その後の二人1
婚約後のとりとめない話ですが、良かったらどうぞ!
番外編第一弾 全三話予約投稿済みです。
「ふざけんな! こんなアミュレット売りつけやがって」
若い貴族ふうの男が叫び、礼拝堂の心地よい静寂を破る。
教会には不心得者がほんの時たま来る。特に下町の入口であるこの教区には……。
レティシアの仕事は主にアミュレットを作成し、聖職者に頼まれると時々信者に治癒魔法をかけることだ。
今日はいつもの教会の工房から、この教区にアミュレットを届けに来た。そこでついうっかり狼藉者に遭遇し、ひと悶着あった。それはもう久しぶりにひどい目にあった。
ついつい、リーンハルトに愚痴を零したくなるが、それでは成長がないので、同僚と飲みに行って憂さを晴らすことにした。
「だいたい無料で配っているアミュレットで傷の治りが遅いだのなんだのって何なの」
「本当よね。変に言いがかかりつけてくる輩っているのね。それにあれ教会で配ったアミュレットじゃなかったんでしょ?」
レティシアがエールを傾けながら呆れたように言う。
「そう、縁日で買った物らしいわ」
同僚のミモザも憤慨している。
お互い違う教区で働いているが、研修で一緒になり、意気投合した。
ちなみに彼女はレティシアと違い、がちがちの信者で、信仰心が篤い。そしてレティシアのようにアミュレット作りはしない。魔法師学園の卒業生ではないのだ。
光魔法師にはいろいろななり方がある。レティシアは今世でそれを知った。
そして二人はいま下町の食堂で酒を飲んでいる。ここは下町でも入り口付近で比較的治安がいい。
今日はアミュレットを下町に届けに来て騒動に巻き込まれたのだ。
レティシアは教会のシスターを庇いうっかり蹴られてしまった。
「それよりレティシア、その顔大丈夫? あなた凄いわね。身を挺してシスターを守るなんて」
「そんなたいしたことじゃないわよ。討伐隊にいたせいか身体だけは頑丈なの」
といって酔ったレティシアはからからと笑うが、口の端のあざが消えなくて痛々しい。
これでも治癒魔法をかけてだいぶ良くなったのだ。
「本当に骨折しなかったのが、せめてもの救い。あなたって無鉄砲なところがあるから心配だわ。年配のシスターを守りたかったって気持ちは分かるけれど」
とミモザが心配そうにレティシアを見る。
「大丈夫、大丈夫、ふふふ」
レティシアは酒が入り上機嫌だ。
「そういえば、打撲したときって飲まない方がいいんじゃない?」
今更だが、ミモザが言う。それほどの酒量ではないが、レティシアは酒に弱い。
「ふえ? そうだっけ」
子供のように首を傾げた。彼女は酔うと幼くなる。
「もう、ちょっと大丈夫?」
そんなレティシアの元にシュミット家から馬車の迎えがやって来た。
ほろ酔い気分でシュミット邸に帰るとメイド達が甲斐甲斐しく彼女の世話をした。
レティシアは、いつの間にか綺麗な状態でベッドに入れられていた。
少々飲み過ぎたようで、ふわふわとしていて現実感がない。
人恋しくなり、寝室から出てふらりとリーンハルトの部屋へ向かった。
しかし、彼はまだ帰っていなかった。
ほんの少しでいいから、顔が見たい。彼の朝は早く夜は遅い。リーンハルトは二か月間のミザリー探しが響き、いまは一生懸命働き、研究に勤しんでいる。
「もう、肝心な時にいないんだから」
彼女はそのまま睡魔に襲われ、リーンハルトの部屋のドアの前で崩れ落ちた。
♢
一方、深夜に帰宅したリーンハルトは、慌ててレティシアの部屋へ向かった。
執事から、彼女が顔にけがを負って帰って来たと聞いて気が気ではない。
教会からは質の悪い貴族ふうの子弟に顔を蹴られたと報告を受けている。
一体どういう状況でそうなったのか? 教会ならば安全だと思っていたのに。
レティシアが心配で階段を駆け上がる。
廊下に出たリーンハルトはぴたりと止まった。
レティシアの部屋の前ではなく、自分の部屋のドアの前に白銀のふわふわな毛玉が丸くなって転がっている。物凄い既視感、子供の頃も同じことがあった。
やはりレティシアはレティシアだ。
ミザリーの黒魔術でおかしなことをされていなければと、ふと胸が苦しくなる。
彼女と幸せに過ごせるはずだった失われた時がやるせない。
リーンハルトは大切な婚約者の元に駆け寄った。
夜も更けている。このままにしておけば体が冷えてしまう。
「レティシア、何をしているんだ」
彼女に声をかける。執事の言う通り、深酒をしたようで、まだ酒が残っている。
「レティシア、起きろ。風邪をひく」
もう一度声をかけ揺り起こすと彼女がアメジスト色の美しい瞳をぱちりと開き顔を上げた。
リーンハルトが、レティシアの細い顎を掴むと、彼女は顔をしかめた。
「ひっ、痛いよお、リーンハルト」
そのさまはいつものレティシアより、幼くてぎゅっと抱きしめたくなるほど可愛いが、彼女の口の端の傷とあざを見て一気に心が冷えた。
「レティシア、誰にやられた」
リーンハルトの低く、怒りを押し殺したような声にレティシアは目を瞬いたが、つぎの瞬間にへらりと笑う。
「リーンハルト、帰ってきた。うれしいよう」
酒の残るレティシアは嬉しそうにリーンハルトの胸に額をこすり付けて来る。
理性がぐずぐずに崩れそうになるくらい物凄く可愛い。綺麗な銀糸の髪に指を通すと彼女はリーンハルトの腕の中で気持ちよさそうに目を細める。子猫のように喉を鳴らしそうだ。
だが酔っ払いのレティシアは、明日の朝間違いなく自分の可愛らしい行動を忘れているだろう。
しかし、それよりも今は彼女を傷つけた者が許せない。
「レティシア、そうじゃなくて。その傷どうしたんだ?」
「うん、難癖付けてくる似非信者に蹴られた。ひどいのよ。『お前らここからでていけ』とか、『ガラクタみたいなアミュレット売りつけるな』とかシスターを苛めているから、止めに入ったら顔踏んづけられたの」
そういってレティシアは、気持ちよさそうにリーンハルトにしがみつく。彼女はとてもやわらくあたたかい。ほんのり甘い香りがする。リーンハルトはレティシアをぎゅっと抱き寄せ頭を撫で、柔らかい銀糸の髪に愛おしげにキスを落とした。
「レティシア、かわいそうに。で、そいつの名前は分かるか?」
しかし、レティシアは気持ちよさそうにリーンハルトの腕の中で寝息をたてていた。
彼女は今夜も平常運転だ。肝心なことを教えてくれないし、散々煽ったあげく深い眠りに落ちてしまう。
リーンハルトは諦めのため息をつき、気持ちよさそうに眠る彼女を抱き上げ、部屋に連れて行った。




