46 きちゃった ~リーンハルト~
近隣の村を荒らすガルム狩りが終わり、リーンハルトが所属する部隊は帰途に就いた。
今日も無事だった。
辺境の地にきて二ケ月がすぎる。最初は大変に感じた生活にも、ここの環境にも今ではすっかり慣れた。
リーンハルトは大切に胸ポケットにしまったアミュレットを取り出す。いつも喧嘩ばかりしていた義姉だが、そこからは柔らかく温かい波動を感じる。
魔力の波動はその人の心そのものだと言われている。そのため人の傷を癒す光魔法師は結婚相手には最適と言われていた。
レティシアのもとにも数多くの縁談が来ているのに、彼女はなぜかそれを蹴り続けている。そのことで父も「レティシアは独身で働き続けるつもりなのだろうか?」と困惑していた。変わった姉だ。
とても不器用な人だけれど、本当は親切で優しい。戦場に行く大嫌いな義弟の為に、数年にもわたる研究成果をあっさりと渡してしまうほど。普通出来る事ではない。
リーンハルトが十歳の頃、彼女は下町の孤児院からやって来た。
可哀そうなほどがりがりに痩せていた。アメジスト色の大きな瞳が怯えるように潤んでいて愛らしかった。
例えるなら捨てられた仔猫。最初はとても警戒心が強くて仲良くなるのがたいへんだった。甘いお菓子が大好きで、あげると嬉しそうに食べる。そのうち庭で一緒に遊ぶようになった。
だが、仲良くなれたと思った矢先に彼女はリーンハルトを嫌い始めた。
そう嫌いなはずなのに、彼女はリーンハルトが流感のときずっとついて離れなかった。「私がうつしたから」だといい。つんけんした言葉とは裏腹に一生懸命付きりで看病してくれた。
それこそ、片時も離れずに……。夜中に「死んじゃったらどうしよう」などといって彼女が泣いていたのを夢うつつに聞いた。
レティシアはいつもそうだ。普段は嫌って口も利かないのにこちらがけがをしたり、病気をしたりすると過剰に心配してそばを離れない。
リーンハルトはそのたびに混乱させられた。好かれているのか嫌われているのか分からない。
彼のけがや病気がなおると、彼女はまたいつものように避ける。
不器用なひとだけれど真面目で努力家。
リーンハルトは自分の言葉がきついという自覚はある。だから、嫌われたのだと思っていた。
討伐隊に入ると決めたある日、
「リーンハルト、レティシアには討伐隊に参加することを話したのか?」
と父から聞かれた。
「話してません」
「彼女はきっとお前を心配するだろう」
「まさか? レティシアは俺が嫌いですよ」
「そうは思えないがな」
少し残念そうに父が言う。リーンハルト首を傾げた。
「ねえ、あなたレティシアには言ったの?」
母からも聞かれた。
「いいえ」
「やっぱりね。話しておいた方がいいわ。心の準備がいるから」
「心の準備?」
「あなたが討伐隊に入るといったら、あの子きっと大泣きするわよ」
あの時は「まさか」と笑ったが、母が言ったことは的中した。
レティシアが泣き崩れて、どうしようかと思った。思わずぎゅっと抱きしめそうになって慌てて彼女の元から離れた。
出発当日など見送りに来て、悲しみに目を潤ませそばから離れなかった。その様子はまるで捨てられる仔猫のようで、胸が痛んだ。もう、混乱させないでほしい。
そしてもう一人の姉ミザリーは
「リーン、あなた討伐隊に入ることレティシアに言ったの?」
「言ってないよ。レティシアは気にしないよ」
「そうね。レティシアはあなたがいなくて却って喜ぶかもね。ねえ、どうしてあなたたち仲が悪いの? レティシアが、なぜリーンのことを蛇蝎のごとく嫌うのか分からないわ。あなたはとても優しいのにね。何かあったの?」
心配そうに言う。
「……」
いつもは気配り上手な姉の無神経な言葉がざくりと胸に突き刺さる。
そうだ。レティシアが気にするわけがない。それどころかせいせいしたと思うだろう。リーンハルトは苦笑して肩をすくめた。彼女に話す必要などない。
今思うとミザリーはなぜあのようなこと言ったのか?
そしてなぜ自分もミザリーの言葉に納得してしまったのか?
リーンハルトはレティシアとミザリーが一緒にいるところをほとんど見たことがない。彼女たちは子供の頃べったりとくっついて仲が良かった。それがいつの間にか距離をおくようになっていた。だからといって特別仲が悪いわけではない。
――気にかかる……。
夕方になり、営舎に着くと、兵士たちがそわそわして落ち着きがなかった。リーンハルトは広い食堂の一角でアランを見つけ彼の隣に腰かける。
二人は茶を飲みながら、労い合った。
「それで、この騒ぎはどうしたんだ?」
営舎中が浮き立っているというより浮かれている。リーンハルトは不思議に思った。
「今日、新しい光魔法師が来たらしいですよ」
「こんな時期に?」
「二人追加みたいです。毎年の事らしいですよ。それがえらい美人らしくて」
「女性か? それで騒いでいるのか」
「まあ、営舎では体を休める以外なんの楽しみもないですからね」
二人が話していると、ここで仲良くなったロベルトとジェフという二人の魔法師がやって来た。
「おーい、リーンハルト、アラン。新しい子来たよ。見に行かないか?」
とロベルトが嬉しそうに話しかけて来る。彼らの部隊は今日は休みだったようで、暇を持て余しているようだ。
「いや、いい。疲れたら休みたい」
「僕もやめておきます」
「えー! ひとりは珍しい銀髪らしいぜ」
とジェフが言う。
「ああ、なお更いいや。銀髪なら見慣れているから、別に珍しくもなんともない」
あまり思い出したくないものを思い出しそうになる。人を振り回すのが得意な彼女は今頃どうしているだろう?
「はあ、しょうがないな。じゃあ、俺たち声かけ……じゃなくて挨拶してくるから。傷を癒してもらうんだし。挨拶大事でしょ」
「いってらっしゃい」
リーンハルトとアランはうきうきとする二人を見送った。
「なんだか、挨拶と言うより、デートにでも誘いそうな勢いですね」
「まさか。ここは営舎だぞ。遊びにいく場所なんてないだろ」
二人がぼそぼそと話しているとリーンハルトの隣の席の椅子がガタンとひかれた。
「きちゃった」
聞き覚えのある透明感のある綺麗な声。見ると銀髪の少女が照れ笑いを浮かべている。
「え? レティシア……」
驚いて目を見開く。
「いま討伐から帰って来たんでしょ? 痛いところはない? どこもけがしてない?」
リーンハルトの隣にちょこんと座り心配そうに聞いてくる。
「はあ? お前、何やってんだよ! きちゃったじゃないだろ!」
食堂にリーンハルトの絶叫が響く。
「本日付で配属になりました。光魔法師見習いレティシア・フォン・シュミットです」
そう言ってにっこりと笑う。
「帰れよ」
元気に挨拶するレティシアにリーンハルトは脱力する。来てしまったものは仕方ない。
「そんな言い方ってないじゃない。これから仲間になるのだし」
レティシアが少ししゅんとする。
「とりあえず、やることがなくて暇なら、ふらふら出歩くな。部屋に戻って鍵をかけて閉じこもってろよ。それから知らない奴に声をかけられてもついて行くなよ。親切な奴らばかりではないし、気が荒いやつもいる」
リーンハルトはレティシアを引きずって宿舎に放り込み、仕事以外やたらと外出しないように注意した。さすがに彼女も不平は言わず神妙な面持ちで頷いていた。
「大丈夫よ。心配しないで。お父様とお母様から、リーンハルトのいう事をちゃんと聞くように言われているから、あなたには迷惑かけない」
などと真剣な顔で言う。「じゃあ、帰れ」と言いたいのを何とか飲み込んだ。
結局それはリーンハルトがレティシアの面倒を見るということで……。父母から彼女を託されたようだ。
やはり、父母の言う通り、きちんと事前に話して説得しておけばよかったと、リーンハルトは今更ながら後悔した。




