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廃墟で殺されるのにうってつけの日19(廃道善人)

「僕は……そんなことしませんから」

「犯罪者はみんなそう言うんだ。綺麗事を言う人ほど、実生活では人には言えないことをしているものだろう。『お前が言うな』事件で、ゴキブリとして粛清された人たちのように」


 先輩は忌々しいという表情を見せて、鼻で笑う。


「もちろん誰だって、悪いことをするようになるには、ある程度のきっかけはある。朝永将太の場合は、家族と愛する人のため。ありきたりな理由だ。そんなものに、人生を棒に振るほどの価値などないのに」


 そう言い切れるほど、先輩にとっては、家族や恋人という存在は、忌むべきものという扱いなのだろうか。先輩の身の上を考えると、ある程度はしょうがないのかもしれないが、それはそれで、なんだか悲しかった。


「朝永将太の父親は当時、議員をしていた。二番目の妻が『お前が言うな』事件で殺されたが、犯人として捕まった警察官と、学生時代からの知り合いだったんだ。犯人がギャンブルで作った借金を肩代わりした形跡があったこと、二人目の妻だけでなく、一人目の妻も、一酸化炭素中毒の事故で亡くなって、多額の保険金を手に入れていたこともあり、共犯者の一人として容疑をかけられそうになった」


 事件の犯人が警察官で、共犯者が議員なんて、世も末だ。


 この件だけではない。あの事件は模倣犯も含めて、ろくでもない被害者が揃っていた。一連の『お前が言うな』事件で、殺されたのは、教育者、医者、学者など、本来は聖職だと言われているような、地位の高い仕事をしている人が多かった。


「どちらの妻が死亡した日時にも、完全なアリバイがあり、実際に犯行を示唆した証拠は見つからなかった。だが、現職の議員によるスキャンダルということで、マスコミのバッシングが、かなり酷かった」


 世間的には真っ当だと思われていた人たちが、やってはいけないろくでもないことを裏でしていた。だからこそ、当時のマスコミ報道も加熱したのだろう。止め時を失って、うねるように暴走したのだ。


「事件とは直接関係ない、未成年との不純異性交遊の情報までもが、多数リークされたこともあり、さらに炎上した。結局は社会的信頼を失い、辞任に追い込まれている。その後、マスコミが報道したスキャンダル記事のいくつかは、捏造だったと明らかになった。もちろん息子の朝永将太は、憤っただろうね」


「逆恨みということですか」

「目には目を、歯には歯をというところだろう。自分たちがされたのだから、誰かを陥れても良いという感覚は、この時点でさらに強く、培われてしまったのかもしれない」


 誰かが目の前でやっていることは、心理的に大きくハードルが下がる。『赤信号、みんなで渡れば怖くない』というのと同じだ。


「彼にとって運が悪かったのは、思いをよせていた幼馴染が、廃墟で転落して死んだ後、やっと立ち直りかけた時に、今度は二番目の母親まで事件で亡くして、さらに、父が社会的信頼を失ったという、連鎖に見舞われたことだ。闇落ちするなというほうが無理がある。彼の人生において、最悪なことが、立て続けに起こったんだからな」


 運命の巡り合わせというやつだろうか。確かにそんな目にあったら、まともでいられる自信は、僕にはない。


「好きだった幼馴染は死んだ。なのに生徒をたぶらかした美術教師が逃げおうせている。理不尽だと怒り、良からぬことを考えるのも無理はない。事実を捻じ曲げ、神咲直夜こそが本当の犯人だという主張を、ネットで続けた。おかげで、姿を消したとされた神咲直夜は、やってもいない連続殺人犯として、名を残すことになった」


「でも、それは朝永という人が悪いだけですし、なら、その人を始末するべきでは」

「そちらについては、もう準備は終わっている。朝永将太だけではなく、父親についてもだ」


「父親も?」

「事件について調べるうちに、疑問が生じた。当時、議員をしていた父親が、無実というのはかなり怪しい。君の父親のメモを見たとき、それは確信に変わった」


 先輩は違うメモの画像を見せつけてくる。


「ターゲットの『T-A.M A.Y A.K』は、朝永将太の本当の母と祖父母の三人だと思われる。依頼者の部分が両方とも、議員をしていた朝永高広のイニシャル『A.T』と記されているだろう」


   2000/12/05 294P T-A.M A.Y A.K C-A.T 2000/12/11

   2013/09/08 175P T-A.R (C-A.T)C-A.S 2013/09/17


「でもアリバイがあったって、さっき」


「本人にはアリバイはあった。それは交換殺人をする予定だったからだ。人間は意味を見出す生き物だ。地域、年齢、職業、ありとあらゆる属性で、つながりのないものは、ないのも同じ。ある程度の連鎖までは見抜けても、あまりにも関連性のない交換殺人を、見抜くのは難しいというだけだ。それを警察官である君の父は、よく理解している」


 先輩は口を歪めて、嫌そうな顔をした。決して父を褒めていないことだけは確かだ。


「だが、『A.R』と記されている、二人目の妻が殺された事件当日、なんらかのアクシデントがあったのだろうな。依頼者の部分に変更がある。元議員の名前、朝永高広を意味するイニシャル『A.T』が、かっこで消されて、別のイニシャルが記入されていた。何か、予定外のことがあったということだ」


「予定外……ですか」

「殺すつもりのない人間が、突発的に殺してしまったのかもしれないな。イニシャルは『A.S』だ。心当たりがないか」


「朝永将太……ですか」

「可能性が高い。この事件をきっかけに、裏の仕事を手伝うようになったのだろうな。朝永将太の口座に、謎の入金が増えている。ほとんどが『お前が言うな』事件のあった数日後だ。リスト後尾の日付は、振込みがされたタイミングのようだ。メモの日付と合致する入金が、多数見つかった。朝永将太は、かなりの事件に関わっていると見て間違いない。彼はすでに何人もの殺人に加担している」


「先生が……まさか」

「人は見かけによらないということだよ」


 先輩は、僕のスマートフォンをポケットにねじ込みながら、ゆがんだ笑みを浮かべる。


「私の義理の父は、妻殺しのわらしべ長者、義理の兄は、筋肉バカの犯罪加担者。どうだ、素敵な家族だろ」


 家族という概念が、ゲシュタルト崩壊しそうだ。


「ちなみに、私が家を出た、本当の理由を教えてやろうか」


 三年の美島さんから聞いた、実の母に精神的DVを受けていた、という話を出すのは憚られた。なるべくオブラートに包んで言う。


「お母さんと、あんまり仲が良くなかったとか……そういうのじゃないんですか」

「それは表向きの理由だ。新しい家族になってから、一緒に暮らしているとね、元議員の義父が時々やってくるんだ。夜になると、私の部屋に」

「それって……」


 一瞬で、良からぬことが脳裏に浮かぶ。


「母にいくら部屋に鍵をつけてくれとお願いしても、聞き入れてもらえなかった。おかげで、義父が家にいる日は、私は安心して寝ることができなくなった。徹夜で勉強する羽目になって、成績優秀になったのは、ある意味、義父のおかげかもしれないな」


 先輩は忌々しいという表情をしながら、炭火の中に着火剤を投げ入れた。

 一瞬でその炎は、大きく燃え上がる。


「やがて、私が高校に入った頃から、さらにエスカレートしてきた。わざとらしく、トイレに入るついでに、うっかり間違えたなんて言いながら、風呂場の着替えを覗かれたこともある」


「なっ」

 ……んて羨ましい。なんてことは死んでも口に出せない。


「自分を守るために、私は家を出るしかなかったんだよ」


 先輩を金に汚いだけの守銭奴だと、心の中で罵っていたことを、少しだけ反省した。あくまで少しだけだ。


「常習犯だったんだよ。あの男は、若くて綺麗な女に目がないんだ。特に女子高生がお気に入りだったらしい。病気だよ。本来、結婚して、いい人間じゃない。最初の結婚だって、女子高生に手を出して、できちゃった結婚だったらしいしな。きっと母と再婚をしたのも、金だけじゃなく、本当は私が目当てだったのかもしれない」


「……酷すぎませんか、それ」

「最低だよ。ゴキブリ呼ばわりするには、ゴキブリに失礼になる程度にはね」


 同じ男であるということすら、恥ずかしい。

 ろくでもない犯罪をした人は、性別を男とか女とかじゃなく、犯男とか、犯女とか、別のジャンルにしてほしい。そうすれば、こんな嫌悪感に苛まれることはなくなるだろう。


「暴走したマスコミの捏造記事が、いくつかあったのも事実だが、それ以上の余罪はたっぷりあった。だから裏付けは、いくらでも取り放題だったよ。もちろん、私の部屋に入って、よからぬことをしようとした瞬間も、隠しカメラで撮影していた。それも全部、朝永将太に見せてやった。顧問がこの合宿に来られなくなったのは、そのせいだよ」


 正しいと思っていた父親が、本当は悪人だったなんて。まるで、僕と同じじゃないか。


 あんなにチャらくて人懐っこくて、お気楽な人生を歩んでいるように見えた、あの顧問の裏側に、こんな歴史があったなんて。


 人は見た目で判断しすぎると、本質を見誤る。ダメだとわかっていて、危険なものに近づいてしまった、僕のように。


「朝永将太は、苦悩したことだろう。散々ネットで晒し者にしてきた神咲直夜は、『お前が言うな』事件に関しては、まったく無実だ。本当の悪人は別にいた。むしろ自分の父親や、懇意にしていた廃道正義という警察官こそが、事件の関係者だったんだ。今頃は、その真実が彼の心を焼き尽くして、地獄に堕ちている頃だと思うよ」


 一体、どう地獄に落ちたのか。恐ろしくて聞けないが、どうせ聞いたところで、今の僕には何もできそうもない。人の心配をしている場合ではないのだから。


「でも、それだとおかしくありませんか。朝永将太がネットで嘘の噂を流したり、裏の仕事で事件に加担をして、神咲直夜を陥れたことに関しては、僕には何の関係もないと思うのですが」


「関係あるんだよ。そう仕向けたのは、君の父親、廃道正義だからね」




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