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廃墟で殺されるのにうってつけの日1(廃道善人)

 遠くでセミが鳴いているはずだが、今はもう聞こえない。

 地下室では、夏は涼しいというのは、本当のようだ。気温的には申し分ない。


 だが残念ながら、僕は今、緊急事態に陥っている。

 それはもう、いろんな意味で。


 先輩たちと一緒に、ミステリーツアーと称して、夏休みの合宿で訪れた廃墟を探索中に、地下室に閉じ込められるなんて、どれだけベタなことをしているのか。


 密室がロマンであることは否定しない。

 ただし、あくまで、他人事だった場合に限る。


 部屋の間取りをぐるりと目線で確認する。階段を降りるときに閉めた、重たい扉以外には、窓すら見当たらない。


 唯一の出入り口である扉は、鍵をかけたわけでもないのに、ビクともしない。本来取っ手があるべき場所には、鍵穴だけが空いている。


 ありえない。取っ手がない扉なんて。

 もちろん、取っ手が回せないのだから、このままでは内側から開けられるわけがない。


「嘘だろ……」


 最初から、嫌な予感はしていた。


 仕掛け付きの扉なんて、いかにも山奥に別荘を買うような、こじらせた金持ちが道楽でやりそうなことだが、時間経過には抗えなかったのだろう。誰も住まなくなって、手入れもされていなかったであろう扉の金具類なども、かなり錆付いていた。


 入る前に、建て付けが悪かったら困るな程度は考えていた。だからって、まさか、本当に閉じ込められる羽目になるなんて思いもしなかった。


「少しは落ち着いたらどうだ」


 先輩は、僕の慌てふためく様を、呑気に眺めている。

 落ち着けと言われても。


「先輩こそ、もう少し慌てたほうが、いいんじゃないですかっ」


 本当に、ほかに逃げ場がないのか。必死に隠し扉のようなものがないか、あちこちの壁を調べてみたが、そんなものは見つからなかった。


 電気のスイッチを押しても無反応だ。頼りになるのは、先輩が書庫で拾った、手巻き式の携帯ラジオに付属しているライトと、僕たちのスマートフォンのライトアプリぐらいだ。


 もちろんこんな山奥では、携帯やスマートフォンは、あまり意味をなさない。山を一時間ほど下りて、県境に一番近い国道付近まで行けば、かろうじて、かすかに電波が入る程度だ。


 当然この廃墟がある周辺も圏外だった。地下室なんて論外である。


 だから、みんなに助けを求めることすらできない。使えるのは、オフラインでも使える時計や計算機、カメラやライトアプリ程度で、ただの文鎮状態である。


「その寄木細工は見たことがあるな」


 先輩は扉の下を、指差した。

 床には、やたらと綺麗な幾何学模様の装飾がされた、木製の箱のようなものが落ちている。


「よく箱根の土産屋なんかであるだろう。秘密箱やからくり箱と呼ばれる類のやつだ」


 いろんな木材を組み合わせて、繊細に作られた箱だった。木片を引いたり押したりして、いくつも仕掛けを解かないと、箱の中身が取り出せないというやつだろうか。


「たぶん、その中に鍵でも入ってるんじゃないか」


 もしかして、本当に、この箱を開けないと、この地下室を出られないというのだろうか。


「まさか先輩、開け方も知ってたりしませんよね」

「箱の存在自体は知っている。だが、さすがに、開け方までは覚えていない」


「なんだ。じゃあ、ダメじゃないですか。でも、適当にやってれば、なんとかなりませんかね」


「簡単な物なら、4、5手で開くはずだが、72や125手ぐらいだと、答えを知らなければ、そう簡単には開かない。ましてや、中には1536手も必要な箱もあるらしいからな」


「せ、1536?」

「君はパズルは得意か?」


「いえ……全然」

「なら、お手上げだな」


 嘘だ。嘘だと言ってくれ。どこか動くところはないかと、箱のあちこちを触る。うんともすんとも言わない。


 無意識のうちに、スマートフォンで答えを探そうとしたが、オフラインだったことに気づく。


 見ていた先輩は笑っている。

「無駄だ。諦めろ」


 つまり、ある意味、今は密室状態というやつだ。ここには探偵も犯人もいない。こんなうっかりな密室なんて、立ち会いたくなかった。密室のほうだって、これほどまでに無意味な場面で成立したくはなかっただろう。


 なのに先輩は、こんな状況でも、暗闇の中で金目のものを探しているのか、壁一面の本棚を漁っていた。


 古そうな本ばかりが並んでいるが、『古今東西 奇妙な死に方 百選』という物騒なタイトルの書物を手に取ると、ニヤニヤとしながら、嬉しそうに読んでいる。


 図太いというかなんというか、まともな人間でないのは確かだ。この人なら、きっと無人島に一人取り残されても、生きていられるのではないだろうか。


 だからって、別に羨ましくなんかない。できれば先輩とは、知り合いになんてなりたくなかった。そうすれば、今頃こんなことには、なっていなかったのに。


 先輩は、熱心に読んでいた本の、あるページに目を止め、ニヤリと笑った。


「おい、善人ぜんじん


 僕を下の名前で呼ぶ女子生徒は、先輩だけだ。呼ばれるたびに、僕がドキドキしていることなんて、知りもしないのだろう。


 しかも今は、廃墟の地下室で、二人きりだ。

 意識するなというほうが無理がある。


「な……なんですか」


 先輩は部屋の隅にある、赤いスーツケースを指差した。嫌な予感がする。


「さて問題だ。あのスーツケースの中身はなんだと思う」


 やっぱり始まった。先輩の問題タイムだ。

 なんの脈略もなく、よくわからない問題を出して、僕が困惑するのを楽しむのが趣味らしい。追い込まれている後輩を、さらに精神的にいたぶって遊ぶなんて、ただの外道である。


「そんなの、僕が知るわけないじゃないですか」

「地下室の書庫に、スーツケースなんて、おかしいと思わないか」


「べつに、本を運び入れる時に、使ったんじゃないですか。台車代わりに」

「もう少し、想像力ってものがないのか、君には」


 先輩は不服そうな顔をしている。僕の答えは、お気に召さなかったらしい。


「この書庫にある本のほとんどは、1960年代より前のものばかりだ。少し離れたところにある集落も、1970年代前半に廃村になっている。よって、この屋敷が使われなくなったのは、その頃ではないかと推測できる」


 やけに年季の入った本が多いと思ったら、本当に年代物だったようだ。


 山に入る時に、熊よけの鈴を渡されたが、そんな熊がうろついているところに、昔の人は、普通に住んでいたというのが驚きだ。


 江戸時代とかの大昔の話じゃない。たかだか、五、六十年前のことだ。人の生活の移り変わりの早さを痛感する。


「かつては周辺の集落で、吸血鬼らしき人がいるという噂が立って、興味を持った民俗学者が、この屋敷にもやってきて、泊まったことがあるらしいぞ」


「吸血鬼って。そんなの日本にいるわけないじゃないですか」

「あくまで噂だ。だが、火のないところに、煙は立たないと言うしな」


 先輩は嫌な感じの笑みを浮かべる。

 熊だけじゃなく、吸血鬼までいるとか。いくら冗談でも、ちょっと勘弁してほしい。


「次の問題だ。日本でキャスター付きのスーツケースが発売されたのは、いつか」


 古びた感じの赤いスーツケースは、キャリーケースと呼ばれる類の、コロコロと転がせるタイプだった。


「……知りませんよ、そんなの」


 いわゆるネットの知識を活用するにも、電波の入らないスマートフォンは、あまりに無力だ。ただの文鎮の役立たずめ。昔の人は、どうやって暮らしていたのだろう。意味がわからない。まさか辞書とか持ち歩いていたのか。


「本当に、君は無知だな。1970年代に入ってからだよ」

「そんなことを記憶している女子高生は、先輩ぐらいです」


 スーツケースのほうも年季が入っていそうではあるが、さすがに1970年代からずっと、ここに置かれていると考えるのには、違和感がある。


「よく見ろ。ロゴマークも少し違うだろう」


 マークの下に、小さく英語が刻まれていた。


「ミレニアムモデルというやつだ。有名なデザイナーとコラボ企画で制作された物らしい。そのロゴが使われたのは2000年の一年間限定で、少なくとも二十年以上前だよ。最近販売されているものには使われていない」


 言われてみればデザインも、一昔もふた昔も前に流行ったような、最近はあまり見ないタイプだ。だがその古さが逆に、ノスタルジックな感じで、一周回って格好良く見えなくもない。


「つまりいろいろと年代が合わない。怪しいと思わないか」


 先輩の言うように、書庫の本棚は1960年代で時代が止まっているのに、少なくとも二十年以上前のロゴマークがついたスーツケースが放置されている。確かに、いろいろとちぐはぐな感じだ。


「あとから探索に来た人が、持ち帰るのが面倒になって、置いていっただけじゃないですか」


「その可能性もある。だが、この屋敷や周辺の廃村が、一般の旅行客も探索できるように、廃墟ツアーとして解放されたのは、ここ二、三年のはずだ。客が捨てたにしては、スーツケースは古すぎるし、保存状態がもっと良ければ、今ならそれなりにプレミアもついている品だ。ゴミにするにはもったいない。私ならこんなところには捨てずに、オークションに売り出すよ」


 さすが守銭奴。一人暮らしをしている先輩が、日頃から金に困っているのは知っていたが、こんな状況下ですら、常に金のことを考えているとは。できれば見習いたくない。


「じゃあ一体、誰がこんなところに」

「さぁね。開けてみればいい」


 明らかにロック式の鍵がかかっている。数字を合わせるタイプのやつだ。


「そんなことを言われましても。解除の数字なんか、僕にはわかりませんよ」

「四桁ぐらい、順番に試せば、いつか開けられるだろう。その秘密箱を開けるよりは簡単だ」


 それはそうですけども。


「もちろん、僕にやれってことですよね」

「私は今、忙しいんだ。君には時間がたっぷりあるだろう。頑張りたまえ」


 先輩は、読みかけだった『古今東西 奇妙な死に方 百選』をめくり出した。

 どうして僕がこんな目に。


 だが、どうせここから出られない以上、他にやることもないわけで。しょうがないので、一から順番に数字を合わせていくことにした。




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