減る
今日の残りの授業は領地管理だけなので、シャーロットと分かれて教室へと向かう。シャーロットに「お兄様が派手なことをしてごめんなさい」と謝られたけれど、テオのことはテオ本人に尋ねるほうが良い気がして「お姫様気分を味わえた」と笑っておく。
この授業はジュードと一緒ではないので、帰りに捕まえるしかない。授業が終わり、クラスへと急いで戻る。時々視線を感じるのは気のせいだろうか。
教室には何人かいたもののジュードの姿はなく、ウイリアムがいたので「ジュードが帰ったかどうか知らない?」と尋ねると「たぶんアリスを待ってるんじゃないかな?」と言われた。それならきっと馬車のところだろうと、帰り支度をしてから門を入ってすぐの円形の馬車寄せに向かう。
各家ごとに停留場所が決められているので、まずはうちの馬車へと進む。ジュードが待つならきっと私のほうで待つだろうと思った。予想通りノーサンブルク家の馬車の前にジュードがいて、私を見かけるなり急いで近寄ってきた。
「ジュード!話があるの」
「僕も。テオのことだよね?」
「そう!もう耳に入ってるのね」剣術のクラスからまだ2時間も経っていない。
「僕が送っていくよ」そう言って、イーストン公爵家の馬車まで手を軽く引っ張られつつ移動し、馬車に乗り込んだ。
「で、どういうこと?」乗り込むと同時に待ちきれない様子で訊いてくる。
「それが・・」経緯を説明し終わると、ジュードは眉根を寄せて黙り込んでしまった。
「テオがよくわからない。ジュードと婚約してるのにデートに誘うって」
「・・・」
「大勢の前で約束してしまったし断れないと思う。あと、本人に理由を尋ねてみる。それをきちんとジュードに伝えたかったの」
「すごく嫌だ」
「う、うん。でも、デートじゃないかも?」
「・・アリスが僕以外と二人きりで出かけること自体が嫌だ」
「うう」
私が馬車を降りるときも機嫌が悪いまま、エスコートだけはこなして私が家に入ると無言で踵を返して帰っていった。
その夜は明日からの学園生活に不安を感じてなかなか寝付けず、テオの大丈夫という言葉と艶やかな笑みを思い出し、ラブゲージは見せかけの好意でも数値が上がるのかをクッポに尋ねてみようと思い付き「クッポ!」と呼んでみた。
「はーい」ふわっと目の前に現れる。
「ラブゲージってさ、偽の好意でも数値はあがるの?」
「んー?」首を思い切りひねっているクッポに今日の出来事を説明し、テオのゲージをもう一度見てほしいと頼む。
「テオは79!」
「さ、下がってる!」
「そうだねー」
「下がるものなの!?」
「そりゃそうだよ、嫌なことをされたりしたら嫌いになっちゃうこともあるでしょ?」
「今日の私の何が原因で?しかもたった1」デートを了承したんだし上がりそうなものなのに。1下がったことにほんのり傷つくけど、それは自分勝手だなと思う。
「あと、偽の好意で数値があがることはないよ!」
「そっかあ」
・・・。
「ちなみにジュードの数値は?」
「100」
「・・はい。あ、クッポはお腹空いてない?」
「お腹すいた!」
クッポのために、日持ちしそうな焼き菓子を缶にしまっていたのを取り出し、キッチンに行って飲み物を用意して戻ると、嬉しそうにモキュモキュ食べる様子に癒される。お腹いっぱいになって満足そうなクッポにバイバイして、ベッドに入ると浅い眠りについた。
翌朝、どうなろうと今日を乗り切ってみせると覚悟を決めて登校する。馬車を降りるとテオがいて、輝く笑顔で「おはよう、アリス」と挨拶され、目が潰れるかと思った。朝から金色の髪と整った顔がおひさまでキラキラ輝き発光している。
「なんでテオがいるの?」とお兄様が首を傾げている。
「アリスをデートに誘ったから」
「!!」びっくりして固まるお兄様をそのままにして
「教室まで一緒にいくよ」と腕を出された。取って大丈夫なんだろうか、この腕。怪訝な顔をしていたであろう私にふわっと笑って「大丈夫」と言うので、手を乗せる。
「手は尽くしたから何も起きないと思うけど、もし何かあったら教えて。あと4年のイレーヌ嬢と、テレサ嬢は協力してくれることになったから後で紹介するね」
「協力?」
「アリスに敵意が向かないように協力してもらってる。あと応援」
「お、応援?!」なんの応援だ。その疑問に答えて貰うには周りに人がいて無理だった。
一緒に歩いていると、周りの視線を感じる。視線を感じてそちらを見ると、パッと目をそらされる。気になるけど、悪意のある視線ではないように思う。私が教室に入るとき、耳元に口を寄せて「ランチの時間迎えに来るから、デートの日を決めようね」と囁いて、それを見た女子が「ひっ」と息を呑んだ。自分の席に座りそっとため息をつく。座ってすぐに頭の上から「アリス」と不機嫌そうなジュードの声。見上げる気力もなく机に突っ伏す。「声が怖いよ」思わず呟くと
「ごめん。テオと一緒にいるのを見てつい」
あー・・見てたのか・・そう思ったところで反応する気力はない。
「アリス?」少し和らいだ声に突っ伏したまま「なに?」とこたえる。
「テオはなんか言ってた?」
「ランチのときにデートの日を決めようって」
「僕も一緒にいていい?」
「わからない・・」そう言って考えるのを放棄した。
□ □
ランチの時間にテオが教室まで迎えにきた。結局、シャーロットとウイリアムとジュードも一緒に行くことになる。私を中庭のテーブルに座らせ「待ってて」と言い、しばらくすると私の分のランチを持ってきてくれた。
「あ、ありがとう」
「どういたしまして」にっこり笑って、自分とシャーロットの分を取りに行く。
「ほんと完璧」気遣いも優しさも顔も声も。だからこそ、なんで私に今アプローチしてるのかと不思議でしょうがない。ウイリアムとジュードが席に戻ってきた。
「テオがアリスを口説いてるんでしょ?」平和な顔してウイリアムが爆弾投げてきた。
「口説かれてるわけじゃ・・」
「口説いてるんだよ」そう言って私の隣の席にテオが座る。
「どうして?」
「前からアリスのことをかわいいと思ってたよ。記憶喪失以降、アリスの中になにかこう・・クールな部分を発見したんだよね。そこにすごく惹かれるしもっと知りたい。顔つきも大人びてきて、今でもとびきり可愛くて綺麗なのに、さらに綺麗になるよ。今まではアリスがジュードしか見てなかったから動けなかったけど、婚約解消してないとはいえ今のアリスはジュードを忘れていてつけこむチャンスだろう?あと2年で僕は卒業だし1日だって無駄にできないから」そう言ったあと、前に座るジュードを見て「僕は僕の気持ちに正直に動く」と言った。
「あ、そうか。アリスは今ジュード以外も見えてるのか」ウイリアムが今度は手榴弾を投げてきた。
冷静にテオは自分の気持ちを説明してくれたけれど、まだ信じられない。そんなに私のことを好きなように見えないけどなあ?
ジュードとは婚約破棄してないけれど、お互いを知るために会話も増えて、1番信頼できる人になりつつある。そもそもまだまだ私が未熟なのに、何もかも完璧なテオがなぜ私を?テオってこんな人だったっけ。次から次へと消化しきれない疑問や考えに没頭していると
「というわけで、アリス?」テオの手が私の肩に回され、びっくりしてテオを見つめる
「僕はアリスのことが好きだよ」そう言ってニコッとわらって私の手に口づけた。
いつもなら、フェロモンに負けないように適当にいなすのだけれど、テオの真実を見極めたくてテオの瞳を覗き込む。私の中のあおいの部分はテオの顔がとても好きなのだ。少し年上のお兄さんへの憧れも強い。だけど、私の中のアリスの部分はジュードを好ましく思っている気がする。どちらも淡い淡い気持ち。あおいとアリスが固形のまま混ざってて、溶け合ってない感覚がある。
テオを好ましく思っているあおいの部分が強く出ると、テオに惹かれていくのだろうか?そんなことを考えていたら、随分長い間テオを見つめていたらしい。
「アリス、照れる」そう言って手の甲で口元を隠してしまったテオの目元は珍しく赤くなっている。
照れるなんてテオらしくないからついイタズラ心が起きてしまい、テオの顔をさらに覗き込んだ。
「アリス」
婚約者ジュードの前で。
しまった、ジュードのこと忘れていた。
ギギギと急に錆びてしまった首をジュードのほうへ捻ると、氷のような冷たい目と出会う。
冷たい目の中に、寂しさが灯っている気がして、また私がピュアなアリスじゃないことに罪悪感が湧いてくる。
私、一体なんのためにこの世界にいるんだろう。
深くて暗い思考に囚われそうになったとき
「テオ、紹介して」落ち着いた優しい声が聞こえた。
11月11日なので11時に予約投稿してみました。
読んでもらえて嬉しいです。ありがとうございます。