廃墟で殺されるのにうってつけの日16(廃道善人)
父を殺した? 僕が?
先輩の質問に答えるより先に、先輩は僕の両手足に、手錠をかけた。
「ちょっと先輩、何をして」
「地面に膝をつけろ。動くな、殺すぞ」
どうやら新手の、ご褒美プレイというわけではなさそうだ。
「たどり着いてしまったんだろ。君の父親が、本当の犯人だということに」
きっといつものように、冗談だよと言って、笑うに違いない。
でもいくら待っていても、先輩はこわばった表情のまま、僕をじっと見つめているだけだ。
「また僕を騙して遊んでるんですか。犯人は先輩のお父さんでしょ」
「もう嘘をつく必要はない」
「別に僕は、嘘なんか……」
「DNA検査をしてわかっただろう。君の生物学上の父親は、廃道正義ではない。私の検査も、こっそり同時にやったそうじゃないか。君と私は姉弟だったろう。つまり、君の本当の父親は、神咲直夜だ」
先輩の言う通り、僕の父は、本当の父ではなかったらしい。
しかも先輩とは姉弟である可能性が高いという結果が出ていた。信じられなかった。信じたくなかった。だが書類にはそう書いてある。ならば、それが事実だということだ。
「なんでそんなこと、先輩が知ってるんですか」
「実はあの検査結果は、メールからログインすれば見られるんだよ」
検査結果が父に知られないように、顧問の名前を借りて、部室にあるパソコンから検査を頼んだ。先輩から受け取った時、もらった封筒が開封されてないか、確認したつもりだったが、僕が知らないところで、すべて筒抜だったということのようだ。
「君は立派な警察官に、育てられたわけじゃない。偽善者の皮を被った殺人犯に、飼育されていた子供だ」
「飼育って、酷い言葉を使うんですね」
「あの男にとって、世界で一番憎い男と、世界で一番愛している妻が不倫してできた子供だ。そんな忌むべき呪われた子供を、超一流の連続殺人犯が育てているんだ。それが実験的飼育でないなら、なんだというんだ」
「知りませんよ。っていうか、犯罪者に超一流だの、子供を実験的飼育だのって、言葉の使い方、間違ってませんか。まともな人が使う言葉じゃありませんよ」
「生みの親はろくでなし、さらに育ての親も極上のクズだ。そんな君に対する扱いは、この程度がちょうどいいと思うがな」
ろくでなしとクズのハイブリッドか。暗黒界のオークションみたいなものがあれば、僕は結構な値がつくサラブレッドになれるのだろうか。
「なのに君は、自分だけは聖人で、私のような犯罪者の子供とは違うと、ずっと思い込んでいたんだろう。無知というのは恐ろしい。何も知らずに気高く生きてきた。そんな呑気で、鈍感な君に、ヘドが出るよ」
蔑み。軽蔑。憐れみ。いろんな感情が渦巻いているのに、やけにその先輩の瞳を美しいと思ってしまう自分が情けなかった。やっぱり僕は頭がおかしいのかもしれない。
「結局のところ、君の方こそ、立派なこちら側だったということだ。どうだね、今の気分は」
「……最悪ですよ。それで満足ですか。もし、親が本当の父親ではなかったとしても、それが何だって言うんですか。不倫も離婚もありふれている時代です。そんな人は、どこにでもいるでしょう」
先輩に出会うまでは、自分は安全圏にいると、思い込まされていた。立派な警察官に育てられて、真っ白な側に立っていると、誇らしくさえ思っていたかもしれない。間違っているのは世界の方だと、思い込まされていた。
なのに、それは全て嘘だった。真っ黒だったのは、僕の方だ。
「やけに、反応が淡白だな。さすがあの父親に、飼育されていただけあるということか」
不服そうな表情で、先輩が見下ろしている。
「そもそも僕の育ての父が連続殺人犯だなんて、何を根拠にそんなことを」
「隠しきれるとでも思っていたのか」
「だから何の話をですか」
「君の父親はメモ魔だそうだね。その日の行動を細かく記録する習性がある。何も知らない人が見たら、ただのスケジュール管理の一覧にしか見ないだろう」
今になって、なんでこんな話をするのか。先輩が何を考えているのか、予想はついたが、わかりたくなかった。
やっぱり、あの画像は消しておくべきだった。
前もって、こんな事態になることがわかるほど、僕の頭がよければ、今頃こんなことには、なっていなかっただろう。
「だが、君は見たんだろう。『お前が言うな』事件が起こる前後に、必ず、電話連絡の記録が増えるというパターンを繰り返していることを。連絡を取っていた相手のイニシャルが、事件の加害者と合致していたことも。君がわざわざ撮影していた箇所が、すべて実際に事件があった周辺の日付に偏っていた。メモの意味を理解していなければ、あんなチョイスはしないはずだ」
やはり、あのメモの写真は、すべて見られていたのか。
いや、もしかしたら、入学式の日に、先輩は僕のスマートフォンから、廃墟写真のデータを転送していた。あの時、やけに転送に時間がかかっていたのは、ほかの画像データも、すでに転送済みだったのかもしれない。
だからこそ「なるほど。そういうことか。すべて理解したよ」と言ったのではないのか。
だとしたら、あの時点で、すべて知っていたことになる。これではシラを切るのも難しい。それでもなんとか、ごまかそうと努力をしてみる。
「父はただ、事件のメモをしていただけかもしれませんよ。真面目で、仕事熱心でしたから」
「それはありえない。犯人でないと知り得ない数字も、あのメモには書かれていたからね」
「数字?」
「一つの事件につき、ある数字が必ず書かれていた。最初は何のことだか、さっぱりわからなかった。だが、電気に打たれたようになったよ。地下室の書庫で、あの本を見た時に」
先輩に本を見せられた時に、ページ数に既視感を覚えたのは、その数字をすでに見たことがあったからだ。気づいたのは僕だけではなかったらしい。
「君の父親のメモには、『お前が言うな』事件が実行された日付に、電話番号やイニシャルとは別に、三桁までの数字が記されていた。あの書庫にあった『古今東西 奇妙な死に方 百選』を、参考にしていたのだろう。犯行に使われた手口と、同じものがいくつかあったからな」
てっきり、暇つぶしに読んでいるだけかと思っていたが、ちゃんと意図があって、確認作業をしていたようだ。
「推理小説家の祖父が死ぬまで、君の父親はこの屋敷に住んでいたのだろう。地下室にあった、あの本は愛読書だったにちがいない。子供時代の彼は、いつか実行してやろうと、どこかにメモっていたのかもしれないな。もしかしたら、よっぽど繰り返し読んで、覚えていた可能性もあるが」
先輩は、僕のズボンのポケットに手を突っ込み、スマートフォンを抜き取った。
「君が撮影した、メモの画像で確認して、ようやく確信が持てたよ。該当する殺し方と、あの本に記されたページ番号がまったく同じになるなんて、偶然ではあり得ない。君だって、あの数字を見て、明らかに、意味に気がついていたじゃないか」
あの時、地下室で、スマートフォンを見せろと言ったのは、最後にもう一度、僕にも気付かさせるためだったようだ。そうとも知らずに、まんまと先輩の口車に乗せられてしまった。
実際にピンポイントに数字を書けるのは、本当の犯人しかいないということになる。
やはり父が犯人なのは、覆しようのない客観的事実らしい。
あの地下室で、僕と二人きりだった先輩は、どんなつもりで僕と一緒に過ごしていたのだろう。この合宿が計画された時点で、すべては決まっていたのだろうか。
もしかしたら僕は、気が付かないうちに、深淵ではなく、地雷原の上に、投げ出されていたのかもしれない。