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廃墟で殺されるのにうってつけの日4(廃道善人)

 十六年前、『お前が言うな』事件という、劇場型犯罪が流行っていた。


 その容疑者の一人として、神咲直夜の名前が挙がっていたが、彼が行方不明になった途端に、また事件が発生した。その為、ネットでは「本当の犯人は、神咲直夜ではないか」という書き込みが拡散され、さらにマスコミも騒ぎ立て、本格的に真犯人だと疑われるようになった。


 その真犯人とされた神咲直夜の子供が、僕の先輩、青鬼子希望あおきし みらいだという。


 先輩と名字が違うのは、彼女が認知されていない隠し子だからだそうだが、この情報が本当かどうかはわからない。


 希望と書いて、みらいと読む名前も嫌いらしく、下の名前を呼んだら殺すと言われているぐらいだ。出生には何かしら傷を持っていそうなのは事実だが、先輩は頭がおかしいから、僕に嘘をついている可能性もある。


 あくまで、そうかもしれないという仮定に過ぎないが、先輩は加害者家族ということになる。けれど、先輩が犯罪者の子供であるというのは、なぜだか、やけにしっくりきた。


 普通ではないほうが納得がいく。むしろ普通であって欲しくないと、心のどこかで願っていたのかもしれない。


 人というのは勝手なもので、自分が崇めるものが、そこらへんに転がっている石であっては、都合が悪いのだ。




「ちなみに先ほどの、答えは『ラウレンティウス』だ」

「答え?」


 先輩は『古今東西 奇妙な死に方 百選』のあるページを僕に見せた。その『88』という数字に既視感があった。その意味に気づいているのに、信じたくないだけかもしれない。


「金網で生きたまま焼かれた男だ。古代ローマで、キリスト教の助祭をしていた人物らしい」


 聞いたことも、見たこともない名前だ。いくら僕が必死に考えたところで、絶対に答えられない問題だったようだ。


 いつだって、先輩の出題する問題は理不尽だ。正解できた試しがない。


「その男は、焼かれている時に、処刑人に向かって、『ひっくり返せ、こちら側はもう焼けている』と言ったとか、言わなかったとか」


 絶対に嘘だろそれ。今なら「あとで話を盛った」と言われる類のやつだ。


 もし仮に、その男の逸話が本当だったとしても、いくら悲劇と喜劇が表裏一体とはいえ、ブラックジョークが過ぎるのではなかろうか。


「だからその男は、料理人やコメディアンの守護聖人という扱いになっているそうだ。君も今のうちに祈っておいたほうが、いいんじゃないのか」

「結構です。お構いなく。料理人や、コメディアンになるつもりはないので」


 古代ローマなんて、はるか大昔から、先輩みたいに頭のおかしな人がいたのだと思うと、いろんな意味で頭が痛い。頭痛が痛いと言いたくなるぐらいに、痛すぎる。


 結局、一番怖いのは、人間ということなのだろうか。


「命がけでギャグを言うとか、そんな体を張ってまで、後世に名前を残したくはないです。それに、僕が目指しているのは、カメラマンですから」


 僕には夢があった。小さい頃に、幻想的な廃墟の写真を、初めて見た時から、その写真を超えるような、素晴らしい作品を撮影して、カメラマンになることを、ずっと願っていた。


「憧れの写真を越えるどころか、未だに才能が開花する片鱗すら見えない君に、なれるような職業とは、とても思えないのだが」


 先輩が鼻で笑う。言われなくても、そんなことは、自分が一番わかっている。


 こっそり先輩には内緒で、コンクールに応募しても、まだ予選を通過したこともないのだ。もしかしたら、僕には才能がないのかもしれない。そう思いたくなるぐらいには、僕の夢への架け橋には、たっぷりと暗雲が立ち込めている。


「向き不向きについては、本人より、他人のほうがよく見えるということもある。もしかしたら君は、こんな極限状態でも、滑稽な行動を繰り返して、他者に笑いを提供できるという意味では、カメラマンよりも、コメディアンのほうが向いてるんじゃないのか」

「向いてませんからっ」


 滑稽な行動をするように仕向けているのは、先輩のくせに。いい加減にしろ。


「コメディアンを目指すなら、もっとオチをつけてくれないと、笑えないじゃないか」

「だから、目指してませんって」


「なら、私が代わりに、落としてやろう。では問題だ。落下事故のボーダーラインはどこか。死ぬには、どれぐらいの高さが必要か」


 確かに落ちる話ですけども。僕の母と姉が転落死をしているのを知っていて、こんな問題を出す先輩は、間違いなく外道だ。


「……さぁ、十階建てのビルぐらいですかね」

「キリのいい数字を言えばいい、ぐらいに思っているだろう」


「じゃあ、十三階ぐらいで。縁起が悪い感じですし」

「君は当てる気がないのか」

「そんなことは、ありませんよ。まったく」


 ものすごく適当に返事をしているのが、バレていたようだ。


「だいたいビルなら十五階建て程度の、四十五メートルぐらいの高さがあれば、かなりの確率で死ぬそうだが、百メートル以上の高さから落ちて、助かった人もいるそうだ」


「すごい強運ですね」

「本人が死にたがっていたなら、吉凶の方の凶運かもしれないがな。悲劇じゃなくて喜劇だよ」


 先輩は楽しそうに言う。ろくでもないっぷりが、いい感じに、だだ漏れだ。


「さらに問題だ。人間は一メートルの高さから落ちて、死ぬことはあるか、ないか」

「いや、さすがに一メートルはないのでは」


「残念ながら、あったんだよ。塗装の加工を行っている会社で、フォークリフトの荷台から後ろ向きに転落し、死亡した例がある。打ち所が悪ければ、たった一メートルでも人は死ぬ」


 現場に居合わせた人の気持ちを思うと、なんとも言えない気分になった。きっと誰だって、まさかその程度の高さで、死ぬとは思わなかっただろう。亡くなった人だって、嘘だろと思ったに違いない。


「落下事故にもいろいろあるが、中にはテニスの線審を務めていた男性が、股間にボールの直撃を受けて、椅子から落ちて死亡した例が、アメリカであるようだ。本人にとっては大惨事だが、あとで聞くと滑稽な死に方というのも、結構あるもんだな」

「それ、亡くなった方に失礼ですよ」


 想像しただけでも、いろんな意味で痛々しい。


「もちろん、振り回した斧が、うっかり近くにいる人の首を切り落としたり、子供がボウガンで遊んでいたら、たまたま誰かの心臓を貫いてしまったり、不死者だと噂のある人を、閉じ込めたら、あっさり死んで、がっかりみたいなありがちな死に方も、私たちが知らないだけで、よくあることだろうしな」


「いやいやいや、それ全然、うっかりでも、たまたまでも、ありがちでも、よくあることでもないですからっ」


 先輩は噴き出すように、小さく笑う。


「なかなかいい感じに、ツッコミができるようになってきたじゃないか。やっぱり向いてるんじゃないか。コメディアンに」

「向いてませんし、目指してませんから」


 口を開けば、この人は、ろくでもないことしかしゃべらないように、呪いでもかかっているのではなかろうか。僕を非常識ビックリマンショーの巻き添えにするのは、勘弁してほしい。


 先輩は大きなあくびをしてから、猫のように腕を伸ばした。


「疲れた。ちょっとだけ寝る」


 持っていた『古今東西 奇妙な死に方 百選』を枕にして横になると、すぐに先輩は寝息を立て始めた。あまりにも無防備だ。


 さっきは考えなしにスーツケースを開けようとした僕のことを、無防備だとバカにしていたくせに。人のことを言えないじゃないか。


 もし僕が襲いかかったら、どうするつもりなのだ。どうもしないから、あっさり眠れてしまうのだろう。


 つまりは、僕は警戒すらされていないということで、それだけ僕のことを、危険な男だと認識していないということだ。


 まったく相手にされてもいない。そんなことは僕が一番よくわかっている。それでも恋というものは、止められるものではない。


 たとえ相手が、憎むべき人の子供であったとしても。




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