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廃墟で殺されるのにうってつけの日2(廃道善人)

 百を超えたあたりから、親指の感覚がおかしくなってきた。

 もしかして、正解が九千番台だった場合、この苦行がとんでもないことになるのでは。


 気分転換に逆から数字を合わせてみることにした。もちろん答えが二百番台あたりだった場合は、さらなる絶望が待っている。いくら数字を合わせても、うんともすんとも言わない。


 もうとにかく、なんでもいいから、とっとと開いてほしい。


「おい、善人」

「なんですか。僕は今、忙しいんです」


「少し、スマートフォンを貸してくれないか」

「嫌ですよ。余計なことをするつもりでしょ、絶対」


「確か、君のには、オフラインでも使える、スキャン式電子辞書アプリがあっただろう。貸してくれ」

「……しょうがないなぁ。カメラ以外は、勝手にいじらないでくださいよ」


 僕は画面のパスコードを解除してから、先輩に渡す。しばらくカメラをARモードにして撮影しているようだったから、僕は元の、暗号解読作業に戻ることにした。




 ちまちまと一つずつ金具を回転させていく。

 合わない。やっぱり合わない。


 スーツケースの鍵を開けるために、こんなにも数字を合わせているのは、うっかり番号を忘れたおバカさんか、他人の荷物を盗もうとしている極悪人だけだろう。


 きっと僕は、後者の極悪人に属するのかもしれないが、これは先輩の命令なのだ。仕方なくやっているのだ。そう心の中で必死に言い訳をしながら、数字を合わせていく。


 ふと先輩に目をやると、知らない間に、僕の写真リストの中身を見ていたようだ。


「何やってんですかっ」

「別にいいじゃないか、ちらっと見るぐらい」


 慌てて僕は、先輩からスマートフォンを回収した。まったく油断も隙もない。


「私の隠し撮り画像がなくて、残念だよ」

「そ、そんなもの撮りませんよっ」


 本当は、こっそりと何度か撮影したことはある。だが、パソコンのほうに、ちょうど昨日のうちに、データを移しておいて良かった。危なかった。


 とはいえ、ほかのデータは迷った末に、いろいろと残したままだった。メモ帳の画像は、先輩に見られてしまっただろうか。


   2000/12/05 294P T-A.M A.Y A.K C-A.T 2000/12/11

   2008/08/08 088P T-K.N C-H.S 2008/08/20

   2013/09/08 175P T-A.R (C-A.T)C-A.S 2013/09/17


 きっと普通に見ただけでは、ただの日付や、よくわからないイニシャル、謎の三桁の数字が並んでいるだけにしか見えないだろう。


 ほかにも、電話番号が羅列されている箇所もあるが、ただのリストにしか思えないはず。大丈夫だと思いたい。


「で、そちらは、まだ開かないのか」

「まだです。邪魔するだけなら、黙っててください」


 正直なところ、順番に数字を合わせることに飽きてきた。

 人間の脳とは、気まぐれなものである。


 同じようなことが続くと、ついちょっとだけ違うことをしたくなる。人間がもう少し、飽きるということに、鈍感な天才だったら良かったのに。


 そうだ。誕生日とかどうだろうか。

 みんなわりと覚えやすいものを、パスワードとして採用しがちなはずだ。このスーツケースの持ち主だって、単純な考え方をする人の可能性もある。


「先輩って、誕生日いつですか」


「教えたら、A5ランクのステーキでも、おごってくれるのか」

「じゃあ、もういいです」


 この際、守銭奴のことは置いておこう。


 まずは身近なところから。うちの家族は、四人ともゾロ目の誕生日だから、覚えやすい。


 それに父は真面目な人だから、もうすでにいない母と姉の誕生日も、きちんとケーキを用意してお祝いしようと努力をしていた。


 父が仕事で忙しくて、難しい時もあったけれど、僕が大きくなってからは、食事作りだけではなく、ケーキ作りも担当するようになったので、嫌でもみんなの誕生日は忘れない。


 とりあえず、順番に小さいものから合わせていく。姉は三月三日で『0303』、父は五月五日で『0505』だ。それぞれ試してみるも違うようだ。


 最後に、僕と母の誕生日だ。二人とも同じ日だった。


 本来は祝うべきおめでたい日に、母の命と引き換えに僕が生まれてくるなんて、僕という人間は生まれながらに、かなりの業を背負っていると思う。


 父はいつも、どんな気持ちで、僕と母の誕生日を祝っているのだろう。少なくとも、僕の物心がついてから、父が泣いているのを見たことはない。


 泣かないから、悲しくないなんて、短絡的なことは思わないし、僕の見ていないところで、こっそり泣いているのかもしれない。


 いくら家族でも、人の気持ちなんて、すべてはわからない。


 僕と母の誕生日と同じ四桁に、番号を合わせると、これまで微動だにしなかったロック部分の、引っ掛かりがなくなった。


「やった。開いた……かも」


 先輩が本から目をあげて、こちらを見た。


「思ったよりは早かったな。番号はいくつだ」

「えっと『0808』です」


「なるほど。やはり、そういうことか」


 何が「そういうこと」なんだろう。


 もし答えの予想がついていたのなら、教えてくれたらよかったのに。どうせいつものように、僕を困らせて遊んでいるだけなのかもしれないが。


 それにしても、僕と母の誕生日と同じなんて。しかも母と姉が廃墟で転落死をしたのも、同じ八月八日だった。これは偶然なのか、それとも。


 僕がロックの金具の部分を開けようとすると、先輩が声をかける。


「君は無防備だな。もし、死体が入っていたらどうするんだ」

「え? 死体?」


 僕は慌てて手を離し、ついうっかり、スーツケースを倒してしまった。


「冗談だよ」

 先輩はにっこりと笑う。


 父の口癖の『頭のおかしな人間には、絶対に近づくな』という言葉が、ふいに頭に浮かぶ。


 意地悪をしておいて、笑いながら「冗談だよ」というのは、頭のおかしな人間である。


 だから、近づくべきではないのに。

 その戒めを僕は、明らかに破っている。


「心配しなくても、大したものは入ってないさ。もし死体や財宝が入っていたら、とっくの昔に、ニュースにでもなっているはずだからね」


 確かにそうかもしれない。とはいえ一応、今度は用心しながら、そろりと手を伸ばし、慎重にスーツケースを開けてみた。




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