65 今度は…… <最終回>
事件から半年が過ぎる頃、レティシアは領地から王都に戻ってきたエレインと会った。
彼女は大親友ではあるが、ミザリーの事は機密事項なので話せない。
「残念ね。お姉さまがお亡くなりになったのでしょう? 突然のことで驚いたわ」
エレインがお悔やみを言ってくれる。
レティシアは心苦しかった。偽物のミザリーは処分される前に加齢が止まらず亡くなったのだ。
そこに安らぎはなかったという。
稀代の呪術師の憐れな末路だ。
彼女は才能の使い方を間違えた。レティシアと一緒でたくさん間違えた。だが、彼女にやり直しの機会はない。己を捨て、別人として生きて死ぬ。強烈な自己否定。
レティシアのなかの悔しさや憎しみは風化していき、最後に憐憫の感情が残った。
「そっちはどうなの? 新婚生活」
「年の三分の一は領地に籠らなければならないからその間会えないの。だから、ぼちぼちってところかしら」
と言いつつもエレインは幸せそうだ。
「よかったね」
「うん、まあね。それより、レティシアの方はどうなのよ?」
「私? ぜんぜん。やっと仕事に慣れたところ」
「あら、結婚するんじゃないの? もちろん、私には一番に教えてくれるわよね」
「そんな話出ていないけれど」
というとエレインが不思議そうな顔をする。
「でもあなたリーンハルト様と二か月間も旅行に行っていたって」
そういえば旅行ということになっていた。
「そうねえ。田舎ばかり廻ったわ。来る日も来る日も荒野と畑ばかり」
うんざりしたように言う。
しかし、相手がリーンハルトとなるとそれなりに楽しく、彼と二人で異国の地を歩くのは新鮮だった。レティシアはずっと繰り返していたので、十九歳以降のリーンハルトを知らない。彼はこんなふうに成長していくのかと思うと感慨深いものがあった。想像していたよりずっと逞しい方向だったが、悪くないと思う。
「変わった婚前旅行ね」
エレインの言葉にレティシアは飲んでいた紅茶をむせた。
「はあ? 婚前? なんで!」
その後、エレインから聞く王都に流れている噂にレティシアは青くなった。
♢♢♢
家に帰るとリーンハルトを待ったが、その日は遅くなかなか帰ってこなかった。彼は王都に帰ってから、学園に王宮にと忙しく、最近ではゆっくり話す間もなかった。
自室にこもり悶々としているとドアをノックする音がしてリーンハルトが入ってきた。
「俺に何か用? ずっと待っていたって。ちょっと庭に出ない? あの池まで散歩しよう」
レティシアは彼の提案に目を瞬いた。あの池とは二人の思い出の場所だ。
「でも、もう遅い時間よ」
「たまにはいいだろう。ここの所ずっと会えなかったんだから」
二人は連れ立って庭に出た。こうして一緒に歩くのはミザリー探し以来だ。
いつもは他愛のない話をするのに、今夜はなぜか気まずい沈黙が落ちる。これから話そうとしている話の内容のせいだろうか。意識してしまう。リーンハルトも妙に口数が少ない。
水面の月が映る池の前に来た。今夜も満天の星が瞬いている。
レティシアは話を切りだした。
「あのね、リーンハルト。私、今日エレインと会ったのだけれど」
「ああ、噂が流れているんだってね」
何でもないことのようにさらりと言う。
「営舎じゃないのよ。ここは王都なの。言いたい奴には言わせとけって訳にはいかないわ」
困ったように言うレティシアに、リーンハルトはどこ吹く風で、
「それよりも一つ確かめたいことがあるんだけれど」
と言う。
「何?」
「レティシアが繰り返した中で、俺、誰かと婚約とかしてた?」
「うーん、最初も次も仲が悪かったから正確ではないかもしれないけれど、どの繰り返しの時もあなたが婚約していたっていうのはなかったわ。リーンハルト、もしかしてもてないの?」
見目もよく、常に成績首位だった彼がもてないとは考えにくい。
「失礼だな。そんなことはないよ。断っているだけだ。とはいってもここのところ縁談はこないな。俺は今売約済みになっているから」
義弟の幸せを願うべきなのにズキリと胸が痛む。
「売約済みって……。だったら、噂なんて困るじゃない。どこのご令嬢と? どうして今まで何も教えてくれなかったの?」
言っていて悲しくなる。彼は今までそんな素振りも見せなかった。もしかして、最近帰りが遅かったのは……。
「レティシア、泣きそうな顔をするな」
「そ、そんな事ない」
リーンハルトから顔を背ける。ちゃんと彼の結婚を祝えるだろうか? それに彼が結婚するならば、いつまでも家にいるわけにはいかない。
――リーンハルトの幸せを願わなくちゃ。
「どこのご令嬢も何も、レティシアだよ。王宮でも学園でもいつ結婚するのかと言われている」
「……私のせいで婚約者がいないってこと?」
レティシアは、驚いてリーンハルトを見上げる。
「そうは言っていないだろう」
義弟が苦笑する。
「だって、二か月間あなたとミザリーを探しに行ったことが、いつの間にか婚前旅行になっているのよ」
「気にするな。俺が否定しなかったから広がった噂だし」
リーンハルトがすました顔で言う。
「はあ? ……あなたまさか宿屋で言ったように面倒くさくなって。それで売約済みなの?」
レティシアは慌てた。今世の彼は驚くほど図太い神経の持ち主に成長していた。
「鈍いな、レティシアは。器量のいい光魔法師は人気があるから、俺、ずっと外堀うめていたんだけれど。そうしないとレティシアはトレバーとか、どこの誰かも分からない奴とすぐに婚約してしまうから」
「え?」
「父上と母上から許可は取ってある」
彼の言っていることが、すぐには分からなくてレティシアは瞳を瞬く。
するとリーンハルトが柔らかく微笑む。それはレティシアが初めて見る大人の男性のもので、どきりとした。
彼はすっとレティシアの前にひざまずき、一本の赤いバラを差し出す。
「レティシア、私と結婚してください」
突然の申し出にレティシアの頭の中は真っ白になる。
しかし、次の瞬間差し出されたバラを取るのも忘れ、膝をついて彼にしがみ付き子供のように泣きじゃくった。
「うん、ずっとずっと一緒にいよう。リーンハルト、今度は私より先に死なないでね」
「わかった。努力しよう。レティシア愛してる。絶対に幸せにするから」
リーンハルトは笑ってレティシアをぎゅっと抱きしめた。
――いつの頃からは分からないけれど、ずっと彼が好きだった。もう二度と失いたくない。
「リーンハルト、あなたが大好き」
レティシアの止まっていた時がやっと未来へと動き出した。
Fin
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