【光の降る廃墟5(神咲直夜)】
呼び出された校長室には、見覚えのある男も同席していた。
まさか、あの未来先生の幼馴染である廃道が、よりによって警察官を続けているなんて。
あんな卑怯なことをしておいて、よくもそんな真っ当な仕事をやり続けられるものだな。開いた口がふさがらないというのは、こういうことを言うのかもしれない。
校長はノートパソコンを操作して、ネット記事が表示されている画面を見せてきた。
「これは事実なのですか」
「事実もありますが、事実ではないものがほとんどです」
「具体的にお願いできますか。父兄にも説明しないといけませんので」
校長は眉をひそめる。どうやらお気に召さなかったようだ。バカバカしいが雇われている身だ。茶番に付き合うしかないということだろう。
「ブログを書いていたのは事実ですが、殺人はしていません。もし、ぼくが犯人なら、あんな汚い殺し方はしませんよ」
あまりに馬鹿げている。あんな行為は、廃墟に対する冒涜だ。廃墟に愛のない者がすることだ。誰だって少し考えればわかることなのに。
「スーツケースとバケツの水を使うぐらいなら、廃墟で殺す意味がない。ぼくならもっと廃墟ならではの、美しい殺し方をするでしょうね」
なのにこの人たちには、それが理解できない。その事実こそ、ぼくには理解できない。
校長の隣に座っている廃道は、ぼくの答えが気に入らなかったのだろう。貧乏ゆすりをしてイラつきを隠そうともしていない。
普段は誠実で穏やかな人格を装っている彼が、冷静さを失うのは、きっと、ぼくに関することだけだ。
そんなに、ぼくが憎いのだろうか。この男は未だに、ぼくを許していないのだろう。
「ネットで流れている学生時代の噂も、当時、ぼくに恋人を横取りされた人たちが、逆恨みで流した出まかせがほとんどです。それを誰かが掘り起こしてネットにばらまいた。ただそれだけのことです」
「出まかせ……ですか」
校長は廃道と目配せをしている。何かろくでもない嘘でも吹き込まれたのだろうか。この男ならやりかねない。
「ずいぶん昔に流された噂でも、ぼくは責任を取らないといけないのでしょうか」
「いえ、そういうわけではありませんが」
校長は語尾を濁す。
「噂を流した張本人は裁かれないのに、噂を流された被害者が、社会的に殺されても誰も助けてくれないなんて、実に不思議な世界ですね。警察は何をしているんでしょうかね」
我ながら性格の悪い嫌味だなと思ったら、少し笑えてきた。怒りも臨界点を突破すると、笑いに転ずるらしい。
「何がおかしいのですか」
校長は不満そうに睨んでいる。確かに不謹慎なのは、ぼくのほうだ。だがもっと不愉快な男がそこにいる。
「噂の内容は、そこにいる彼のほうがよくご存知ですよ。お久しぶりですね、廃道さん」
「知り合い……なのですか」
校長の問いに、廃道は答えない。あんな卑怯なことをしておいて、警察官をしているというのだから、これが喜劇でなかったら、なんだというのだろう。
「ぼくが高校生だった頃、ぼくの通っている学校に、苦情電話が殺到したり、学校付近にビラが撒かれましてね。いろいろと流された噂でも、確か『ゴキブリの粛清』という言葉が使われていました。どこのどなたの仕業か存じませんが、ただの偶然でしょうか」
この手の卑怯者のやることが皆同じで、昔から変わっていないのは、ろくでなしの人間は、成長しないからこそ、同じ過ちを犯すということなのだろう。
「どうせデタラメな噂を流すなら、ぼくみたいな高校教師よりも、あなたのような現役警察官が犯人だという噂を流せば、もっと炎上しそうですけどね。やってみたらどうですか」
廃道がくってかかろうとするのを、同僚の警察官が止める。もう少し遅ければ、きっと、ぼくは殴られて失神していただろう。廃道は体も大きく、柔道、剣道、空手とありとあらゆる武術の有段者だったはず。力では叶わない。
なのに彼は当時、その力を使わなかった。そんなに、ぼくのことが嫌いなら、正面から殴ればいいのに。卑怯者はこそこそ隠れて、見えないところから攻撃する。
そんなやつこそ、人間のクズだ。なのに、この世界の人たちは、いつまでたっても簡単に騙される。肩書きに、見た目に、嘘の言葉に。
誰も真実なんて必要としていない。少しの間だけ、お祭り騒ぎができればそれでいい。つまらない日常を、ちょっとだけ愉快にしてくれる、他人の不幸を味わいたいだけだ。
この世に存在する人間はみんな、頭がおかしいのかもしれない。
困ったような表情を浮かべる校長が、廃道を一瞥してから、ぼくに向き合った。
「マスコミにはノーコメントで通してください。騒ぎがおさまるまで、しばらく学校もお休みしていただけますか。処分の内容が決まりましたら、追って連絡しますから」
「……わかりました」
ぼくは失礼なのを承知で、会釈もせずに校長室から出て行った。
もう二度と来ることもないであろう場所と、会いたくもない相手に、敬意を払う必要など、どこにもない。