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廃墟で殺されるのにうってつけの日20(廃道善人)

 先輩たちが用意した金網は、燃え盛る炎で熱せられ、赤く変色している。

 いつになったら、僕はこの上に転がされるのか。


 ふいに、こんがり焼かれている、たい焼きのイメージが頭に浮かんだ。我ながら冗談が過ぎると思う。


「僕の父が、朝永将太に誘導を仕向けた……ってどういうことですか」

「どの血筋のせいか知らないが、朝永将太という男は、酔っ払うと余計なことをしゃべるんでね。本人は武勇伝だと思って言っているが、こちらからしたら、ただの自供にしか聞こえない」


 様々な情報は、義兄の朝永将太から仕入れたということなのか。先輩が真相にたどり着いたのは、僕とは違うルートのようだ。


「ガスライティングって知っているか」

「……わからないです」


「心理的虐待の一種だ。昔の『ガス燈』という映画に由来している。朝永将太は踊らされていただけだ。誤った情報や些細な嫌がらせを積み重ね、相手の正気を失わせて、精神的に追い込むように仕向けられていた」


「そんなことを、どうして父が」

「自分の手を汚したくなかったからだよ。彼は昔からずっと、卑怯な奴だったみたいだからね」


「……父を侮辱する権利は、先輩にはないと思います」

「私は調べた事実を、述べているだけだ。そういう君だって、ろくでもない男だと、心の底では思っているくせに」


 それは否定できない。確かに父は最低な男だ。だが自分でそう思うのと、誰かに批判されるのは違う。


「廃道正義という男は、その名前にも、警察官という職業にも、まったくふさわしくない。狡猾で見えない場所から、誰かを陥れることに、生まれながらに長けていたんだろう。優秀な経営者にはサイコパスが多いと言われるが、それと似たようなものだ」


 わかっていても、他人に身内のことを、とやかく言われるのは、我慢がならないのは、人間の性というやつではなかろうか。


「本当は、自分のことしか考えていないのに、何も知らない人には、正しいことを行う、とても素晴らしい人にしか見えない。だが、その被害にあっている人にとっては、悪魔のような人物だ。時々いるんだよ。本人に悪気のない、タチの悪い野生のサイコパスってやつが」


 先輩は吐き捨てるように言う。野生のサイコパスなんて、出会ったら最後じゃないか。それが肉親や知り合いだった場合、逃げようがない。


「廃道正義は、しばらく引きこもっていた朝永将太と、一緒に食卓を共にしていたようだ。愛する人を失った者同士、傷を舐め合うようにね。家族でもないのに、食事を共にするというのは、ガスライティングで操るためにも、かなり適した方法だ。日本には同じ釜の飯を食うという言葉もあるしな。それだけ心を許している状態なら、操るのも容易い」


 食事を共にする。この言葉にやけにひっかかりを覚えた。


 だとしたら、カレーを一緒に食べた僕たちだって、同じようなものではないのか。そんなことを言ったら、家族だって、カップルだって、同僚だって、誰かと親しくなって会食するだけで、条件が整ってしまうというのは、乱暴な考えではないのか。


 それこそ、先輩は僕の弁当を横取りするために、必ず昼休みに僕のところに来ていたじゃないか。


 まさか、そんな。いや、考えすぎなだけだろうか。


「廃道正義は、朝永将太に対して、『行方不明になった神咲直夜が、次に命を狙っているのは、お前だ』と繰り返しメッセージを送っていたかもしれない。『真犯人の神咲直夜を捕まえなければ、平穏は訪れない』と洗脳され続けていた可能性が高い。君が父親から『早死にしたくなかったら、頭のおかしな人間には、絶対に近づくな』とずっと洗脳されていたのと同じように」


「僕は……洗脳なんて」

「もし被害がないと思っているのなら、それこそ洗脳されていた証拠だ。それに、私が君の常識を壊すような行為を繰り返して、上書きしていたから、少しは逃れられていたということかもしれないな。退屈な秩序は、魅惑的なカオスに弱いからね」


 僕を洗脳から守るために、あんな頭のおかしなことを、繰り返していたというのか。


「おかげで君は、父親の言いつけを守らず、私の思うように行動してくれた。昔の事件を嗅ぎ回っているものがいると、絶えず君の父親に、プレッシャーを与えてくれたからね」


 僕が先輩に操られて、父を牽制していた?


「さすがに今のタイミングで『お前が言うな』事件のために、朝永将太を操作するのは、危険だと思ったのだろうね。おかげで、しばらく事件は起こっていない。なのに最後の最後に、君は余計なことをしてくれた」


「僕のせいだって言うんですか」

「君以外に、誰がトリガーを引くというんだ。せっかくの証言を得る前に、自殺させるとは。がっかりだよ。おかげで詳細は迷宮入りだ」


 先輩は熱せられた金網に、牛脂を塗り始めた。匂いだけで、かなり美味しそうな肉の脂だとわかる。こんな状況でなければ、ご飯を何杯でもお代わりできそうなくらいに。


「さて、焼きますかね」


 とうとう、僕は転がされるのか。あの熱々の金網の上に。神咲直夜が焼き殺されたのと同じように、じっくりと焼かれるのだろうか。


 覚悟を決めて、地面を見つめながら、ずっと息を潜めていた。

 だがいつまでたっても、僕の体が動くことはなかった。


 あれ、もしかして、この場合、セルフサービスということで、焼かれる人間側が、自ら金網の上にダイブしなければ、ならなかったりするのだろうか。


 それはそれで世知辛い。あんまりだ。そんなことを考えていたら、やけにいい匂いが漂ってきた。肉の焼ける匂いだけじゃない。良さげな音まで聞こえてくる。まさか、これって。


 顔を上げると、目の前の金網で焼かれていたのは、ステーキ肉だった。


 まごうことなきA5ランクの、霜降り極上肉だ。まさかこれを買うために、顧問にポケットマネーを出させたのだろうか。


「えっと……何をしてるんですか」

「打ち上げだよ」




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