59 面会
リーンハルトが迎えに来た。久しぶりに家に帰れるのは嬉しい。義弟と一緒に馬車に乗った。
彼の表情に疲れが見える。少しは眠れているのだろうか?
「リーンハルト、ごめんね」
「どうして、レティシアが謝るの?」
「あなたのこと嫌いなふりをして」
「それはもう済んだことだろう。理由だってわかっている。それより、謝らなければならないのは俺たちの方だ」
せっかく会えたのに、馬車の中は重い雰囲気に包まれた。
久しぶりに帰る実家では、義父母に玄関ホールで出迎えられた。両親と会うのはひと月ぶりである。
「レティシア、辛い思いをさせて済まなかった」
オスカーは一回り小さくなってしまったかのようにやつれている。
「ごめんなさい。あなたの苦しみに気付かなくて母親失格ね」
オデットもとても悲しそうで、憔悴しきっていた。
レティシアを大切に育ててくれた両親に揃って頭を下げられた。彼らがどれほど苦しんでいるかが伝わって来る。いままで義父母は事件の聴取や対応で大変だったようだ。レティシアとの面会も許されなかったらしい。
「いえ、お父様とお母様のせいではありませんから、やめてください」
そんな言葉がすんなりとレティシアの口から出た。彼らを恨むなどお門違いだ。リーンハルトも自責の念を感じているので困った。呪いだのループだの、こんな荒唐無稽な話を誰が信じると言うのだろう。
レティシアにとってミザリーは許しがたい相手だが、彼らにとっては大切な実の娘。どれほど辛いだろう。
現在の状況はサロンでオスカーから聞くことになった。テーブルに茶とレティシアの好きな菓子が並ぶが手を付ける気になれなかった。
「ミザリーは、あのパーティの日に部屋に戻った後、呪いの術式を始めたんだ。多分それはレティシアのアミュレットが砕けたのと関係がある。そして、ニーナは生贄の一つとして使われた」
「そんな、どうして?」
ニーナとミザリーはどの繰り返しでもいつも一緒にいた。それなのになぜそのような惨い事をするのだろう。
「呪いは多くの生贄を必要とするらしい」
他にはどのような生贄が使われたのか……。レティシアは身震いした。
「それで、ニーナは無事なのですか?」
「一命だけはとりとめた。ただ精神が錯乱し今は施設にいる。おそらく一生出るのは無理だろう。それにニーナも呪いに加担していたことは確かだ。ミザリーに一方的に利用されていたわけでない。
夜更けに呪いは完成するはずだった。だが、それは……レティシアも聞いたと思うが、呪いの失敗は呪術師に返って来る」
ミザリーがどうなったのかは聞いている。彼女も一命をとりとめたが、廃人となった。そして今牢獄に繋がれている。
レティシアがループ前に冤罪で入れられたバテスチ牢獄だ。
「今後、ミザリーはどうなるのでしょう?」
「本来なら死刑だが、投獄されて研究対象となる。その後、秘密裏に処分されることになるだろう」
淡々と義父は語るが、彼の苦悩が伝わってくる。
今回の呪殺未遂事件は世間に広がることはなく。国の上層部と一握りの研究者達の中で共有されることとになった。
「それから、レティシアは知らなかったと思うが、ミザリーは実子ではないんだよ」
「え?」
「私の友人のドーソン男爵家の娘なんだ」
レティシアはこのオスカーの言葉にリーンハルトを振り返る。彼が静かに頷く。
この家はオスカーは明るい栗色の髪に碧眼で、オデットは金髪に緑の瞳。ミザリーは金髪に金茶の瞳。
言われてみればミザリーはリーンハルトに似ているようで似ていない美しい顔をしていた。
当時から、彼女は養女ということを隠したがり、リーンハルトも絶対に言わないように約束させられたと言う。だから、ミザリーが養子だということはオスカーの親しい友人しか知らない。
細かいことは検証に立ち会ったリーンハルトから聞くことになった。しかしその前にミザリーに会いたいとレティシアは希望した。
♢♢♢
二週間後、ミザリーとの面会の許可が下りた。
リーンハルトとレティシアはいま牢獄に向かっている。馬車に澱む重い沈黙をレティシアが破った。
「あなた、私に付き合っていて大丈夫なの?」
あの事件から一か月以上が過ぎている。学園も職も大丈夫なのだろうか。
「レティシアを一人で行かせるわけにいかないだろう。因縁の場所だし」
馬車は堅牢で陰鬱なバテスチ牢獄に入って行く。
「ここらへん、覚えているわ。懐かしい」
重い空気に耐え切れず、おどけたように言う。
「強がりはいいから」
リーンハルトが言う。
「そんなことないよ」
「どうしてミザリーに会いたいんだ。彼女に会っても恐らく話は通じない」
義弟はレティシアを心配しているのだ。
「わかってる」
ミザリーは呪術の失敗で多くの記憶を失い、幼児がえりしてしまったと聞いている。
馬車を降りた二人は看守に案内され、長く陰気な廊下を歩く。
「私がいた塔とは違うわね。随分厳重」
「闇の魔力が断続的に漏れているから、一番厳重な牢屋にいる。それから術が行えないように拘束されているから」
リーンハルトは何度か面会し、オスカーもオデットも訪れたという。しかし、彼女は誰のことも覚えていなかった。
「ねえ、ミザリーってあなたが何歳の時家に来たの?」
「俺が四歳のころかな。彼女の希望で養子縁組の件は伏せられたんだ」
「たった七歳の子供がそれを希望したの?」
リーンハルトが頷く。
「それから、ミザリーは髪の色を染めていた。母上は気付いていたが、金髪かと思っていたといっていた。ミザリーが誤魔化したんだ。金色が均一ではないから綺麗に染めたいと言っていたそうだ。今は随分容姿も変わったから驚かないでね」
看守に案内されて魔法師が番をしている。檻の前についた。
独房の中央にある大きな椅子に座らせられた女性を見てレティシアは驚愕した。
「髪の色……」
下の方は染めた金髪が残っていて、付け根は白髪のなかに黒髪が入り混じっていた。レティシアははっとして隣にいるリーンハルトの腕を掴む。義弟はつらそうな表情を浮かべていた。
「ミザリー」
リーンハルトが俯いたミザリーに声をかける。ゆっくりと顔を上げた彼女の顔は、老婆のようにしわが刻まれていた。しかし、その表情はまるで童女のようで。レティシアは恐ろしくてあとずさりした。
「リーンハルト。来てくれたのね」
何度か来ているリーンハルトの事は憶えたようだ。ミザリーが子供のような笑みを浮かべ、舌足らずに喋る。しかし、その声はやはり老女のようにしわがれていた。
呪殺に失敗した彼女は死ぬ代わりに老化し大半の記憶を失っていた。
「ああ、こんにちは」
リーンハルトがこわばった笑みを浮かべる。ミザリーがしわの刻まれた落ちくぼんだ目をレティシアに向けた。その視線はどろりとしたねばっこいもので。
「ねえ、リーンハルト、その女なに?」
声に含まれる憎悪にぞくりとする。
「私は、レティシア、今日はあなたに聞きたいことがあってきたの」
「いや、お前とは話さない! リーンハルトがいい」
ミザリーはふくれたように横を向く。そしてリーンハルトに視線を戻す。
「ねえ、リーンハルト、私とその女どっちが綺麗? どっちが好き?」
ガチャガチャと拘束具を鳴らし、ミザリーが身を乗り出し興奮し始めた。レティシアはミザリーの質問に背筋が凍る。これが本音? それとも狂っているの?
リーンハルトがため息を吐いた。
「話にならないな。レティシア、嫌な思いをするだけだ。帰ろう」
リーンハルトが退出を促すようにレティシアの背を押す。
「ねえ、レティシアっていうの? なんでリーンハルトと一緒にいるの? ここから出して、私がその女の代わりになってあげる」
「何を言っているの?」
レティシアが驚いてミザリーに問いかける。
「馬鹿ね。私があんたになるのよ。そんなことも分からないの?」
ミザリーがレティシアを睨みつける。二人の目がかちりと合った。彼女の瞳の中に一瞬正気の色が浮かんだ。
「あなた話が通じるの?」
ミザリーが突然ケタケタと狂ったように笑い始める。
「レティシア、行こう。彼女は悪態しかつかない。ここにいても不快になるだけだ」
リーンハルトがレティシアの腕を掴んで、牢の前から離そうとする。
「そいつ消えればいいのに。リーンハルト、代わりに私を連れてってよ!」
ミザリーが立ち上がろうと拘束具を鳴らし叫ぶ。
「どうして私が消えれば、いいと思うの?」
聞かずにはいられなかった。
しかし、レティシアの問いにミザリーがにたりと笑う。その後いきなり奇声を発し、体をぶるぶると震わせる。闇の魔力が漏れ始めた。
すぐに魔法師たちが集まり結界をはり直す。レティシアとリーンハルトは退出するように言われた。
「いったい私が何をしたというの? 何がそれほど気に入らないの?」
憤りとやるせなさを感じる。
「落ち着いて。レティシアが悪いわけじゃない」
リーンハルトに抱えられるようしてレティシアは牢獄を後にした。
ミザリーとの面会では何も得るものがなかった。
――家族が皆苦しんだというのに、こんなの悔しい。




