57 大丈夫……
二人が裏口から屋敷に戻ると明かりが何度か瞬き、再び灯った。
「キャアーーーーッ!」
鳴り響く悲鳴にお互いの顔を合わせる。
「あっちだ」
レティシアは走るリーンハルトの後について行く。しかし、追いつけない。
「ちょっと待って、リーンハルト危ないわ!」
レティシアの言葉に彼が足を止め振り返る。
「大丈夫、二度も殺されない。最も一度目は憶えていないが。それに俺が死んで、レティシアがまた自死しても困るからね」
リーンハルトの言葉に目を見開く。
「なんで?」
「それ以外考えられないから」
そう言うと彼は二階に駆け上がった。どのみち彼は気付いていたのだ。
パーティ用のドレスは重く、討伐隊で戦っていた彼にはとても追いつけない。リーンハルトは前回よりもずっと強い。だから、大丈夫だとレティシアは自分に言い聞かせた。
レティシアが二階へ行くと悲鳴を聞いた使用人たちが集まってきていた。父や執事が各部屋へ戻るように指示を出している。
そして、ミザリーの部屋の扉は薄く開き、淡い光が漏れていた。どくどくと心臓が脈打ち嫌な感じがする。まさか家で魔術を……。
レティシアは右往左往する使用人の横をすり抜け、部屋にたどり着き、中をのぞこうとする。
「来ちゃだめだ」
すでに部屋にいたリーンハルトが戸口にやってきて止める。
「何があったの?」
不安で声が震える。隙間からなんとか覗き込むと、メイドのニーナがうつぶせで倒れているのがみえた。
「ニーナ?」
そしてところどころ焦げている床。もう少し覗き込もうとすると止められた。
「いいからおいで、レティシア」
リーンハルトに連れ出される。結構強引に腕を掴まれた。
「ちょっと何がどうしたの?」
しかし、リーンハルトが答えることはなく。
「それより、今日指輪が割れた以外に何かなかった?」
「何かって……」
「大事なことなんだレティシア。形見の指輪が割れる前に、何か異変はなかったか? それになんであんな人目につかない場所にいたんだ? 多分俺じゃなければ見つけられなかった」
彼の勢いに気圧され、とっさに誤魔化そうとも思わなかった。
「パーティがお開きになる少し前、アミュレットが砕けたの。それで、死ぬんじゃないかって。もしも死ぬのなら、屋敷のなかよりも庭の方が人目につかないし。迷惑かからないかなと。エレインとアランの晴れの日だから、今日死んだと思われたくなかったの」
「お前、なんで黙っていたんだよ!」
リーンハルトの鋭い視線を受け止めきれなくて、目をそらす。つい素直に答えてしまって後悔する。レティシアの腕を掴む彼の手に力がこもる。
そう一人ぼっちで死ぬのが怖かった。だから彼が来てくれて嬉しかった。いつもそうやってリーンハルトには甘えてしまう。
「ねえ、リーンハルト、力強すぎ。腕が痛い」
彼が慌てて手を緩める。でも離してはくれない。
「いま、バートン先生と今日きていた学園の研究者で現場保存と検証をしている。それとこれから王宮から役人と兵士が来る」
ある予感があった。
「呪いなの? ニーナ? それともお姉さまが?」
「どちらかだ」
絞り出すような声、辛そうな表情。おそらく呪いを発動したのはミザリーだ。彼はそれを知っている。
「お姉さまは無事なの?」
レティシアが震える声で聞く。自分が当事者なのだから教えてほしい。するとリーンハルトにぎゅっと抱きしめられた。
「大丈夫だから、レティシア」
優しく背中をさすられた。そうしていると少し気持ちが落ち着く。繰り返しの中でリーンハルトが苦手なこともあった。でも一貫して彼だけは信頼できる。レティシアはゆっくりとリーンハルトの胸に頭を預けた。温かく大きな手がレティシアの頭を撫でる。
その後、結局レティシアはサロンへ連れていかれ、リーンハルトはミザリーの部屋に戻った。落ちつかない気持ちで紅茶を飲んでいると玄関のほうが騒がしくなる。
夜更けだというのに、官吏二人に憲兵二人、魔法師三人と騎士が数人来た。
レティシアは魔法師と騎士に守られ、サロンに足止めされた。「呪い」の検証にはバートンにオスカー、リーンハルトも立ち会うという。
レティシアの周りにはいま魔法師たちにより結界が張られている。呪われたのはレティシアで決定だ。ミザリーの部屋にはレティシアの名前が刻まれ、レティシアの持ち物数点と髪の毛があったという。そういえば三日ほど前にリーンハルトから貰った羽ペンが消えていた。
しかし、レティシアが生きているということは何らかの事情で呪いが失敗したということだ。失敗すれば、呪術者の呪いは自分に返って来る。
自分がなぜ助かったのかさっぱりわからなかった。
♢♢♢
その後、レティシアは王宮内で秘密裏に保護されることになり、魔法師に守られ指定された敷地内から一歩も出ることが許されなかった。
事件から半月後、憔悴しきったリーンハルトが王宮へ面会に来た。
「リーンハルト、大丈夫?」
「ああ。レティシア、少しやつれたな。きちんと食べているのか?」
この状況で食事などほとんど喉を通らない。
「ひとのこと言えないでしょ? 家族は無事なの?」
リーンハルトの口元がゆがむ。
「生きているという意味でなら」
「そんな言い方しないで、元気かと聞いているのよ」
彼がそんな言い方をするなんて悲しい。
「父上も母上も大丈夫だ。気丈な人達だから」
「お姉さまは?」
「まだ、彼女をそう呼ぶの?」
鋭い語気に驚いた。レティシアはリーンハルトの手をそっと握る。いつもは温かい彼の手が熱を失っていた。
「落ちついてリーンハルト。ゆっくりでいいから、今話せることを話してくれる」
「くそ、俺はレティシアから聞いていたのに」
彼にループのことを言わなければよかったと胸が痛む。
「違う。私だって呪いだなんて確信はなかった。それに呪われたと言ってもあんな奇妙な事普通おきないでしょう?」
「そうとは言い切れない。レティシア、ちょっと待って、今落ちつくから」
そういうとリーンハルトは目を閉じて深呼吸した。それから青い瞳を開いた瞬間彼はいつもの彼で。
「もうとっくに過ぎているけれど、レティシア、二十歳の誕生日おめでとう」
淡く笑みを浮かべた。初めて見る表情。いつの間にかまた大人になってしまったのだと思った。
――やっと二十歳になれたのに、思っていたような解放感も喜びもなくて。




