繰り返されるぐらいなら、口に入れられたほうがマシだ。ほら、開いてるよ!ここに放り込んで。はしたないけど、唇拭われてその指を舐めるテオを見るよりはしたなくないはずだ!そう必死に念じてテオを見つめていると、ケーキを持つフォークがぷるぷる震えだした。私の口にケーキを放り込んだ後、テオがぷるぷる震えながら下を向いている。


「っ」なんか変な音が聞こえたので、モグモグとケーキを食べながらテオを覗き込むと、

「つらい」と苦しそうにお腹かかえて笑っていた。


人に「あーん」させておいて失礼すぎないかと思ったけれど、テオが涙を流すほど笑っているのでつられて私も笑う。テオの色気が霧散したのでホッとして、笑いが収まるまで紅茶とケーキを1人楽しむ。途中「そんなに私の顔がおかしかったの?」と尋ねたら、また笑いの発作に見舞われていたので、もう何も言わないことにした。


 発作が完全に治まったようなので、悔しくてイタズラ心がムクムクと込み上げ、テオの顔の前にケーキを差し出して「はい、あーん」と言ったら、


「ん」とわざと口を閉じてケーキにぶつかってきた。唇の端にについたクリームを指差し微笑み「とって」と言った。


「ひっ」さっき霧散した色気がこの部屋に充満したけど、負けるもんかとナプキンでゴシゴシ擦ってあげた。クリームついても美しいテオが怖い。「アリスひどい」そう言いながらも嬉しそうだった。

テオとのデートは貞操の危機と同等だと結論付ける。


 家に帰るとさっきお店で見たオルゴールが届いていた。ガラスでできた中身の見えるオルゴール。欲しいと思ったけれど、テオに「買わせて」と言われるのを避けるために買わなかったオルゴール。メッセージカードには「今日の思い出に」と書いてあった。


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