36 婚約者2
「でも、なんで魔法師の勉強なんて始めたんだい?」
トレバーの疑問にまさか殺されることを避けるためとはいえない。
「なんというか、私、自分に自信がなくて」
「え?」
驚いたようにトレバーが新緑色の目を瞬く。
「君はそんなに美しくて、魅力的なのに」
二回目の人生でどんな男性でもこれくらいのお世辞は言うことを知った。
「そんなことないです。私が、シュミット家の遠縁で養女っていうのはごぞんじですよね」
それにトレバーが頷く。
「最初、あの家に行ったときびっくりしたんです。天使のようにかわいい姉弟がいて。そのうえ、彼らは頭もいいし、礼儀作法も完璧だし。
あの家に入ったばかりの頃は私も彼らに追い付こうと頑張ったのだけれど。全然上手くいかなくて、周りにやつあたりしたり、いじけたりでとても迷惑をかけたんです。
でもこれではダメだと思い、もう一度お作法を学びなおして。学校にも通うことを決めたんです。お義父様も私が自信をつけるにはいいのではないかと賛成してくださって」
思い返してみると、こういうことをトレバーに今まで話したことはなかった。
「そう、僕は別にレティシアの礼儀がなっていないとは思えない。ましてや君が君の姉弟に劣るだなんて思ったことは一度たりともないよ。むしろ君のほうこそ月の女神のように美しい」
トレバー言葉に赤くなる。いくら何でも褒め過ぎだ。二巡目の時よりもずっと彼に思われているように感じる。
それに礼儀作法に関してはこの人生が四回目だから。
「ありがとう。トレバー様はやさしいんですね」
するとトレバーが苦笑する。
「そうじゃない。心からの言葉だよ。……その、もしかしてリーンハルト様がレティシアの事を劣っているとかいうの?」
シュミット家よりもブラウン家の家格が低いせいか、トレバーはリーンハルトに敬称をつける。
「え? リーンハルトが、まさか!」
「さっきもお説教されていたようじゃないか」
トレバーが心配そうに言う。
「違います。あれは義弟流の激励なんです」
「そう……ならいいけれど」
そう言ってトレバーが淡く微笑む。だが、どこか心配そう。
「むしろ、義弟は面倒見が良すぎるくらいです。時々勉強を教わってます。ほんと何をやらせても完璧で、姉らしいことなんて全然したことないんです」
「そうなんだ。でも姉弟でわざわざサロンで茶を飲むなんて、随分と仲がいいんだね」
「え? そうですか。リーンハルトは私よりミザリーお姉さまとの方が仲がよいと思いますけど」
「ふーん、そうかな? 僕には君たちが随分と親しげに見えたけれど」
「それは子供の頃から一緒に育った義弟ですから」
「僕には兄弟がいないから、よく分からないけれど、羨ましいよ」
そうと言ってトレバーが笑う。少しの時間だったが、婚約者と過ごしレティシアの気持ちは晴れた。いずれはトレバーとリーンハルトが仲良くなればいいなと思う。
♢
試験の結果が学園のエントランスの掲示板に張り出された。
レティシアはぎりぎりで何とか「C」クラスへ残留できるようだ。今回は集中力に欠けていて危ないところだった。
そして、ついでに義弟の成績を確認する。彼は最終学年で有終の美を飾っていた。首席で卒業だ。この後、専科に行くことが決まっている。
リーンハルトもこの結果を見に来ているはずなのだが、彼が見当たらない。生徒でごった返すエントランスの中でリーンハルトの姿を探して回った。背の高い金髪を見つければいい。
すると彼は、成績発表ではなく、「学園からのお知らせ」を熱心に見ていた。
「リーンハルト、何を見ているの? 成績見た? あなたまた一番よ」
「ああ、そう」
凄くあっさりした返事で、なおかつ上の空。珍しい。それとも毎回一番で、それが当然で当たり前のことなのだろうか。
「もう見たの?」
「いいや」
気のない返事を返す。
「何そんなに熱心に見ているのよ」
レティシアも覗き込んでみる。それには『討伐隊募集』とあった。最近辺境に魔獣が出るので、魔法使いに召集をかけているらしい。
「リーンハルト、これに行くの?」
「いいや、俺は要件を満たしてないからいけない。アランが志願した」
「え? 大丈夫なの?」
彼の家は母一人子一人のはず。少し心配だ。
「これに参加すると騎士になるのに有利に働くらしい」
「そう、心配ね」
レティシアが眉尻を下げる。
魔獣退治はときには死傷者が出ることもある。繰り返しの人生で関心を持ったことなどなかった。彼らがいるから安心してこの国に住めるのに。
王都に魔獣など出たことがなく、まるで異郷の地の出来事のように考えていた。自分でもつくづく視野が狭いと思う。
アランの無事を祈った。




