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【光の降る廃墟8(朝永将太)】

 アリスが先生の家に入っていく時、あいつは絶対に、俺のことに気がついていたはずだ。わかっていて、勝ち誇ったような顔をしてやがった。


 ムカつく、ムカつく、超絶ムカつく。


 あれだけ掲示板に、先生の過去が暴露されたのに。これでもう絶対にアリスは、あいつに愛想をつかしたはずって、思っていたのに。


 なんでアリスは、あいつの部屋になんか行ってんだよ。ふざけるな。つーか俺は、ただこんなところで待ってるだけかよ。バカじゃないのか。ぜってーバカだろ、俺。




 ずっと待ってた。乗り込んでいく勇気もなくて。


 何度かメールをしたし、電話もかけてみた。だが完全に無視をされている。返事をする暇もないぐらい、あの部屋で、あいつと何をしてるんだ。


 考えれば考えるほど、どんどん気が狂いそうになる。

 情けない。みっともない。最上級のバカだ。


 実際に待っていたのは、三十分ぐらいかもしれない。でも俺にとっては、何十時間にも感じられた。


 もしアリスが、先生とあんなことや、こんなことをしていたら、どうしよう。ずっと頭の中で、最低な妄想をして、自分でダメージを受け続けていた。

 もしかして俺って、マゾなのか。病院に行ったほうがいいんだろうか。


 そんなことを考えていた時、ようやく先生の家の扉が開いた。

 俺は息を潜めて、アリスが出てくるのを待つ。


 やばい。どうするつもりか、何も考えていなかった。

 こんなところで会うなんて、明らかに怪しすぎる。しばらく様子を見て、コンビニがあるあたりで、偶然を装って声をかけようか。


 ぐるぐると考えているうちに、アリスがアパートの外階段を降りてきた。


 心あらずな感じで、ふらふらと歩いたかと思うと、道路脇の段差に足を取られてこけた。落とした封筒から、散らばった写真を拾いながら、肩を揺らしながら泣いている。


 もう黙って見てられなかった。俺はそばまで駆け寄って、一緒に写真を拾った。


「大丈夫か。あいつに、何かされたのか」


 顔をあげたアリスは、俺のことを睨みつけた。


「何もされなかったから泣いてるの。そんなこともわからないの」

 写真が入った封筒で、急に殴られた。


「いてーよ。なんで、俺が怒られるんだよっ」

「どうして、こんなところにいるのよ」


「おまえの様子が、おかしいって思ったから……心配で」

「ストーカーですか。気持ち悪いんですけど」

「うるせーよ。心配するに決まってんだろ。わかんないのか」


「わかるわけないでしょ、ほっといてよっ」

「わかれよ、バカ。あいつには絶対渡したくないんだよっ」


 気がついた時には、アリスの腕を引き寄せ、唇を重ねていた。


 初めてのキスは、あまりにも不器用で、自分が思っていたのと全然違った。

 目を開けると、アリスは泣いていた。


「……ごめん」


 アリスの顔を直視できなかった。こんな強引にするつもりじゃなかったのに。もっと優しく、いい雰囲気になった時に、するつもりだったのに。


「ドキドキしなかった」

「え?」

「先生に抱きついたときのほうが、もっとドキドキした」


 思わずカッとなって、感情が爆発するのを止められなかった。


「んだよ。先生、先生、先生って。おまえ騙されてんだよ。あいつは本当は、昔いっぱい悪いことしてたんだぞ。いろんな女を妊娠させて、中絶までさせて、自殺したやつもいるとか」


「そんなの……全部嘘よ。同級生が逆恨みで流した、噂だって先生が言ってた」

「殺人事件の犯人かもしれないやつの、言葉を信じるのかよ。自分に都合のいいことを言ってるだけだぞっ」


「違う!」


 こんなに声を荒げるアリスは、初めてだった。


「先生が本当に好きだったのは、たった一人だけ。わかるの。今の自分と一緒だから」


 アリスは、悲しみと怒りが混じり合った表情をしていた。まるで俺の知ってるアリスじゃないみたいだ。なんだか遠くに行ってしまったみたいに見えた。


「なんにも知らないくせに。本当かどうかも確かめもせずに、人の悪口を言う将太なんて、大っ嫌い。もう私に構わないでっ」


 一人で帰っていくアリスの後ろ姿を、見つめることしかできなかった。生まれた病院も一緒で、幼稚園、小学校、中学校、高校になっても、ずーっと一緒だったはずなのに。


 俺は、こいつのこと、何もわかってなかったのかもしれない。


「くそっ、なんでだよっ」


 どうしてこうなった。何を間違った。

 全部だ。何もかも。


 アパートを見上げると、カーテンの隙間から、あの野郎が俺のことを見下ろしていた。


 すべてを見透かしているような、あいつのスカした顔がムカつく。ぜってー、俺のことを笑ってやがる。


 許さねぇ。アリスの心を盗んだあいつのこと、絶対に許さないからな。




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