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【光の降る廃墟2(朝永将太)】

 幼馴染って、最強で最弱だよなと、最近よく思うようになった。

 灯台下暗しってやつだっけ。一番近くにいるはずなのに、だからこそ遠いんだ。


 どうしたら、俺はアリスとの距離を縮められるのか。

 バカな俺には、さっぱりわからない。




 近頃、アリスの帰りがやけに遅いと思ったら、いつも放課後は、美術室に行っているらしい。今年、産休でやってきた神咲という美術教師に、いろいろ写真について、教わっているようだ。


 教師が女子高生相手に、薄暗い美術室という密室で、一体何を教えているのか。

 本当に写真のことだけなのか。そんなわけないよな。


 だってアリスは、俺調べでは、学校で一番可愛い女だし、相手は若いイケメン教師だぞ。何もないわけないだろ。


 自分で言っていて、だんだん虚しくなってきた。わかっている。そんなことは嫌というほど、わかっているんだ。


 二人が学校で一緒にいるところを見るたびに、お似合いだなって思えてしまう。

 線が細い芸術肌の優男と、小動物みたいな守ってあげたい系の女子高生。法律上はヤバイ関係なのに、やけにしっくりくる。絵になる二人というやつだろうか。


 たぶん俺とじゃ、あんな風にはならない。


 俺は小さい頃からバカだが、体はでかくて運動ができる。うちの学校に入れたのも、スポーツ推薦のおかげだ。


 見た目もまぁワイルド系だけど、そこそこ良いところはいってると思う。だから、俺のバカっぽい中身をよく知らない先輩や後輩限定だが、多少は女子に人気もある。


 でも残念ながら、ちっちゃくて可愛いアリスとは、あまりにも不釣り合いだ。普通に話しかけているだけでも、まるで猛獣が小動物をいじめてるみたいになってしまう。


 俺だって、お似合いの二人になりたかったよ。でもそんなもの、無理なのは俺が一番わかってる。生まれつきの見た目や、体の大きさなんて変えようがないんだから。


 あの神咲って先生のことは、最初に見たときから、やけに俺のコンプレックスを刺激する男だなと感じていた。


 俺にないものを持っている。神秘的でクールで、何を考えているかよくわからないのに、やけに人を惹きつけるオーラに溢れている。


 俺みたいなガサツで、バカっぽい男とは対照的だ。ドラマの俳優でもやってるのかと思うぐらいに整った顔立ちで、耳元で囁くみたいな甘い声に、クラスの女子がうっとりしているのは知っていた。


 でもさ、よりによって、昔から写真や廃墟にしか食いつかなかったあのアリスが、まさかあいつに興味を持つなんて。盲点だった。


 あのイケメン教師も、廃墟写真を撮るのが趣味だったなんて、そんなのありかよ。卑怯だろ。聞いてないよ。


 俺の方が、よっぽど付き合いは長いのに。横から突然かっさらっていくなんて、納得がいかない。


 悲しいことに、俺には写真を撮る才能も、廃墟にうっとりするほどの興味もない。俺が好きなのは野球と美味い飯だけだ。生まれながらのギフトが、全然違うのだからしょうがない。


 だったら、隣の家に生まれた女の子が、たまたま俺好みの同級生で、幼馴染になれるなんて奇跡を、神様が用意してくれないほうがマシだった。こんなのただの、蛇の生殺しじゃないか。


 でも俺は諦めの悪い男なんだ。いつかアリスを手に入れてやる。


 できることなら、夏まつりの花火大会までには、付き合いたい。やっぱ二人で浴衣を着て、屋台を一緒に回って……みたいな、そういうデートをしてみたいじゃんか。


 だから、絶対に、あいつには負けねぇ。




将太しょうた、お前はなんで、まーた、うちで飯を食ってんだよ」


 アリスの父親は、二本目のノンアルコールのビールを開けた。まだ仕事が片付いていないのだろう。完全な休みにならない限りは、本物のビールには手をつけない主義らしい。


「うちのかーちゃんより、アリスの飯のほうがうまいからに、決まってんじゃん」


 学校でやたらと「廃道家直伝カレーと、ピーマン肉詰めが食いたい」とアピールしたおかげか、今夜は無事にお望みのメニューにありつくことができた。


 アリスの料理はマジで美味い。

 近所の激安スーパーで買える程度の、どこにでもある食材を使っているはずなのに。店でも開けそうなぐらいに、どの料理もヤバイぐらいに美味い。


 なのに、よっぽど高い食材を使ってるはずの、うちの新しいかーちゃんの料理はどうして、あんな残念な感じに仕上がるのか。まったくもって意味がわからない。


 何回聞いても覚えられないような、外国の料理ばっかり出されても、困るんだよな。俺は、普通の飯が食いたいのに。


 ピアノが上手で、小学校で音楽の先生をしているぐらいなのに、その器用な指は、食事を作るために、なぜ使われないのか。きっとうちのかーちゃんは、お嬢様育ちだから、実家で料理とか、ちゃんとやったことがなかったのかもしれない。


 うちの父さんは議員をやってて、背もすらっと高くて、甘いマスクでモテただろうに。なんであんなピアノと自分を着飾ることしか興味がない女を、二人目の嫁にしたんだろうって、不思議で仕方がない。


 しかも、俺を産んだ母さんが、事故で死んで、すぐに再婚だからな。ちょっと神経を疑いたくなる。


 仕事の付き合いか何か知らないけど、お見合い結婚だったらしいから、しょうがないのかもしれないけど。


 きっと二人とも仮面夫婦ってやつなんだと思う。お互いに呼びかけるのすら、「高広たかひろさん」「麗奈れいなさん」とかじゃなく、「おい」「お前」「あの」「すみません」みたいに、他人行儀で、まるで会社の上司と部下みたいだし、家でイチャついてるところなんて見たことがない。


 たぶんあの人、俺のことも、本当はあんまり好きじゃないと思う。俺が話かける度に、ビクビクしてる感じだし。


 そのくせ、なんかネチっこく、風呂上がりの俺のこと見てたりするし、夜中に俺の部屋に勝手に入ってきて、しばらくベッドのそばに立ってる気配がして、こえーよってなったこともあるし。なんか距離感がよくわからねぇ女なんだよな。


 だからあの人のことは、母さんとは呼びたくない。だからかーちゃんだ。あんまりセレブな感じに聞こえないから、嫌がってるのは知ってるけど、俺にとっての本当の母さんは、一人だけだからしょうがない。


 俺だったら絶対に、仕事の都合で決めた相手なんかじゃなく、ちゃんと恋愛をしてから、普通の飯が上手に作れる女を嫁にする。もちろん、アリスが嫁になってくれたら、これ以上嬉しいことはないんだけど。


「かーちゃんのは食ってて、うめーって感動したことが、一度もない。マジで」

「それ、絶対、本人の前で言うなよ。飯のことで女を怒らせると、ガチでやばいからな。死んでも知らんぞ」


 廃道のおじさんは、ものすごく嫌そうな顔をした。昔に痛い目でも見たのだろうか。


 警察官をしているおじさんは、事件が立て込んでくると、昔からよく家を空けることがあった。


 おばさんはここ最近は、具合が悪いらしくて、しばらく仕事を休んで、遠くで療養をしてるみたいだけど、元々は高校教師をしていた。試験や行事が重なる時期なんかは、どうしても帰りが遅くなることもあったようだ。


 そのせいもあって、アリスが小さかった頃は、専業主婦をしていたうちの母さんの勧めで、一緒にご飯を食べることも多かった。お隣さんなんだから、助け合いましょうってことだったらしい。


 おかげで、俺たちは幼馴染というより、ほとんど兄弟みたいなものだった。実際に母さんとおばさんは姉妹だったから、元々親戚同士なんだけどさ。


 でも、俺が小学生の頃、俺がリトルリーグの合宿に、父さんは地方に行ってたから助かったけど、うちの母さんとじいちゃんとばあちゃんの三人は、ストーブが不完全燃焼をして、一酸化炭素中毒の事故で亡くなった。それからは、立場は逆になった。


 むしろ俺が、こっちの家にお邪魔する機会が増えた。アリスが料理を覚えてからは、さらに通う回数が激増した。


 もちろん美味い飯にありつきたいのは事実だが、あくまで口実にすぎない。本当は少しでも長く、アリスと一緒にいたいからだ。


 まだ付き合ってもいないし、結婚したわけでもないのに、好きな女が作った飯を食えるなんて幼馴染の特権だ。利用しない手はない。


 できることなら兄弟みたいな幼馴染じゃなく、アリスの彼氏になりたかった。


 でもなり方がわからない。

 どうしたらいいのか、さっぱりわからない。


 どうやって世の中の幼馴染たちは、その微妙な関係から抜け出して、彼氏彼女になったのか。もし攻略本が売ってるなら、専門店を教えて欲しいぐらいだ。


 テレビの中では、甘ったるい恋愛ドラマが流れている。

 アリスの好きなドラマだった。箸が止まっている。夢中で見ているようだ。


 おじさんはテレビに向かって、ことあるごとに設定がおかしいとツッコミを入れている。細かいことが気になるタイプなのだろう。俺はアクション映画やアニメのほうが好きだ。この手の恋愛ドラマは苦手だった。


 画面の中で最初は、あんなに反発し合っていた二人が、いつの間にか、いい雰囲気のカップルになっている。


 そんな簡単に恋人ができるなら、どうして俺は、アリスの彼氏になれないのか。もっとずっと長く一緒にいるのに。納得がいかねぇ。


 みんなどこで恋愛の仕方を習うんだろう。俺にはチンプンカンプンだが、どこか山にでもこもって、修行みたいなやつを、しなきゃいけないんだろうか。


 恋愛ドラマを千本ぐらい見たら、レベルアップするとか、隠しパラメーターがあったりするのかもしれない。


 いつ好きだと伝えて、いつ手をつないで、いつキスをして、いつ抱きしめて。

 俺が知らないだけで、みんな知ってるんだろうか。


 うちの両親やアリスの両親だけじゃなく、そこらへんを歩いてる、じいさんやばあさんですら、恋愛やら見合いやら、きちんと手順をこなして結婚して、子供を作ってるんだなと考えると、改めて人生の先輩ってやつは、すげーなと思ってしまう。


 このままでは、どうも俺の人生には、ドラマみたいなイベントは発生しそうにない。


 しかも物語の中では、だいたいにおいて、幼馴染は負け戦らしいし。誰だそんな、お約束を根付かせたやつ。表に出てこい。千本ノックを食らわせてやる。


 でも、やっぱり俺も、アリスには男として見てもらえないまま、ただの幼馴染で終わるんだろうか。

 世知辛すぎんだろそれ。泣いてもいいかな、俺。




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