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35 婚約者1

 レティシアが学校の図書館で試験勉強をしていると、珍しくリーンハルトがやって来た。食堂で声をかけあうことはあっても学園の図書館ではお互い勉強の邪魔をしないようにしている。

 

 しかも今は試験前だ。珍しい事もあるものだとレティシアは目を丸くした。


「テスト前だとは分かっている。少しサロンで話をしないか、息抜きは必要でしょ」


 気楽な様子で言っているが、どこか彼が緊張しているのが分かる。


「リーンハルトも息抜きすることがあるのね」


 レティシアが目を丸くする。


「なにそれ、皮肉?」


と言って、リーンハルトが苦笑した。時がたち、彼も随分大人になった。ということはレティシアの死期が近づいているということで……。そこで無理矢理気持ちを切り替える。


「違うよ。私もちょうど甘いものが食べたいところだったのよ」


 何の話かは知らないが、義弟からの誘いは嬉しい。彼のアイスブルーの瞳には困惑の色がある。珍しい。レティシアはひとまず勉強を放り出してついて行った。


 レティシアは紅茶とベリータルトを注文し、リーンハルトはコーヒーを頼む。


「リーンハルト、ここのタルト美味しいよ。食べないの?」

「いらないよ」


 最近のリーンハルトは家でもあまりデザートを食べなくなった。子供の頃は、リーンハルトの分を取って食べたレティシアを怒っていたのに。あの頃は本当に可愛かった。


「姉さん、この間『殺されて時間が戻る』とか言ってたろ」

「え、覚えていたの?」

「うん、少し調べてみた」


 リーンハルトが意外なことを言う。レティシアは目を丸くした。


「なんで? それで結果は?」


 レティシアは前のめりになる。あの時はマリッジブルーで片付けられたのに、彼は気にして調べてくれたのだ。普通なら、戯言と思われても仕方がないことなのに。


「そんな事例は見つからなかった」

「そう」


 リーンハルト言うのならそうなのだろう。レティシアは落胆を覚えた。


「ただね。俺なりに仮説をたててみた。相克する魔法がぶつかれば、ありうるかなと」

「ソウコクって何? さっぱりわからないのだけれど」

「例えば、水魔法と火魔法、魔力量が一緒ならばぶつかれば打ち消されるだろう」

「えーと、そうなの?」


 レティシアが首を傾げるとリーンハルトが苦笑した。


「姉さんの持っている光魔法の反対が闇魔法だろう」

「そう、で?」


 レティシアは良く分からない。彼の言うことは難しすぎる。もう少し具体的に彼に話すことができれば、また違う答えが貰えると思うが……。

 注文したベリータルトとお茶が運ばれてきた。しっとりとしてそれでいてさっくりとしたタルト生地にフォークを刺す。一口食べるとベリーの甘酸っぱさとタルト生地のほどよいサックリ感と甘みが口の中に広がる。


「姉さん、タルトが楽しみなのは分かるけれど、俺の話聞いているの?」


 リーンハルトに叱られた。


「ごめんなさい」


 レティシアは素直にフォークをおいた。


「じゃあ、続けるよ。姉さんは、どこかの闇属性の人間に呪われているのではないかと仮定してみた」

「え? 私、呪われているの?」

 

 恨まれているとは思っていたが、呪われているとは考えてもみなかった。


「だから、仮定だよ。光属性を持つ姉さんは、無意識的にそれを打ち消しているのかなと、だから殺されると時間が戻る現象が起こる……仮説だけれど。まあ俺は鮮明な悪夢だと思うよ。だいたい姉さんにそんな呪いをかけて得する人間がいるとは思えない」

 

 そう言ってリーンハルトが肩をすくめる。得する人間、呪い、そのような視点で考えたことはなかった。


 いっそ起きたことをすべて義弟に話してしまいたい気になる。リーンハルトはレティシアよりずっと頭がいいし、いろいろなものの見方ができるようだ。彼なら解決できるかもしれない。しかし、思いととどまった。


 いくら何でも荒唐無稽すぎるし、話すとしたらミザリーのことは避けて通れない。そんなことをすれば信頼もなくすし、嫌われるだろう。


「何にしてもありがとう。私のしようもない悪夢を調べてくれて。後は勉強に集中してね」


 たまには姉らしいことを言ってみる。


「頑張るのは姉さんの方でしょ? Dクラスに落ちたらどうするつもり? 最近図書館でも勉強しているより、ぼうっとしている時間の方が長いんじゃない?」


 どこかで、レティシアの行動を観察していたのだろうか。彼の言うとおりだ。そして彼はなおも言葉を継ぐ。


「少しは身を入れて勉強しなよ」


 ぴしりと言われ、せっかくのタルトがまずくなりそう。最近のリーンハルトは次期当主として威厳が出てきて少し怖い。


「レティシア」


 そこへ聞き覚えのある声が割り込んでくる。この場で聞くはずのない声に驚いて見上げる。トレバーが立っていた。


「あれ、トレバー様、どうして?」


 彼はこの学校には通っていない。


 魔法師の勉強をするのは平民や貴族の嫡男以外が多く、リーンハルトは珍しい部類に入る。

学園には研究機関もあるので関係者以外立ち入り禁止となっているが、トレバーはレティシアの婚約者として来たのだろう。そういえば、前にそんなことを言っていた。


「今日は勉強するレティシアを応援しようと思ってね。差し入れを持ってきた」


 彼は王都で今話題の焼き菓子店の包みを持っていた。そんなトレバーにリーンハルトは丁寧に挨拶し、「後はお二人でどうぞ」と言ってにこやかに微笑んで席をたつ。


 その所作はまるで王子様のよう。そう、いつの間にか成長して天使から王子様になった。義弟は外面がとてもいい。外面がいいといってもリーンハルトの場合内面が黒いわけではなく……外柔内剛といったところか。繰り返し人生で最高に義弟とは上手く行っているはずだが、やはり彼はレティシアに厳しい。


「ありがとうございます。嬉しいです」

 リーンハルトに代わり前に腰を下ろしたトレバーに礼を言う。彼とはかかわりが深かったのに、このような細やかな気遣いをする人とは知らなかった。繰り返すたびにいろいろな面が見える。


「こうでもしないと試験期間、君とは会えないからね」

「ごめんなさい」


 確かにこの期間は月に二度の彼との茶会は、お休みになる。だからと言ってわざわざ学園まで足を運んできてくれるとは思わなかった。


「いいよ。卒業するまで、君との結婚は待つから」

「はい、ありがとうございます」


 前とは違い、今回はトレバーが早く結婚したがっている。

だが、両家当主の意見は学校を卒業後ということで一致していた。多分結婚の準備もあるだろうから、挙式は卒業後半年から一年後になるだろう。その頃にはレティシアも二十歳だ。



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