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【光の降る廃墟18(青鬼子将太)】

 おじさんは、頭の悪いクソガキを哀れむような、心底がっかりした表情で、俺を見ていた。


 本当は昔から、こんな目で見られていたのかもしれない。気づいてなかったのは、俺だけだ。


「お前が信じようが、信じまいが、事実は事実だ。真理亜は一回だけ、儀式に付き合うという約束だったのに、何度も迫ってきて困っていた」


 儀式って、何の話だ。


「言いつけを守れない、不愉快なゴキブリは、粛清されなければならない。ろくでなしが減れば、どれだけ世界が綺麗になるか、ずっと実験をしていたんだよ、おれは。お前が生まれるより、昔からずっと」


 おじさんは、遠くを見つめて、忌々しそうな表情を浮かべている。


「おれは未来さえいれば、それだけでよかったのに。ほかの偽物の家族は、邪魔でしかたがなかった」

「家族が邪魔って」


「義父の勇輝さんは、昔から泣き虫だった。実家に顔を出すたびに、ずっと、どうでもいいことを話して、いつまでも泣いている。さすがにあれは、付き合いきれない。もうガキじゃないのに、しつこくキャッチボールをやらされるのも、義母の香さんの前で、いつまでも大食いを演じるのも、うんざりだった」


 おじさんは大きなあくびをする。やけに白々しく、大げさに。


「お前の父親から、『新しい寄生先が見つかったから、妻の真理亜を殺してほしい』と頼まれた時、どうせなら三人とも始末すれば、二度と、実家に帰らなくてすむなと思ったから、ちょうどよかったよ」


 たったそれだけのことで。気がついた時には、おじさんの頭をお湯に沈めていた。


 俺は全部騙されていた。神咲直夜が犯人なんかじゃない。全部、この廃道正義という男こそ、裏で手を引いていた、本当の犯人だった。


 最後の最後まで、俺を騙そうとしている。俺の母さんまで貶めようとしている。

 バカみたいだ。そんなやつに俺は協力していたのか。なんのためにこれまで、ずっと。


 もしかしたら、かーちゃんが言っていた、おじさんが息子を虐待しているというのも、案外、本当だったのかもしれない。今となってはもう、その真実がわかったところで、かーちゃんは帰ってこない。俺が殺してしまったのだから。


 俺があの時、かーちゃんの言葉を信じていれば、きっとかーちゃんが死ぬこともなかっただろう。おじさんの悪事も、もっと早く暴かれていたかもしれないのに。何もかも、おじさんと俺のせいだ。すべてを終わらせなければならない。


 おじさんは思いの外、抵抗しなかった。なぜだかわからない。


 風呂場に入った時から、違和感があった。わざと酔っ払ったふりをして、隙を与えているようにも見えた。まるで殺されるのを待っていたみたいに。


 何度か空気の塊を、口から吐き出し、お湯の中から俺を見つめるおじさんの目は、やけに楽しそうだった。おじさんはいつも「何事も経験が大事」と言っていた。


 だから、もしかしたら、一度、死んでみたかったのかもしれない。

 おじさんが動かなくなったのを見届けると、俺は勝手口の鍵を閉めて、外に出た。




 次に決着をつけなければならないのは、俺の父さんだ。女を金づると、性のはけ口としか思っていない、ろくでなしの男。あんなゴキブリみたいなやつは、粛清しなければならない。


 明日から講演会で地方に行ってしまう。始末をするなら今のうちだ。


 ちょうど雨が降り出した。西の空は、すでに黒い雲に覆われている。


 どうせなら、俺が神咲直夜に殺されそうになった、あの美しく死ねる方法とやらで殺すのも悪くない。ろくでなしの最後を飾るには、なかなかの皮肉だ。


 父の死を見届けたら、俺はアリスが死んだあの屋上から、飛び降りよう。そしたら、少しはアリスも許してくれるかな。きっとあの世で、十発ぐらいは、殴られそうだけど。


 けど、きっと俺は地獄に堕ちるから、天国に行ったアリスとは会えないか。


 そもそもあの場所は、今は一般人は、簡単に入れないんじゃなかったっけ。すでに計画が破綻している気がしたが、まぁ現場に行けば、なんとかなるだろう。


 俺はバカだから、難しいことを考えるのは嫌いなんだ。バッターボックスに立つ時だって、先のことなんて何も考えていない。ただ来たボールを打つ。それがどんな球でも。


 そうやって行き当たりばったりで生きてきたから、俺は間違いをしでかした。

 自業自得ってやつだ。


 それにしても、よりによって、決戦に向かうための車が、罰ゲームで改造した痛車バージョンとはついてない。あの車にしてから、やたらと煽り運転のやつらに、絡まれるようになった。


 けど今さら文句を言ってもしょうがない。今あるものでやらなければならない。野球だってそうだ。すでに手にしているバットだけで、相手を倒さないといけない。絶対にホームランが打てるようになる魔法のバットなんて、この世には存在しないんだから。


 そういえば、突然、賭けをやろうなんて、言い出したのは義理の妹だ。


 いつだってあいつは、よくわからないことを言い出す。アリスのために廃墟研究部を復活させろだの、顧問になれだの。気が付いたら、俺の人生はこんなことになっていた。


 義妹の助言がなければ、俺はまだ、何も知らずに、おじさんの言いなりになって、のうのうと名無しの殺人者として、さらに人を殺し続けていたのだろうか。


 あいつは俺にとって、天使なのか悪魔なのか。こんなくそったれな人生を、終わりにするきっかけをくれたという意味では、あいつは天使なのかもしれないな。


 けど、事実を知ってしまった以上、おじさんや父さんを見逃すわけにはいかない。俺が最初に、神咲直夜を陥れたことが、悲劇をさらに悪化させたのは間違いない。


 だから、母さんと、かーちゃんの仇を取るために。俺は手を汚して、ケリをつけなければならない。


 見ていてくれアリス。俺が最後までやり遂げられるように、祈っていてくれ。


 それにしても、どう育ったら、あんなおじさんや父さんみたいな、人を人とも思わないゴキブリ人間に育つんだ。意味がわからない。たまたま自分の親がヤバイやつだったら、子供なんて逃げようがない。どうしても逃れたかったら、始末するしかない。今の俺みたいに。




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