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56/69

56 予感

 青いサファイヤのような双眸がまっすぐとレティシアを見る。


「ある日突然レティシアは口を利いてくれなくなった」

 そう言われても困る。


「……覚えがないわ」

「おかしいじゃないか。前日まで俺たちはこうして池で遊んでいたんだ。それなのに次の日突然俺と口を利かなくなった。あのとき約束したんだ。次の日もこの池の前で遊ぼうって。噴水が見たいとレティシアがねだったんだ」


 彼が揶揄っているわけではないのは分かる。レティシアはリーンハルトに言われて思い出そうとした。そういえば彼と遊んだ気がする。


「うーん言われてみれば、そんな気も……」


 もどかしい、黒い靄がかかったように思い出せない。そのうちだんだんと視界がすぼまり頭痛がしてきた。

 バシャリと冷たい水がかかる。


「済まない。レティシア、コントロールを誤った」

「平気、なんか頭痛がしていたのが引いた」

「大丈夫か?」


 レティシアが目をぱちくりとするとリーンハルトが心配そうに覗き込んでいる。


「めずらしいね。リーンハルトがコントロールを誤るなんて」

 彼はそれには答えず苦笑しただけだった。その姿が妙に大人っぽくてどきりとした。また、彼はいつの間にか大人になってしまうのだろうか。少し寂しく思う。


「討伐隊にいたときに話してくれた妄想だけれど、あれで全部?」

 また聞かれるとは思っていなかった。


「どうしたの? なんだか、リーンハルトいつもと違う」

 子供の頃の思い出話にしてもそうだ。


「いつもって何だよ。この一年ほとんど会っていなかっただろう」

 まるでレティシアが悪いような口ぶりで言う。

「それはあなたが忙しいから」

「いいから。前、話してくれたことで全部じゃないだろ?」

「長いから省いたのよ。でも、どうして?」


「大事なことを聞いていない。俺がレティシアを助けようとして死んだ。そんな恰好悪い姿想像もしたくないが。まあ、それは置いておくとして。俺が助けたのなら、なぜレティシアはやり直すことになったんだ?」


 もっともな疑問だ。しかし、レティシアはとっさに嘘を吐くことにした。


「それは私がついうっかり死んじゃったのよ」

「ついうっかり?」


 早速疑われた。さあ、何と答えようとレティシアは冷や汗をかく。


「そう、酔っぱらって校舎の窓から落ちたのよ?」

「は? 生死がかかっているときにだけ酒を飲んでいたということか」

「そうね。現実逃避ということろかしら」

 リーンハルトの鋭い眼差しを感じる。怖くて彼の目を見ることが出来ない。ついうっかり階段から落ちたことにすればよかっただろうか。突然聞かれたので上手い嘘が思いつかない。


「俺が殺されたのはレティシアの誕生日の直前で、そのすぐ後にレティシアは死んだってことだよね。何かおかしくないか? 体まで張ったのに助けられなかったってことだろ。俺、弱いうえにいいとこなしだな」


 そう言って自嘲する。やはり嘘は吐くものではない。だからといって本当の事もいえない。言えばきっと彼は……。


「ええっと」


 レティシアは上手い言い訳はないかと言葉を探す。


「俺は浮かれた酔っ払いを助けるために死んだのか」

「その時は仲良しだったのよ」

「今より?」

 どきりとした。なぜ、そんな聞き方をするのだろう。


「学園でよく一緒にご飯食べたり、サロンでお茶を飲んでいたりしたわ」

「ふーん、サロンでわざわざ? 休みの日に家に帰れば会えるのに? 前はそんなこと言っていなかったじゃないか」

 リーンハルトがなぜか詰問口調で聞いて来る。


「かいつまんで話したからよ。そういえばトレバーもわざわざ姉弟でって言っていたわね」

「まったく、それじゃ俺も悪いじゃないか。それでお前に婚約者にもっと会えだのなんだと言っていたのか?」

 リーンハルトが頭を抱える。

「どうして? サロンのタルトとても美味しいのよ」

「いや、そうではなくて……。お前と話すと、話がずれていく」

「失礼ね。そんなことないわよ」

 レティシアが心外とばかりに言う。


「いいから、黙れ。だいたい、なんで俺はレティシアの誕生日の直前に作業場なんて行ったんだ?」

 黙れと言ったり質問してきたり、勝手な義弟だ。

「私が夜遅かったから心配してくれたのよ」

「それでトレバー氏が、俺との仲をあやしんだんだろう?」


「そうよ。下衆の勘繰りもいいところだわ」

 ちょっとトレバーには恨みがある。


「俺が、あの日あの時間に作業場に行くと分かっていた『あの人』が知らせた」

「え?」

 レティシアは目を瞬く。彼は結構きちんと聞いていたようだ。


「しかもそれはお前の誕生日の直前。俺はきっと『あの人』にとって予測しやすい行動を」

 リーンハルトが言いかけたその時、屋敷から洩れる光が突然消えた。二人とも一瞬口を噤む。


「あら、皆寝たのかしら?」

 胸騒ぎがする。

「いや、まさか、全体的に明かりが消えている。それにバートン先生は夜を徹して話す気満々だよ」

「痛いっ」


 突然胸のあたりに痛みが走る。


「レティシア?」


 思い当たり、肌身離さず持っている母の形見の指輪を取り出す。


「割れてる」

「それは、形見か?」

 リーンハルトの顔が曇る。

「ええ……」

 悲しい。

「けがはない?」

「うん、いきなり割れたから、ちょっと切っただけ、私は大丈夫。それより屋敷に戻りましょう」


 初めて感じる禍々しい魔力。嫌な気配が漂っている。二人は自然に手を握り合い屋敷へ向かった。



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