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【光の降る廃墟20(クソガキ)】

 見たことも行ったこともない、大きな街のことを思い浮かべながら、さっきからずっと、同じ話を繰り返している、先生のコップにお酒を注いだ。


「だから、オレ様は試しに来た。そしたらいたんだよ。本当に神様が。おかげで、オレ様は若くして、作家先生になれたわけだ」


 先生はコップからあふれそうになった日本酒を、いやらしく舐めながら笑う。


「儀式さえすれば、なんでも欲しいものは手に入る。金も女も名誉も、なんでもだ。もうちょっとでかくなったら、クソガキにも、いつか儀式のことを教えてやる」


 先生が言っていることは、おれには意味がよくわからなかった。


 物語の神様と契約したところで、先生はずっと小説なんて書いていないみたいなのに。何の役に立っているのか、さっぱりわからない。


「何見てんだ、クソガキ! オレ様は、書けないんじゃねぇ。書かないだけだ」


 いきなり殴り飛ばされた。

 痛かったけれど、我慢をする。前に泣いたら、余計に殴られたからだ。


「お前みたいな、小汚いガキがいるせいで、神様がご機嫌斜めだ。だから、しょうがねーんだ。オレ様は、悪くない。ほら、言ってみろ」

「先生は、悪くない……です」


 おれが知っている限りでは、ここ何年も、仕事の話をするために、この屋敷に来る人なんて、誰もいなかった。


 やってくるのはみんな、先生のファンだという若い女ばかりだ。ファンレターをやりとりして、写真を見て気に入った女性だけを、屋敷に招待しているらしい。


 しばらく屋敷に泊まって、夜な夜な儀式をして、いつの間にかいなくなっている。儀式がうまくいかなかった人は、すぐに次の日にはいなくなる。


 今、屋敷に来ている若い女の人は、三日は泊まっている。そういう時は、最低でも一週間ぐらいは泊まっていくことが多い。おれにとっては都合が良かった。


 相手が勝手に閉じこもってくれるのだから、実験をするのは簡単だった。開けるなと言われているのなら、開けなければいいだけだ。


 誰も開けられないように、外につっかえ棒をして、しっかりと、戸締りをしておけばいい。そうすれば、先生が本当に不老不死なら、三日ぐらいしてから復活したどこかの救世主みたいに、きっと地下室でも生きているはず。


「おい、クソガキ! 開けろっ!」


 いくら叫び声が聞こえても、無視をした。こんな山奥にある屋敷なんて、普段は誰も来ない。おれがやっている実験なんて、誰も知りもしない。おれさえ黙っていれば、まったく問題ない。


 おれはずっと、ワクワクしながら、扉を開ける日を待っていた。




 待ちに待った、その日が来た。重い扉を開けると、先生は普通に死んでいた。


 がっかりした。ただの人間だった。

 誰だ。吸血鬼作家なんて言ったやつは。嘘つきめ。


 そういえば、先生に儀式のことを聞くのを忘れていた。秘密を聞いてから殺せばよかった。後悔先に立たずというのは、こういうことを言うんだなと理解した。


 何事も経験は大事だ。先生もよく、そう言っていた。

 きっと今頃、先生も、死ぬということを経験できて、喜んでいるにちがいない。




 お手伝いさんも、先生もいなくなった。

 おれは一人になった。


 しばらくの間、なんとか一人で生きていた。


 買い出しに行くお金は、すぐになくなったけれど、屋敷の周りには、魚が取れる川がある。前に若い女が落ちた川だけど、毎日水は流れているから、きっと大丈夫だ。


 畑にはトマトだって生えている。お手伝いさんが埋まっているけど、気にしなければ問題ない。米も何袋もあったはずだし、缶詰もいっぱい残っている。


 案外、子供だけでも、なんとかなるもんだなと思った。むしろ先生の分の食料が、節約できてラッキーなぐらいだ。


 ずっとお手伝いさんが畑から生えるのを待っていたけど、いつまで経っても変化はない。


 この屋敷で過ごすのも飽きてきた。地下室の本も繰り返し読みすぎて、ほとんど覚えてしまった。人間というのは、同じことを繰り返すと飽きるのだということを、おれは経験した。


 定期的に刺激というものが必要なのだろう。先生を閉じ込めた時みたいに、忘れた頃に、また実験するのも、悪くないかもしれない。


 そろそろ山を降りて、大きな街に行ってみようか。そんなことを考え始めていた時だった。




 ある日、大人が何人かやってきた。

 警察の者だと名乗った大柄な男が、写真付きの黒い手帳を見せてくる。


「このあたりで行方不明になった女性がいてね。ちょっと、話を聞かせて欲しいんだけど。お父さんか、お母さんいるかな?」


 最初から、そんなものはいない。だからこの質問には、首を横に振るしかなかった。


「じゃあ、ほかに、誰かいないかな」

「先生たちはあっち、お手伝いさんはこっち」


 おれは地下室の扉と、畑を指差した。話はできないだろうけど、誰かがいるのは事実だ。


 警察官たちが怪訝そうな顔をしながら、とりあえず、先に地下室の扉を開けて、変な声を上げた。


「……ぁっ!」


 大人でもあんな奇怪な叫び方をするんだなと思ったら、少しだけ笑えた。なるほど。相手が笑わそうとしなくても、面白いことってあるのか。これも一つの経験だ。勉強になった。


「先生が中にいる時は、絶対に開けちゃダメだよって言われてたけど。最近ボケてたから、先生、鍵の開け方忘れちゃったのかも」


 警察官は、神妙な顔をしている。おれの言葉を信じたみたいだ。嘘は言っていない。でも本当でもない。大事なことをわざと喋らないだけでも、うまく騙せるんだなと学習した。


「お手伝いさんは、儀式を覗いたら、怒られちゃったんだ。だから先生に埋められちゃったよ」


 やっとおれが、畑を指差した意味を理解したのか、警察官たちが、トマトの苗木の隣を掘り返し始めた。お手伝いさんだった物を、見つけたみたいだ。


 こちらはすっかり骨になっている。土に埋めたほうが、骨になるのは早いのだろうか。いつか実験してみたいなと思った。


 慌ただしく大人たちが、いろいろ話し合ってる。ここは電話が通じないから、連絡をしに行くのも、ふもとまで下りなきゃ無理だとか。


 騒いでいる大人たちの足元を抜けて、こっそり地下室の中を覗いた。先生と若い女だった物は、部分的にだが、すでに骨になりかけていた。


「だめだよ、君は見ちゃだめだ」


 優しそうな声をした警察官が、おれの腕を掴んで、地下室から遠ざけようとする。


「骨、ちょうだい」


 警察官は苦いものを噛んだみたいな顔をしている。おれの目線になるように、しゃがんで、まっすぐにおれの目を見て言う。


「ダメだよ。大事な証拠だから。悪いけど、渡せないんだ」

「畑に埋めるの。そしたら、トマトみたいに、いつか生えてくるって、前に先生、言ってたよ」


 警察官は、火傷痕のある、おれの左手をぎゅっと握ると、顔をくしゃくしゃにして、泣き始めた。


 おれはどうして立派な大人が、こんなに泣いているのか、さっぱりよくわからなかった。




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