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廃墟で殺されるのにうってつけの日6(廃道善人)

「君は、廃墟に興味があるのかね」


 高校の入学式が終わって、女子生徒に声をかけられた。

 青いネクタイをつけているから三年生だ。


 まっすぐな黒髪、大きな瞳、艶っぽい唇。見た人の呼吸を数秒は止めてしまいぐらいに、濃厚な香りを放つ大輪の花のような美少女だった。


 きっと僕の口は、しばらく開いていただろう。


 アイドルや芸能人に、似ている人でもいるのだろうか。初めて会ったはずなのに、なぜかよく知っているような、奇妙な感覚に囚われていた。


「廃墟に興味があるのかと、聞いている」


 質問の意図はわかっていたが、とっさに答えることができなかった。一言では説明できない。答えあぐねているうちに、腕を掴まれ、ぐいぐいと引っ張られていく。


「え、あの、ちょっと」


 気がついた時には、廃墟研究部の部室に連れて行かれていた。




 壁には大きく伸ばした廃墟写真のほか、巨匠が描いたのかと思わせるほどの廃墟の油絵、さらによくわからない屋敷の図面が貼られていた。


 キャンプに使いそうなテントや寝袋、ガラクタめいた家電製品や古い家具などが散乱している。部室というより、物置みたいな部屋だった。


 窓際には空色の小さな花が飾られていた。毎年、母と姉の命日に、送られてくるブルースターと同じ花だ。


 花の好きな部員でもいるのだろうか。こんなに乱雑な部屋なのに、花が生けられているのが、やけに場違いで、不思議な感じがした。


「少し待ってくれ。今、用紙を探すから」


 部室の棚をあちこち散らかしていく。かなり大雑把な性格のようだ。


 胸に『青鬼子』という名札をつけている。変わった名字だ。確か『あおきし』と読むはずだが、先生にも同じ名前の人がいた。この地域には多い名前なのだろうか。


 自分勝手で子供っぽいところが、鬼の子供のようで、まさに、名は体を表していると感心しそうになる。もちろん、ただの偏見にすぎない。


 廃道という自分の名字も、悪いイメージを想像されるのを嫌がるくせに、人というのは、実に身勝手なものだ。


 自分を棚上げするためになら、五階建てのビルを、瞬時に作れるぐらいの職人芸は、生まれながらに、誰でも身につけている。僕だってその一人だ。


「どこだっけな。一年に一回しか必要ないものを、いちいち探すなんて、不毛すぎると思わないか」


 だったらわかりやすいところに、置いておけばいいだけではと思ったが、口には出さない。


「今の時代に、書面で提出させるって、どうなんだ、まったく」


 青鬼子という女子生徒は、文句を言いながらも、引き出しの中を漁っている。

 古い部誌が床に落ちた。十六年前のものだ。


 拾い上げてパラパラとめくっていると、トマトを入れたカレーが、キャンプ飯として紹介されている。記事の中に、『廃道未来はいどう みらい』という名前を発見した。


 気配を感じ、顔を上げると、いつの間にか女子生徒が、部誌を覗き込んでいた。腰まであるまっすぐな黒髪が、開いているページにはらりと落ちてくる。


 女子生徒の細い指先が、すっと伸びてきて、部誌に書かれた名前をなぞってから、僕の『廃道』と書かれた名札を手に取る。


「やはり、うちの部を作った顧問は、君の母親だったんだな」

「知ってるんですか……母を」


 声が震えてしまった。きっと女子生徒の端正な顔が、あまりに近くにあるせいだろう。もう一つの理由を考えないようにして、無意識のうちに、唾を飲み込んでいた。


「会ったことはない。だが……珍しい苗字だから、もしかしてと思っただけだ」

「全然……知りませんでした。ま、まさかここが、母の」


 女子生徒は僕のほっぺたをつねって、じっと僕の顔を見ている。


「いひゃいです」


 僕の痛がる顔を見て、女子生徒は噴き出すように笑った。


「君は嘘をつくのが下手だな」

「え?」

「入試でうちの学校を訪れた君は、この部室をこっそり確認しに来ていたじゃないか」


 心臓が高鳴る。誰にも見られていないと思っていたのに。


「君が探している答えは、きっとここにあるだろう」

「答え?」


「過去にこの部で、何があったのか、知りたいんじゃないのか」

「それは……その……」

「答えを知りたいのなら、これを書いてくれないか」


 女子生徒が差し出したのは、廃墟研究部の入部届けの紙と、やけに年季の入った青い万年筆だった。小さな天使の羽モチーフの飾りがついていて、焼けた金属風の色合いが、アンティークっぽさを演出している。


「あの、条件があります」

「一年の癖に、生意気だな。一応、聞いておこうか」


「僕がこの部活に入ったことは、父には知られたくありません」


 母と姉の母校である、この高校に入っただけでも、父の反感を買っているのに、それ以上の危険を冒すわけにはいかない。反省文を書く日課が、三倍になんて増やされたら、たまったもんじゃない。


「心配すると思うので、秘密にしたいのですが」

「そんなことか」


 先輩は腕を組んで、少し考えてから答えた。


「ならば、ワンダーフォーゲル部ということにしておけば良い」

「ワンダーフォーゲル?」


「山登りだとか、川下りなんかをやる部活だ。合宿なんかで、辺鄙な場所にある廃墟に行くことになっても、適当な嘘がつきやすいだろう」


 それならば、探索に必要な道具を持ち歩いても、カモフラージュができそうだ。


「旅のしおりの偽装工作に関しては、得意な部員がいるから、こちらに任せてくれればいい。彼女は手先が器用でな。現地に関するマップや資料なんかを、QRコードで読み込んで確認できるように、動画まで編集してくれるはずだ。それで問題はないだろうか」

「はい、問題ありません」


 僕は紙と万年筆を受け取り、名前を記入する。


「綺麗な字を書くな」

「小さい頃から、日課でたくさん文字を書くことが多くて」


「日課?」

「いえ、なんでもないです。母が国語教師でしたし、父もメモ魔なので、血筋ですかね。昔から、字を書くことだけは、褒められます」


 僕が万年筆を置くと、女子生徒はじっと書類を見ている。 


廃道善人はいどう ぜんじんか。人のことは言えないが、文字の陰陽が激しすぎて、バランスの悪い名前だな。ろくでもない人生を送りそうな予感しかしない」

「そんな予言みたいなの、やめてくださいよ」


 余計なお世話だと思いながら、僕は曖昧な笑顔を返す。

 女子生徒は、すらりと伸びた華奢な腕を、僕の前に差し出した。


「廃墟研究部へ、ようこそ。部長をしている、青鬼子希望だ。君のお母さんの名前と音は一緒だが、漢字は違う。希望と書いて『みらい』だ」


 僕と同じように、苗字と下の名前から連想するベクトルが、アンバランスな感じだ。きっとこの人も、ろくでもない人生を送るのだろうか。


「青鬼子先輩、よろしくお願いします」

「私の名前を呼ぶな。先輩とだけ呼べ。特に、今後、もし下の名前を呼んだら、殺す」


「そんな大げさな」

「殺す。絶対に」


 よっぽど自分の名前が嫌いなのだろうか。確かに、読み方が当て字すぎて、キラキラネーム系ではあるから、恥ずかしいということなのかもしれない。


 さすがに、まだ高校一年生という若さで、殺されたくはないから、気をつけなければ。


「……わかりました、先輩」


 恐るおそる差し出した手を、先輩は強引に掴んで、ブンブンと振り回す。端正な顔立ちに似合わず、やることがいちいち乱雑で、子供っぽい。


 だがそのおかげで、僕がドキドキしていることも、あまり悟られずにすみそうだ。


 先輩は握手をやめて、目を覗き込んできた。


「で、なぜ君は、入試の日、廃墟研究部を覗いていたのかね。表向きではなく、本当の理由を教えてくれないか」




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