44 取り返しがつかない
そのままリーンハルトに近づくことはなく、彼は卒業を迎えることになった。
レティシアは張り出されている学年末試験の結果を見に行く。
今回はエレインとともに頑張って勉強した。そのかいあって、二人は成績が上がりBクラスになれた。
リーンハルトは最終学年で卒業だ。彼の成績もついでに見ると前回と同じで一番。彼は首席で前回と変わらず有終の美を飾る。今世もきっと専科に進んで研究を続けるのだろう。
そういえば、前回はリーンハルトは自分の成績には興味を示さず。学園からのお知らせを見ていた。魔獣討伐隊が魔法師を募集していて、前回はアランが志願していた。そのアランも前回は一年の任期を終えて無事帰還した。
アランは卒業まで一年残っていたが、討伐隊に参加することによって最後の一年が免除になっていた。一年間魔法を実践したという事になるらしい。その後彼は夢をかなえ騎士見習いになった。
今回も参加するのだろうか。だとしたら前回と同じく無事でいて欲しい。どうか彼の夢がかないますように……。
レティシアはリーンハルトがいるかもしれないと、つい掲示板の方を見てしまう。すると今回はリーンハルトではなくエレインがいた。レティシアは食い入るように掲示板を見る友人の元へ駆け寄った。
「エレイン、ここで何しているの?」
「ちょっと興味があって」
「え? でも要件が厳しんじゃない」
前回リーンハルトが要件に達していないと言っていた。
「他の属性は、攻撃呪文が使えて更に騎士見習いレベルの剣術がいるとか厳しいけれど。光魔法師はお得なのよ」
エレインの緑の瞳がキラキラと輝く。
「お得?」
「そう。これに十か月参加すると実践一年やったことになるのよ」
「え?」
「つまり魔法師学園の授業が一年間免除になるのよ!」
前世の記憶と違う。
「え? どうして十か月で一年に?」
「ほら、私達の光属性って珍しいじゃない。だから特典も大きいのよ。他の属性は一年よ」
レティシアは慌てて特典のところを見る。エレインの言っていた通りだ。他の魔法師よりも要件が緩い。
特に剣術は騎士見習いレベルを要求されるのに。光魔法師だけは初歩程度だ。後方支援ということもあるらしい。攻撃魔法が使えなくても可となっている。
「確かにこれはお得ね」
あまりの好条件に驚いた。
「ほら、光属性って少ないでしょ? 教会や騎士団もほしがるから、長く辺境に拘束できないのよ。それに期間延長すれば、魔法師学園を卒業したことになるし報奨金がつくわ!」
エレインが夢見るように語る。
「なるほど。で、エレインまさか参加しないよね? 危ないし、婚期逃すかも」
彼女はレティシアとは違い花婿募集中だ。エレインの家は婿取りをしなくてはならないらしい。
「そう、だから、今迷っているの」
「なんで、危ないでしょ」
レティシアは慌てた。
「レティシア、ここは見方を変えてみて! 私達勉強苦手なのに、二人で頑張って今回Bクラスになったじゃない」
「ええ、そうね。頑張ったわ」
レティシアは力強く頷く。
「でもさ、多分Bクラスで成績は下位よ。下手をすればすぐにCクラスに落ちるわ。だけれどこれに参加すれば任期終了で最終学年になる。
つまり、学年末試験は免除。最終学年は私達はBクラスのままよ。落ちることはないわ」
エレインが得意げに言う。
「卒業時Bクラス。すっごい、エレイン頭いい! でもやっぱり危ないから行かないよね」
確かに上手い話とは思うが、友人が本気で言っているようで心配になる。
「後方支援だし、私行くかも。多分、ギリギリ間に合うのよね。今から二ケ月剣術の勉強するでしょ? それから十か月任期。ちょうど一年じゃない」
「ええ……」
そこでレティシアも見方を変えてみる。これで戦場に行けば、ミザリーに恨まれる率が下がる気がする。
それはつまりレティシアの生存率が上がることで、二十歳まで無事生きたら、ミザリーの始末をどうつけるか考えればいい。
殺意がなければ放置で、殺意があれば返り討ち?
「いや、でも戦場で死んだら元も子もないわよね?」
レティシアは独り言ちた。
♢♢♢
新学期まで短い学園の休みが始まる。
レティシアは一端家に帰り、父母に顔を見せることにした。
最近何かと縁談の話を持ってくるがすべて断っている。その中にはトレバーからのもアーネストからのものもあった。今は縁談など考えられない。毎回毎回二十歳直前で死ぬのだから。
それにトレバーとか、さすがにあり得ない。
久しぶりにシュミット家に戻ると家族全員が、サロンに集まっていた。レティシアも呼ばれた。前回はなかった流れにどきりとする。
「レティシア、お前が帰ってきて、ちょうどよかった」
と義父のオスカーが言う。心なしか疲れたような顔をしている。そして義母のオデットもあまり元気がない。ミザリーだけが瞳を炯々と光らせていた。
ただならぬ雰囲気にレティシアは飲まれそうになる。
「どうしました? なにかありましたか?」
嫌な予感を抱きつつ。オスカーに聞く。
「リーンハルトが魔獣討伐隊に参加することになった」
聞いた瞬間レティシアの頭の中は真っ白になる。
「なんで? リーンハルト、参加要件に達していないと言ってたじゃない」
考えずに口走る。
「は? 何をいっているんだ? レティシアにこの話をした覚えはないけれど」
リーンハルトが不快そうに眉根を寄せる。
「そんな、どうしてそんな危険な場所に行くの? 危ないじゃない。あなたは頭がいいんだから専科に進めばいいじゃない」
「もちろん、戻ってきたら、そのつもりだ」
義弟がレティシアの言葉に、怪訝な表情を浮かべる。
「戻ってきたらって、そんな……」
声が震える。
「別に無理をしなければ、それほど危険なものではない。俺は剣術も得意だから問題ない。それに何よりも魔獣の出現で困っている人たちがいる」
正義感の強い彼らしい理由だ。そういえば前回も行きたそうだった。ということは今回は要件が揃ったのだ。
「リーンハルト、剣術って。あなた剣術は習っていなかったじゃない?」
レティシアが震える声で問う。緊張で喉が渇いてひりつく。
「いいや、学園で習った。言っておくがお前よりずっと上手い」
リーンハルトがいらいらと返す。
「剣の腕前は騎士見習いって……」
「そうだ。自分の身ぐらい自分で守れなければならないからね」
彼の言葉がぐさりと胸に突き刺さる。自分のせいだと思った。
「どうしてよ! なんで剣術なんて習ったのよ!」
負けん気の強い彼だ。きっとやると決めたらとことんやる。
「俺の勝手だろ。そんな事、お前に関係ない。だいたい俺の事嫌っているのに何なんだよ。ずっと避け続けていたくせに。それを今更……。お前、本当にいい加減にしろよ!」
リーンハルトが本気で怒っている。いつもならば怖いと思うだろう。しかし、今は悲しみと悔恨が勝る。
彼は強力な水魔法の使い手だ。きっと前線に行かされる。もしも彼がそれで死んでしまったら。
「私に、剣術で負けたから? だから」
どうしよう、どうしたら……。
「違う、そんな理由じゃない」
リーンハルトに強い口調で遮られた。
「いい加減にしないか、二人とも。リーンハルト、レティシアに言い過ぎだ。彼女はお前を心配してるんだろう。いくら普段仲が悪いからと言っても家族は家族なんだ。心配するだろう」
義父が割って入る。義母は悲し気に俯く。ミザリーだけがまっすぐにレティシアに顔を向けている。
いままでずっとリーンハルトが嫌いなふりをし続けていた。でも、もう限界だ。
「お願い。リーンハルト、行かないで。行かないでよ……」
レティシアは泣き崩れた。
リーンハルトは何も言わずにサロンから出て行った。




