【光の降る廃墟3(朝永将太)】
ドラマがいいところで終わって、ニュース画面に切り替わった。
やたらと綺麗なアナウンサーが、神妙な顔をしながら、原稿を読み上げていく。
「新たな『おまえが言うな』事件の犯行映像が、動画サイトにアップされました」
画面に映っているのは、どこかの廃墟で撮影された映像だった。
「今回投稿された『おまえが言うな』というタイトルの犯行映像は、今年に入って、これで三本目となります」
アナウンサーに続いて、犯罪の専門家でもなさそうなコメンテイターたちが、わけ知り顔で合いの手を入れている。
「今回はスーツケースとバケツによる溺死ということですが、これまでにわかっているだけでも、斧による切断、ボウガンによる射撃など、毎回手口が違いますね」
「凶器や手口を絞らせないようにして、捜査を撹乱させる目的があるとは思いますが、ただ楽しんで、いろんな方法を試しているだけかもしれません」
スタジオにいる誰もが、いかにも不愉快だという表情をしている。たぶん、視聴者に誰が一番、常識人であるように見えるか選手権でもやっているのだろう。
「一連の事件は、リア充狩りとも言われていますが」
「被害者の共通点は、きらびやかな生活をブログなどで、執拗に投稿して、ネットでリア充を、やたらとアピールをしている人たちであるということです」
「最近の犠牲者ですと、著名な建築家や、骨董品の鑑定士、現代アートの人気アーティストという経歴ですね」
「メディアへの露出も多く、実際に成功されている方がほとんどです。なのに裏では、やってはいけないことをしているという条件が重なると、かなり危険です」
「やってはいけないことと言いますと?」
「主に不倫ですかね。特に、今回は不倫相手が警察官だったということもあり、さらに炎上していましたし。やたらと聖人めいた綺麗事を、ネットやメディアで繰り返しているようなタイプは、要注意だと思います」
コメンテイターの中でも、一番派手にメディアに露出している文化人が、やたらと早口で力説しているところを見ると、心当たりでもあるのだろうかと、勘ぐりたくなる。
「表の顔と、裏の顔が違いすぎると、狙われるということでしょうか」
「あくまでも、その傾向があるということです。ですが、過去には模倣犯も含めて、それほど著名ではない方も、被害者になっているケースがあります。少なくとも、ネットで『おまえが言うな』と思われそうな、ブログなどの書き込みをしている、すべての人が対象となる可能性はありますね」
「犯人が捕まるまでは、なるべく不用意な書き込みは、控えたほうがいいということですね。みなさんもご注意ください。また、被害者のご家族が自殺をなさるケースも続いております。悩みを抱えていらっしゃる方は、どうか一人で抱え込まないでください。誰かに話を聞いてもらいたい時は、こちらの窓口までご相談ください」
最後にアナウンサーがお辞儀をすると、天気予報に切り替わった。さすがにニュースでは、犯行映像の詳しい内容までは映さないようだ。
うちの学校で話題になっていたのは、昼休み頃だった。
クラスメイトの誰かがアドレスを見つけて、一瞬でみんなにその情報が伝わってきた。すぐに最初の映像は消されたらしいが、違うアドレスにコピーされた映像が投下されていく。
消そうと思えば思うほど増えていく。それがネットの法則だ。
ネットのニュースサイトなどでも取り上げられたこともあって、夜のニュースが流れる前には、すでにほとんどの人に、その内容は知れ渡っていたかもしれない。
俺も一応、学校にいる時に、中身をちらっと確認したが、なかなかに酷い映像だった。食事中に思い出すような内容じゃない。少し思い浮かべただけでも、ヘドが出る。
映像の中に映っていた廃墟には、大きな割れた窓ガラスがあった。
風で緑が揺れていて、やけに神秘的な場所だった。下着姿の女性が、中央に横たわっていた。手足に手錠をかけられていて動かない。足元には赤いスーツケースとバケツが置かれている。
目を覚ました女性が、怯えたような目で、画面の外側の何かを見ていた。足音が近づいてくる。誰かほかにもいるようだ。
画面に入ってきたのは、犯人らしき人物だ。山羊の頭と骸骨タイツで変装をしていた。女性は泣きながら、必死にわめいている。
「ごめんなさい。ごめんなさい。許して。もうしません。だから殺さないで」
犯人がフリップをカメラに向かって、順番に見せていく。
『ブログで愛情を語るカリスマ主婦は、現代アートの人気アーティストとしても活躍中』
夫や小さい子供と、笑っている女の写真が、フリップに貼られている。
『裏では市民を護るべき警察官と、浮気をする売女です』
浮気相手とベッドで抱き合う画像が、何枚も表示される。
『この女は『おまえが言うな』の罪に該当します。粛清すべきゴキブリです』
スーツケースを開けた犯人は、ビニール袋をかぶせた女性を、中に入れた。バケツの水を流し入れてから、犯人は蓋を閉めた。
女性が叫んでいるが、何を言っているのかは、もう聞こえない。
頭が下になるようにスーツケースを立てた。中で女性が暴れているのか、ガタガタと揺れているスーツケースを、犯人が支えている。しばらくして動かなくなったら、カメラに向かってOKサインを出す。
『ゴキブリの粛清が終わりました』
撮影しているカメラに近づいてきた犯人が、最後のフリップを出してから、手を振っている。
『皆さんも『おまえが言うな』と思うゴキブリを見つけたら粛清しましょう。より良き世界になるようご協力ください』
カメラの電源を切ろうとする、犯人の手が映ったところで、その映像は終わっていた。
俺が見たのは間違いなく、人間のクズが作った映像だった。
「なんだか物騒だな」
俺の言葉に、アリスが反応しない。じっとテレビを見たまま、何かを考えているみたいに固まっている。
「おい、アリス、大丈夫か」
「……え、うん。ごちそうさま」
アリスは曖昧な笑顔を浮かべる。まだ少しご飯が残っていたのに、食器を持って炊事場に向かう。洗い物をすますと、自分の部屋がある二階へ上がってしまった。
やはり廃墟好きのアリスにとって、犯罪現場として廃墟が使われたのは、ショックだったということなのだろうか。
だがふいに、あの廃墟の風景を、どこかで見た記憶が蘇った。そうだ。アリスがお気に入りの写真として見せてくれた、なんとか観光ホテルとかいうやつに似ている気がする。あの特徴的な大きな窓と、そこから見える緑の色合いは、見覚えがあった。
一番のお気に入りの場所が、よくわからない犯人のせいで汚されたら、やはり気分が悪いのだろう。
今はそっとしておいたほうがいいのかもしれない。最後に残ったピーマン肉詰めを、おじさんの目の前にある皿から、かすめ取って、俺はポツリと言う。
「でも、いくら人に言えないことをしていたとしても、殺すことはないよな。きっとこの殺された人にも、家族がいたんだろうに」
一般論のつもりで口にした言葉だったが、おじさんは険しい顔をしている。
「殺されたくなければ、悪いことをしなければいいだけだよ」
いつものおじさんとは違う、とても低く押し殺した声だった。
警察官にとって、犯罪者も、それを誘発する被害者も、迷惑な存在でしかないのだろう。職業柄、多少は仕方がないのかもしれないが、少し冷たい印象を受けたのは事実だ。
その場に居づらくなって、俺は席を立った。
「ごちそうさまっした」
食器を洗って、帰ろうとした時、三本目のビールを取りに来た、おじさんとすれ違う。
「明日は、かーちゃんの飯を食えよ」
「へーい」
「いつも通りが、これからも、ずっと続く保証はないんだから。ちゃんと、うめーって言っとくんだぞ」
犯人の主張が本当ならば、あの事件で殺された母親には、子供がいたはずだ。その子供は、もう二度と母親の料理は食べられない。
俺だって、本当の母さんの飯は、もう食べられない。
「……うぃっす。ちょっとトイレ借りてから帰るっす。ほいじゃ、おやすみなさい」
まさか俺のかーちゃんが、こんな事件で殺されるなんてことはないだろうけど、誰だって事故や天災で、突然命を落とすことはある。
感謝できるうちにしておけというのは、人生の先輩が言うのだから、教えを守ったほうが、間違いないということなのだろう。
でも、人からやれって言われたことは、だいたいにおいて、後回しにしがちだ。俺も例外なく、そういうタイプだと思う。
夏休みの宿題を、ラスト一週間で、死にそうになりながらやるような人間は、人の助言なんて、ろくに守れない。すでに人生の半分以上で、証明してるんだから、間違いない。