その後の二人3
三日後の夕暮れ、レティシアは下町のそばにあるカフェでみなと待ち合わせた。
先にジェフとロベルトがやって来た。リーンハルトは少し遅れているようだ。
「やあ、レティシア嬢、久しぶり」
「また綺麗になったね」
挨拶を交わしたあと、ロベルトがシャンパンを差し出す。
「これ俺たちから」
「婚約おめでとう」
ジェフが言う。
「ありがとうございます。すみません、私、今日手ぶらで」
レティシアが赤くなる。
「いやいや、婚約のお祝いみたいなものだから」
といってロベルトが微笑む。
「ああ、それにしても討伐隊の女神が婚約してしまうとはね」
とジェフがいう。
「女神だなんてそんな。私ちっとも人気なかったですよ」
といってレティシアは困ったように微笑む。あまり気を遣われて持ち上げられるのも恥ずかしい。
光魔法師の女性は一般的に殿方に人気があるといわれているが、レティシアだけはそれほどもてなかった。たぶん自分は、一生懸命に男性に媚びなければ声もかけてもらえないだろう。その程度だ。
勘違いしていた数回前の人生を思い出し恥ずかしくなる。でも今はリーンハルトがいる。それが嬉しい。
「そんなことはないよ。ないけれど……、それはあれだ」
ジェフが言葉を濁し、ロベルトを見る。
「そう、あれだ。魔獣より怖い、ケルベロスみたいなやつが牽制していたからな。ひと睨みされるだけで生きた心地がしなかった」
「え?」
ロベルトの言葉にレティシアが首を傾げる。
「そうそう。レティシア嬢には恐ろしい番犬がいたからねえ。誰も声をかけられなかった。先輩方もビビらされていたし」
とジェフが遠い目をする。
まさかリーンハルトのことだろうか?
「おい、誰が番犬だ」
突然、後ろから聞こえたリーンハルトの声にレティシアは驚いた。それはジェフもロベルト同じようで、彼らは一様に顔を引きつらせている。
(もしかしてリーンハルト、怖がられているの?)
しかし、リーンハルトを見上げると彼は美しい顔をほころばせ、優しい眼差しをレティシアに向けている。
確かにリーンハルトは怒ると怖いが、普段はとても優しいのにとレティシアは首を傾げた。
それから、一行は下町の教会に移動し、ならず者たちが現れるのを待つことになった。
教会周辺にはいま不審火が続いている。男爵の息子を中心とした不良グループの仕業だと情報が入ったのだ。
♢
「おい! あっちに逃げたぞ!」
「こっちは任せろ!」
待つこと数時間、元討伐隊の若者たちが夜の街で元気に不良を退治する声が聞こえる。レティシアは教会のファサードの影に隠れ、彼らを見守っていた。
どうやら圧倒的な力の差で順調に不良たちを縛り上げているらしい。総勢二十人はいる。それをたった三人で制圧していく。
街の不良など実戦経験の豊富な彼らの敵ではないのだろう。
結局、下町の不良を取り押さえるというリーンハルト達についてきてしまった。
あらかた不良たちが捕まった後、近隣の住人が通報したようでばらばらと役人がやって来た。
レティシアがひょっこり顔を出すとリーンハルトがこっちへ向かって駆けて来るのが見える。
彼に手を振ったとき、レティシアは唐突に膨れ上がる禍々しい空気を察した。身に着けていたアミュレットが震える。
レティシアは近づいて来たリーンハルトに掴まり素早く呪文詠唱をした。彼も何かを察したようで黙り込む。
ほどなくして、二人の足元にぼうっと魔法陣が浮かび上がる。レティシアが光魔法で出現させたのだ。それは教会付きの魔法師だけが使う魔術で、闇と対をなす。
バチバチと周りの空気がスパークするのを見て、リーンハルトが目を見張る。
しばらくすると静かになり、すーっと魔法陣が光を失った。
「呪術師がいます。あっちの方向です。一時的に無力化したので、大丈夫です。すぐに捕らえてください!」
レティシアが役人たちに向かって声を張り上げる。
役人たちも今起きた現象を見ていたので、すぐに察しレティシアの指さす方向に走って行った。
「すごいな。レティシア、いつの間にそんな魔法を習得したんだ?」
「教会でしか教えてもらえないのよね。前から知っていたらよかったのに」
するとリーンハルトが噴き出した。
「前って前回とか前々回?」
「そうよ。勤続半年以上でやっと教えてもらえるのよ。知らなかったわ。でも私の言った通りだったでしょ」
レティシアの言葉にリーンハルトが頷く。
「ああ、物騒だな。呪いを使う者がいるだなんて」
それが今回レティシアが来た理由だ。リーンハルトが心配だったこともあるが……。
「そうなのよ。信者たちの話を小耳にはさんだの。下町には違法な術を使う者たちが、結構いるらしいわ。
でもさっきのはそれほど大掛かりなものではなく、転びやすくなるとかそんな程度? まあ、私もその程度のものしか防げないけれど」
「そんな程度でも、転ぶ場所によっては命取りだろ」
「確かに、そうよね」
ふと繰り返しの中で階段から落とされたことを思い出し、レティシアはふるふると首をふった。
するとリーンハルトが心配そうにレティシアを覗き込む。彼はとても勘がいい。レティシアの背中を優しくさすってくれる。
そんな二人のもとへ役人が丁重に声をかけてきた。
「すみませんが、お名前を頂戴しても?」
これから彼らに事情を話さなければならない。
二人は役人の誘導に従って大通りへ向かってゆっくりと歩きだす。
「ねえ、リーンハルト、役所に連れて行かれるにしろ何にしろ、あなたと同じ馬車がいいわ。私ちょっと疲れちゃった」
「そうだね。一緒に乗せてもらおう」
リーンハルトは微笑んで骨ばった大きな手で、レティシアの小さな手を握る。彼の手は剣を握るせいか少し硬い。それに体も引き締まっていて随分筋肉が発達している。
彼は品があり、綺麗な容姿をしているけれどその実とても頼もしい。心配ではあるが正義感の強い彼が好きだ。
「リーンハルト、今日も素敵よ」
レティシアが嬉しそうに笑うと、
「当たり前だろ」
と言いつつ彼が頬染める。
「ここら辺も治安がよくなったら、今度二人で遊びにきましょう」
予定が合わなくて、あまり二人で街中をデートすることはない。しかし、庭の散歩はよくする。
「そうだな。レティシアが酔っぱらっている姿は見たけれど、二人で酒場に入ったことはないからね。今度入ってみよう」
「この間、酔っぱらってあなたの部屋のドアを塞いだのは、ごめんねって言ったじゃない」
レティシアが顔を赤くして訴える。
「いや、今、初めて聞いたよ」
二人はまたいつもの言い合いを始め、捕り物で騒然とした街のなかを手を繋いで歩いた。
その間に、夜は白々と明けて来る。
「綺麗な朝陽だな」
ポツリとリーンハルトが言う。
「うん、いい朝だね」
二人で同じ空を眺める。彼といると心配なことも多いけれど、何をやっていても楽しい。
徐々に強まる日差しを見ながら、これからもずっと彼と一緒にいたい。
レティシアは、そう思った。
「ふふ、お腹空いたね」
「そうだね。帰りにカフェに寄ろう」
そんな相談をしながら二人は馬車に乗り、下町を後にした。
読了ありがとうございました。
誤字脱字報告ありがとうございます。
多分まだ足りない部分を書くと思いますが、時間が空きそうなのでとりあえず完結表示にします。
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