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廃墟で殺されるのにうってつけの日9(廃道善人)

 神咲直夜は僕にとって、ずっと憎むべき相手だと思っていた。


 廃墟で母と姉が亡くなった後に、姿を消したのは、何かやましいことがあったからに、違いないと思っていたからだ。

 なのに先輩は、母と姉の転落事故の真犯人は、別にいるかもしれないと言った。


 僕はどうすればいいのか、わからなくなった。


 先輩と一緒にいればいるほど、苦しくなった。先輩の言葉は僕を惑わす。僕が信じてきたものを、どんどん壊していく。


 憎むべき相手と、憎まれるべき相手。本来なら、出会ってはいけない二人だった。

 この事実を思い知った時には、もう僕は先輩に近づきすぎていた。


 僕はいつも、試されている気がする。

 こちら側へおいでと。まるで、入ってはいけない方へ、足を踏み出すように、ずっと先輩に手招きをされている。


 もしかしたら、先輩は綺麗な水たまりを見たら、わざと足で踏みならして、泥水に変えてしまうタイプなのかもしれない。徐々に汚れていく様を楽しむために、先輩は僕を誘導しているのだろうか。そんな気が少しだけした。


 実際に、入部して以来、何度も酷い目に遭わされてきた。


 部室でよくわからないドッキリを仕掛けられた僕が、慌てふためく様子を撮影した動画をバズらせて金を稼いだり。


 僕が本屋のエロ本コーナーを物色しているところを、隠し撮りをされて、記事として使われたこともある。「いたいけな青少年の初めてのお使い」みたいな、嫌な感じの釣りタイトルがつけられていた。


 だが、このぐらいはまだ可愛いものだった。多少誇張や、切り取り方に問題はあっても、実際に僕がやったことだからだ。先輩はそれでは飽き足らず、どんどんエスカレートしていった。


 まずは、僕が夜中に、ちょっとコンビニに行くつもりで、よれよれスウェット姿で外に出た時だった。かなり残念な感じの僕を、まんまと隠し撮りされていた。薄暗い裏通りを歩いている光景を、モデルにした写真が、初めて風俗に行くドキュメンタリー風の記事に使われていた。


 明らかにやってもいないことを、勝手にでっち上げられたのだ。顔にモザイクがかかっていても、見る人が見たら僕だってわかるだろうが。いい加減にしろよなもう。


 しかも、うっかり人気の記事になって、三股、四股当たり前の、チャラ男に成長しました的な、謎のシリーズにまで発展したり。


 いやいやいや、してませんから。僕自身は、まだ童貞なのに、ネットの中の、僕のドッペルゲンガーだけが、どんどん別の意味で大人になっていく。なんでこんな目に。複雑な気持ちでいっぱいだった。


 とにかく何度となく、僕は先輩の金儲けに巻き込まれている。今回も、このままでは僕はきっと、物理的に飢えて死ぬか、先輩の目の前で失禁して、精神的に死ぬことになるだろう。


 もちろん、どっちもごめんだ。

 助けてください。誰でもいいから、早く。


 僕、まだ物理的にも、精神的にも死にたくないです。


 こんな合宿、参加するんじゃなかった。

 後悔先に立たずとは、このことか。




 僕が所属している廃墟研究部では、毎年夏休みに合宿をするのが通例だった。


 元々この部は、僕の母が作ったものらしく、母と姉の死後、しばらく休眠状態だったものを、先輩の代で復活させたそうだ。


 今年入部したばかりの僕は、具体的には合宿で、何をするのかは聞かされていなかった。


 いわゆるミステリーツアーのようなものだ。


 毎年、新入部員には、目的地もスケジュールも秘密のまま、集合場所だけ知らされる。廃墟を探索する準備だけはしておけという、実にアバウトな合宿だった。


 わけのわからない合宿とはいえ、親元を離れて、学生だけで旅行をするというのは、やはり心が躍る。何かロマンスめいたことが起こるのではないかという、淡い期待だってあった。わくわくしすぎて出発前日は眠れないまま朝を迎え、この廃墟へ向かう車の中で爆睡していたぐらいには。


 だからって、こんな未来が待ち受けていようとは、誰が望んだだろうか。


 いや、確かに、先輩と二人きりで閉じ込められるとか、ちょっとばかし、これってチャンスなのではとか、思ったりしたけれども。それが大きな間違いだったということを、僕は今、身にしみているわけで。


 密室、ダメ絶対。


 あれは物語の中で、人様が閉じ込められているから面白いのであって、自分がその立場になったら、それはもう、ただの生命の危機でしかないわけで。


「せっかくの飲料水チャレンジの企画は潰されたが、童貞くんの初めてシリーズとして、廃墟で美少女と密室状態を体験中に、ホラー現象がみたいな、そっち風味の記事にしたら、多少は金になるかもな」


 ここに若干一名、緊急事態を楽しんでいる人がいますけども。自分で美少女とか言うか、普通。いや美少女なのは事実だけれども。


 こんな状況でも、慌てふためく僕をモデルに、写真や動画の撮影を続けているが、未来の金の心配をする以前に、出られるかどうかの心配をしろよっ。


 そもそも、こんなことになったのは先輩のせいなのに。「地下に怪しい書庫があるらしいから、調べに行かないか」と、僕を探索に連れ出したりしたから、こんなことになっているのに。


 どうしてあの時の僕は、断らなかったのだろう。


 もし、「もっと寝ていたいから」とか、適当な嘘をついて、先輩を追い返していれば、こんなことにはならなかったのに。早朝に二人きりで、廃墟の探索ができるという状況に、甘いロマンスを期待した僕がバカだった。


 だが、いくら後悔しても意味がない。地下室の書庫に閉じ込められているという事実は変わらないのだから。


 先輩の手が伸びてきた。また余計なことをされるのかと思って、離れようとしたが、ベルトを掴まれた。


「ちょ、何を」


 先輩は僕を逃げられないようにしてから、ポケットに手を突っ込んできた。中に入っていたのは、折りたたみ式のナイフだ。


「どうしてこんなものを持っているのかね」

「さ……サバイバルには必要でしょう。先輩も言ってましたよね。あらゆることを想定するのが、廃墟探索の鉄則だって」


「覚えていないんじゃなかったのか」


 しまったと思ったが遅かった。


「忘れていたという私の大事な教えを、もう一度聞いたのは、ここに閉じ込められた後だ。なのに、どうして前もって、用意できたんだろうね」


「それは……その、たまたまです」

「本当に君は、嘘が下手だな」


 先輩は笑みを浮かべながら、僕のポケットにナイフを戻した。


 どうして持っているかなんて、死んでも言いたくない。

 いや殺されても言いたくない。




 再び静寂が訪れた。扉が開く気配はない。


 さすがに朝になったら、誰かが探しにくるだろうと思っていたが、うんともすんとも言わない。みんなには報告せずに来たから、僕と先輩が、この地下室の書庫にいることは、ほかの部員は誰も知らないはずだ。


 よく考えてみたら、到着した日から、迎えの車が来るまでの三日間は、部員はみんな自由行動ということになっていた。きっと僕たちも、好き勝手に探索中だと思われて、閉じ込められているということすら、認識されていないのかもしれない。


 そもそも責任者がいないのだ。どうしようもない。

 本当は顧問も同行するはずが、当日急に来られなくなったと連絡があった。


 たぶん原因は、出発の少し前に、合宿に使う部費が足りないから、ポケットマネーで上乗せしろと顧問ともめていた先輩が、ろくでもない賭けを持ちかけたせいだろう。


 賭けに使ったのは、『20を言ったら負けるゲーム』だ。


 3以下の数字をお互いに言って、相手に20を言わせたら勝利というお遊びだ。法則さえ知っていれば、ほぼ勝てる。必ず自分が『3、7、11、15、19』を言うようにすれば、絶対に負けないという裏技がある。


 それをわかっていて、先輩はこのゲームをけしかけた。相手はあまり深く物事を考えない、体育教師で筋肉バカ系の顧問だ。先輩が負けるわけがない。


 なのに、顧問は自信満々で、「もし負けたら、なんでも言うことを、一つ聞いてやる」なんて言い出すぐらいだ。思った以上に、残念な男だったようだ。


 結局、勝負に負けた顧問は、部費の何倍もの額を出す羽目になっただけではなく、罰ゲームまで課せられていた。


 敗北宣言として、父親から買ってもらったばかりの高級車を、アニメキャラが大きく描かれた痛車仕様に、無理やりさせられたあげくに、リニューアルしたばかりの痛車と一緒に、自撮り写真を撮影して、SNSに投稿する流れにまでなったのだ。


 本当に先輩と関わると、ろくなことがない。


 きっと合宿への同行をキャンセルしたのも、思いもせぬ出費による懐の寒さと、痛車仕様にしてから、煽り運転を受けることが増えたらしく、精神的ダメージの蓄積が大きかったせいかもしれない。


 しょうがないということで、急遽、別の教師が引率を任された。だが、代わりの教師曰く「廃墟にもキャンプにもまったく興味がない。ふもとの旅館で三日間を過ごすから、あとは勝手にしろ」ということで、今この廃墟にいるのは、部員の五人のみである。


 監督する立場の教師がいれば、せめて点呼ぐらいは取っただろうに。今回はいろいろな事情が重なり、教師の目がないことが、仇になった形だ。


 普通は、いくら何でも部員の二人が、丸一日以上、姿が見えなければ、少しぐらいは心配してもバチが当たらないと思うのだが。


 けれど残念ながら、うちの部活のメンバーは、先輩を筆頭にして変人ばかりだった。


 主に廃墟の撮影をするのが好きなだけの僕は、一番オーソドックスな廃墟マニアタイプだが、先輩と同じ三年の美島絵美里みしま えみりさんは天才肌の芸術家タイプだ。


 廃墟をスケッチするのが好きで、コンクールの受賞経験もあるそうだ。今回、合宿の偽装用に、旅のしおりを作ってくれたのも、この人だ。特技は、一度見たものは、すぐに完璧に模写できることらしい。だが、ほっておいたら丸一日ずっと絵を描いているような人で、あまりに帰ってこなくて、家族に捜索願いを出されたこともあるという。


 二年の図師計士ずし けいしくんは、インテリ眼鏡な理系タイプだ。実際に見た廃墟の見取り図を作るのが得意で、将来は設計士を目指しているそうだ。これまでに何度か、家主も気づいていないような謎の隠し部屋を見つけたこともあるようだが、この人も設計図を作り出したら、周りの音が聞こえなくなるタイプだった。


 同じく二年の古家天子ふるや てんこさんは、廃墟に残された家具や家電に目がない。注目する基準がよくわからないが、ピンときたものを集めているようだ。


 たまに価値のあるものもゲットするらしいが、だいたいはガラクタだ。部室に積み上げられている品々のほとんどは、この先輩の仕業だった。探索に夢中になりすぎて、何度も足を踏み外し、定期的に怪我をしているような、天然のドジっ子タイプだ。


 あまりに廃墟のお宝に夢中すぎて、探索から戻って熱を出してぶっ倒れた後で、ようやく骨が折れていることに気づいたということすらあったらしい。リアルに包帯をしていることが多いため、厨二病を患っているようにも見えるのはご愛嬌だ。


 ちなみに諸悪の根源である、部長の青鬼子希望こと、一番頭のおかしな先輩にいたっては、立ち入り禁止の廃墟に侵入を繰り返して、レアな写真や動画を撮影しては、ヤバめの有料サイトに掲載する記事を書いて、裏ルートで金を稼いでいる守銭奴だ。


 要するに、うちの部に、まともな人間は誰もいない。


 みんな廃墟に夢中になっている間は、他人のことを気遣うような、素敵な性質に乏しい人しかいないのだ。あてにするほうが無駄というやつだった。


 とはいえ、そろそろ気にしてもいい頃じゃなかろうか。いい加減にしろよ。みんなの常識、少しは目を覚ましてくれ。




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