リジー
声がした方を見ると、銀色の髪に優しい顔立ちの令嬢と、赤みがかった茶色い髪に凛とした雰囲気の令嬢の二人がテーブルのそばに立っていた。
「やあ、二人ともありがとう」そう言ってテオが立ち上がり、空いている椅子へ二人を座らせ紹介してくれる。銀色の髪に優しい雰囲気のイレーヌ様、赤茶色い髪のテレサ様。
「二人が学園の令嬢の裏のボスだよ」
「まあ!なんて人聞きの悪い説明なの」そう言ってクスクスと笑うイレーヌ様は私に向き直り
「アリス様。アリス様とお呼びしてもよろしいかしら?」
「はい、ぜひ」
「では私のことはイレーヌと、彼女のことはテレサと呼んでくださいね」
「はい」そう答えてテレサ様を見ると頷いてくれた。イレーヌ様には神々しいような雰囲気があり、テレサ様は纏う雰囲気が知的でクール、英華発外とはこの二人のためにある言葉かもしれない。
二人は学園内の社交倶楽部を運営していて、人気のあるテオのような人のために統制できるシステムを学園内で敷いているらしい。
「テオはもちろん、テレサもまとわりつかれて大変だったのよ、令嬢から」
なるほど!と強く納得する。テレサ様を見ていると、外見の美しさを凌駕する凛々しさがあり「お姉さま!」と呼びたくなるような雰囲気なのだ。会ったばかりなのに、本能的にこの二人が好きになっている。
「そろそろ1年生の社交にも手を入れようかと思っていたところだったのよ。シャーロット様もルーカス王子との仲のついてあれこれ言われてるでしょうしね」
「近いうちに二人とも社交倶楽部へと遊びにいらしてくださると嬉しいわ」
そうか、シャーロットも特別な存在の王子様と親しくする弊害がある上に、シャーロット自身がテオに負けないぐらいの完璧な美しさで今まで一体何人から申し込まれたんだろうというモテっぷりだ。自分のためにも王子のファンから身を守るためにも今後の学園内の対策が必要だ。
必ず伺いますと約束し、優雅に去っていく二人を見送る。
「で、アリス」
「はい」
「デートは来週末でどう?」
「・・・」ジュードのほうを見る。
「デート、断るってありかな?」ジュードの目が怖くてテオに尋ねてみた。
「ないね」にっこり笑ったテオの目が全く笑ってない。
「来週でいいです」
どちらの顔を見ることもできずに小さい声で返事するのがやっとだった。
ランチの後、機嫌が悪いままジュードは剣術のクラスへ向かい、私とウイリアムは歴史のクラスへと向かう。シャーロットは空き時間なのでサロンの前で分かれた。
「なんかアリス大変そうだね」
「ウイリアムはもう少し私を助けてくれてもいいと思う、友達として」
「えー、テオとジュードの間に入るのなんて無理だよ」
それはそうかと思うけれど、さっきの爆弾の件もあり少し仕返しをしたくなり、ウイリアムをくすぐるために手を伸ばす。ウイリアムは脇が弱いのだ。コチョコチョしているとパニックになったのか、私の手を挟んだままウイリアムが身をよじって逃げようとした。その動きに引っ張られ、前のめりに倒れそうになる。あー・・これ怪我するかも・・ウイリアムが気にしないといいけどと思いながら衝撃を覚悟した瞬間、ぐいっと後ろからお腹に回された腕で支えられ、背中があたたかいものに包まれる。
「っアリスごめん!」そう言って私の前にいるのはウイリアムで。
じゃあ私を抱きとめてくれた人は誰?後ろを振り返ると、ハンカチくんだった。
「あ、ありがとう」
「危なかったね」初めて聞いたハンカチくんの声は、ほんの少し掠れていた。
「怪我はない?」と少し心配そうに訊かれ
「無いです。あなたは?」
「大丈夫」そう言って私をじっと見つめるので
「前にハンカチ落とした人ですよね?」なぜそんなに私を見つめるんだろう
「ディラン・リーズだ」
「リーズ伯爵家の・・」ディランの髪色は、さっきまで一緒にいたテレサ様の髪色とよく似ている。
「ありがとうございました」と改めて感謝を伝え、ウイリアムに向き直り謝る。
「ごめん、ウイリアム。つい」
「僕のほうこそごめん」
お互い謝った後、笑いが込み上げてくる。
「相変わらず脇が弱いね」
「相変わらずイタズラ好きだね」
ああ、そうだった。思い出が押し寄せてくる。ウイリアムは大人しくて、気がつけば本ばかり読んでいるから、小さい頃の私は遊んで欲しくて色々試してコチョコチョにたどり着いたんだった。あおいにもそういう幼なじみがいた。いつも本に集中しているから、おやつを食べるときに声をかけても反応してくれず、くすぐり笑い合ってから一緒におやつを食べていた。
「授業に遅れちゃうよ」と言われ、ディランに小さくお辞儀をして立ち去る。
授業が終わり、帰り支度を終えて馬車へと向かう途中「ちょっとよろしいかしら」と声をかけられた。
ボス女子だ。
やった!話すチャンスだと内心興奮してドキドキする。すぐ近くの誰もいない教室へと誘われて入ると、ディランファンと思しき4人の令嬢がいた。
万が一のことを考えて、できるだけドアの近くに居場所を決める。ボス女子も私を奥へ追い込むつもりはないらしい。
「あのー・・お名前を伺っても?」
「エリザベスよ。エリザベス・アビンドン」
よし!名前覚えた。仲良くなったらリズって呼ぼうかな・・それともエリザがいいかしら・・
「あなた、なぜニヤニヤしているの・・?」
「あ!ごめんなさい」しまった念願かなって接触できたから舞い上がってたかも
「ディラン・リーズ様のお話ですか?」
「そ、そうよ!」しまった、何の話かわからないフリをしたほうが良かったかも。エリザベスが少し狼狽えている。
「はい、どうぞ」
「ど、どうぞ?!」ダメだ。エリザベスがさらに狼狽えている。これ以上変な受け答えをしないよう、黙って頷く。
「・・コホン。あなた、ディラン様のなんなの?」
「何者でもありません。本日、友達のウイリアムをくすぐったところ手を挟まれ体勢を崩して倒れそうになったところ、通りがかりのリーズ様が助けてくださいました。それと、入学直後に私の前を歩いてらしたリーズ様がハンカチを落とされたので拾って渡しました。以上です」
誤解の余地がないようしっかり説明してご満悦でニコニコしてしまう。
「・・・」
あれ?なんか気持ち悪いものを見るような目で私を見ていらっしゃるような。
「それだけ?」
「はい。それだけです」
エリザベスが仲間のご令嬢たちとひそひそ何かを相談している。
暇なのでやっぱりリズよりベシーって呼ぼうかななんて考えながら、エリザベスの後ろ姿を眺める。身長も高めでスラッとしていて、私とは違う金髪に近い茶色い髪をきれいに巻いていて、整った華やかな顔、友達になれたらどんな感じだろう
「どうしてまたニヤニヤしているの」
しまった。頬を引っ張り顔を戻して「すみません」と謝った。
「ディラン様がどうしてあなたを見つめるのかご存知?」
「全くわかりません」ラブゲージ40だし。
「そう・・。では、もうあなたに尋ねることが無くなってしまったわ」
このチャンスを逃さない。勇気を出して一歩進む。
「あの!私と友達になっていただけませんか?」
「はい?」
「リーズ様をお慕いしていらっしゃるんですよね?」
「っ!あなたに答える必要はないわ」つーんと横を向いてしまったエリザベス様の頬はほんのり赤い。
「私にできることがあれば協力いたします」
「ええっ?」
「大したことはできませんが、エリザベス様と仲良くなりたいです」女性同士だし許されるかなと思い、エリザベス様の手を掴んで両手で握りしめる。
「なっ!」しばらく固まった後何かを考えているエリザベス様を見守る
「あなた、ディラン様のことはなんとも思ってないの?」
「はい!」
「清々しい返事ね」と苦笑しつつ
「いいわ。仲良くなりましょう」
「では私のことはアリスと呼んでください。あなたのことはリズとお呼びしても?」
「いきなり愛称!?」
「リジーのほうが良いですか?」
「そういう問題じゃないんだけど」