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09 順調な交際……

「レティシア、今度、街で評判のカフェに行ってみようよ」

「本当、とっても行きたかったの! 嬉しい」


 トレバーと二人で街に行くのは初めてだ。あの悪夢の中ではこんなことはなかった。彼に愛されている。レティシアはそんな幸運を味わった。



 最初から二人の関係は順調だった。つまりあの顔合わせの日から。婚約が決まると、ほぼ二週間に一度トレバーは、レティシアの家を訪れ、サロンで一緒に茶を飲んだ。


 彼はいつも彼女の為に菓子や花束を持ってきた。時にはそれが、髪飾りだったりブローチだったり、様々なプレゼントを貰う。


 しかし、今までミザリー以外とコミュニケーションをとってこなかったレティシアは彼と何を話していいのか、わからない。


 だから、彼の持ち物を褒め、「花がとても素敵」、「この間貰ったブローチがとても気に入っているの」などとにかく感謝の気持ちを伝えた。


 これは、ミザリーが人に接するときの態度だ。人との付き合い方が分からないレティシアは最初ミザリーの言動を模倣した。


 そしてトレバーはレティシアを大切にしてくれる。そのうちレティシアは模倣をやめて、彼とのびのびと付き合うようになった。


 そして、婚約が決まってから半年後にブラウン家のタウンハウスに招待された。


 トレバーは晩餐をともにしたかったらしいが、レティシアは何かと理由をつけて断っていた。


 自分のマナーが悪いのは分かっている。なにも婚前にそれを彼の家族の目の前で晒すことはない。だから、お茶だけということで了承した。




 トレバーがシュミット邸に迎えに来てレティシアは彼とともに馬車に乗る。気分が浮き立った。

 ところが、不思議とその馬車に既視感がある。レティシアの浮き立った気持ちは、なぜかすっと沈む。



 そして馬車を降りブラウン邸を仰ぎ見れば、それはあの悪夢の通りの家で。レティシアは逃げたくなった。しかし、さすがにそのような失礼な真似はできない。


 エントランスをとおりサロンに案内される。

 初めて来たはずなのに、全部知っていた。いや、わかっていた。家具の配置、においまで、寸分違わず、記憶にある通りで……。


「どうしたのレティシア? 顔色が悪いよ。具合が悪いの」


 震えるレティシアに気付きトレバーが心配する。優しそうな緑の瞳。それが、最後に見たときは残忍な色にギラギラと輝いていた。レティシアを牢獄に入れるまでどこまでも追ってくる。彼はとても怖い人。


 恐怖と極度の緊張で目の前が真っ暗になり、膝の力が抜けていった。



 目を覚ますとそこは寝台で……。この匂いも寝心地も覚えている。ただしレティシアの部屋のものより、天蓋の上から垂れる布は落ちついた色合いだ。ここは……。


 そこでハッと目を見開く。


「レティシア、良かった目を覚ましたんだね」


 トレバーが心配そうに眉尻を下げてレティシアを覗き込む。


 「いや! なんてこと」


(あれは悪夢ではなく、やはり記憶なの? 私は、一度死んで戻ってきたの?)


 それ以来、レティシアがブラウン家に足を踏み入れることはなかった。レティシアの中では悪夢として処理されている。だから、そのままにしておきたかった。


 これほど膨大な記憶をもたらす夢などあるのだろうか? 


 しかし、トレバーもミザリーも優しくて親切で、シュミット家の義父母とは上手く行っている。


 だから、レティシアはこの疑念をねじふせ、蓋をした。ミザリーとトレバーがあんな悪魔になるわけがないのだ。


 ただ、トレバーと結婚して、ブラウン家の領主館に行くのが怖い。だから、考えないようにした。


 彼に愛されている今を楽しみたい。



 

 

 レティシアは社交界でもてはやされた。

 最近ではそんなレティシアにトレバーが時折やきもちを焼く。

 人からやきもちを焼かれるほど愛されるなど初めてだ。すごく嬉しい。


(そうやはり、あれはただの悪夢。すべて、ただの偶然)


 レティシアは日々を楽しんだ。あの悪夢から逃げるように。

 そして彼女の目論見通り記憶は薄れていった。



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